18話『高校生 アルバイト』
八月二十八日――。
二学期の開幕だった。
まだ気温は高く、陽射しも刺すようだ。暑い、まだ暑い外、けれど幸い全教室に完備された空調が、地獄に垂らした蜘蛛の糸みたい、とかそう思ってしまうくらいに外はまだ夏だった。
そんな空調の効いた教室はなんだかそわそわと落ち着きがない感じがした。やはり夏休みは短かったのだろうか。あるいは恋人が出来なかったのだろうか。そう目配せする俺はひそかに三月と恋人同士になったという愉悦感に浸ったりしていた。けれどこういうものなのだ、明らかに廊下とか、教室とか、そういう絶対人目につくところでイチャイチャとするカップルは目に着いた、それほど明らかにカップルの数は増えていた。さすが高校の夏休み。
勉強の範囲も変わり、男女別体育の内容も変わり、バドミントンとバスケの二択。俺はもちろんバドミントン。けれど対話できる友達などいない。俺は一人で高く飛ばす練習をすることになるだろう。つまりは友達がいないから。
さらに二週間ほどが過ぎて俺たちのバイトは決まった。研修を経て今日から本格的にバイトだ。
都内はさすがというところで時給は余裕で千円を超える。
チェーン店のファミレス。時給一二〇〇円。
「イラッシャイマセーナンメイサマデスカー」
「い、一名です、修哉くん? かたい」
「い、いやぁ、なんだかなれなくてなぁ。まさか最初っからホールとは……」
マニュアル通りに三月を席に案内。
「あ、莉緒だ」
「お客様、お仕事中なので」
莉緒はゼンマイ式のおもちゃみたいにぎこちなく動き、凛とした顔つきでピシッと言う。なんだか殺意を感じたのは気のせいだろうか。
「あ、はーい頑張ってね~、なんか変な感じー」
「ご注文お決まりになりましたらそちらのボタンで……およびください。ごゆっくり?」
「はーい。頑張ってね」
知り合い、しかも彼女、恋人が来ている、なんだか超が付くほどやりにくい……莉緒は顔が怖いし。子ども泣かせてたし。可愛いのに残念だ。店員不足でそう簡単にクビにはならないと思うが。あれはいつかやらかしそうだ。
あたふたしてもう思考が凍結した莉緒の肩を軽く叩いた。
「ドンマイ。子どもは泣くのが仕事って、誰かが言ってた」
「……仕事中ですよ」
ぎろりと睨まれた。本人は睨んだつもりではないのだろうが、明らかに睨んでいる。
がっちがっちで右手と右足が同時に出るナンバ歩きを披露。無駄に背筋が伸びているのも相まって何とも言えない。
そんなとき、サングラスをかけたガタイのいい男が三人ご来店。しばし喧騒が収まる。
ひそひそと「何アレ」「見ちゃダメよ」「もしかしてヤ――」と聞こえる。
莉緒、大丈夫か……応援に行くにも腰が引ける相手だ。
だがそんな予想に反して莉緒の顔はすこし赤く染まっていた。それと同時に肩の張りが少し取れたように思えた。
「こちらです……」
何とか案内してボックス席に案内。
「めっちゃ怖いな、大丈夫だったか?」
「……あれ、知り合いだから……オーダー、私が取るから……もうめっちゃ恥ずかしい」
今にも泣きそうな、けれどどこか安心した様な声で莉緒は言った。
マジか、莉緒って、なにもんなの、という考えがしばらくハンディを握る手を
止めた。




