4. 辺境伯は淑女で夜会を楽しむ 【後編】
後編です。
「お久し振りですね。皆様?」
渋々引っ張て来られたクラウス殿を隣に、私は女性達に声を掛けた。
「あら。オーキッド様? また、今日は、い・つ・も以上に艶やかですこと」
「御機嫌よう。パルマン伯、クラウス様。お久し振りですわね?」
アルテイシア様とミラノ公爵夫人が、にっこりと微笑んでこちらを振り返った。
「アルテイシア様、公爵夫人、カレン嬢もお久し振りです」
さすがクラウス殿だね。さっきまで私には渋面で、手を離してとか、何で私が。とか、モゴモゴ文句を言っていたのに。社交界の重鎮である二人の前では、完璧な紳士だね?
クラウス殿は、グランデルク伯爵家の嫡男で、王太子であるアレッド殿の側近として有名だ。学園時代から優秀で、学問ではずっと首席だったと聞いている。
現在の陛下の治世では、シリウス殿のお父上であるスタンフォード公爵が宰相をしているが、本来跡を継ぐべき嫡男であるシリウス殿が宮廷近衛騎士になったことで、次代の宰相はクラウス殿だと噂されている。
まあ、彼以外にいないね。アレッド王太子を容赦なくぶった切れるのは、彼かシリウス殿だものね。
仲良し四人組の一人、セーヴル殿は一番軽薄で遊び人に見えるけど、実は一番普通の感覚の人間だしね。まあ、普通過ぎて過去に色々あって、今は奥方に頭が上がらないらしいけど(苦笑)。
で、彼の溺愛する妹のリリちゃんがシリウス殿と結婚したことで、両家とも大喜びだけど彼にもとばっちりがいったようだ。
何と言ってもだよ? 美形兄妹と評判だったグランデルク伯爵家の嫡男で、次期宰相。そして現在婚約者も、お付き合いをしている令嬢もいない。同い年の仲良し四人組の内、セーヴル殿は早々に結婚し、氷の騎士と崇められていた超ハイスペック男子のシリウス殿が電撃結婚。それも、妖精姫と渾名された幻の令嬢(妹)。まあ、アレッド王太子は置いておいても、いきなり既婚者率が上がったものだから、彼の周りも騒がしいはず。はずなのに……
「クラウス様は、今日もご令嬢をエスコートはしていらっしゃいませんの?」
何だか残念なモノを見る様な目でアルテイシア様が、クラウス殿の頭の上から爪先まで視線を向けた。
うん。栗色の艶やかな髪に、理知的で神秘的な緑の瞳。妹のリリちゃんのアースアイ程では無いけど、彼の瞳にも青い色彩が見える。
リリちゃんが花や光の妖精なら、彼は樹々の緑や風の妖精とも言えそうだ。
「アルテイシア様。クラウス殿は、私のエスコートをしてくれていますからね? 何か不都合でも?」
「不都合は無いけど、貴方と一緒だとクラウス様にはどなたも近づけなくってよ?」
ちらりと横目でクラウス殿を見やると、扇で口元を隠してそう言った。
そして、一歩近づくと、
「貴方の虫よけは、強力だけど、違う虫さんも集まって来るわよ?」
こそりとそう呟いてニッコリ微笑んだ。
「……違う虫さん?」
「花の周りには、花の蜜が欲しい蝶ばかりが集まる訳では無いらしくてよ? ねえ、カレン様?」
アルテイシア様が、お隣にいるカレン嬢に相槌を求めた。ああ。そうだった。彼女もいたね。
「……そう、ですわね。美しい花を遠巻きに見たいだけの蝶も、いるかもしれませんわね?」
賢そうな瞳と、落ち着いた声。静かな佇まいでいたから、声を出してしゃべるまで存在が消えていたようだ。なんとも不思議な雰囲気を持った令嬢だ。
「カレン嬢? 初めてお会いしたでしょうか? 私はオーキッド・フォン・パルマンと申します。以後、お見知りおきを」
ここは、女性のご挨拶。でも、カーテシーはちょっと無理なんだよね。今日はハイヒールだから、深く腰を落としてのご挨拶でご勘弁いただきましょう。
「カレン・ミラノでございます。パルマン伯とは一度お会いしていますのよ。王妃様のお茶会の時に……」
賢そうな濃い茶色の瞳が、じっと私を見詰めている。何だろう。以前会っているのを忘れていたのを責めているのかしら?
「王妃様のお茶会で、ほんの少しですけど……あの時は、オーキッド様は黒い軍服で正装していらっしゃいました。まるで、宵闇の黒騎士の様でしたわ。でも今日はまた、見違えるようですわね?」
責めている口調では無かった。寧ろ、その瞳は……
好奇心で溢れそう?
「とってもお似合いですわね? スカーレットの鮮やかなマーメイド。結い上げた艶やかな黒髪ともベストマッチですわ!! それに、共色のレースの見事なこと!!」
キラッキラの瞳で、捲し立てるように褒めてくれるけど。
確かに、ドレスを褒めて貰いたくて、自慢したくて近づいたけど。
「オーキッド様は、女装と男装はどの位の比率なのですの? 当然、コルセットをしていらっしゃるのですよね? それは侍女に着付けを頼みますの? 脱ぐときはお一人で脱げますの? やはり侍女の手を借りて、お脱ぎになるのですか? それから、女装の時はエスコート役をどのように決めていらっしゃるのですか?」
何だか質問が変じゃない? 気のせいかな? そこって聞きたい事?
クラウス殿に眼を向けると、じっとカレン嬢を見詰めていた。おや? なんなのクラウス君彼女の事が気になるの?
「カレン嬢。余りパルマン伯を褒めないで頂きたい。この方は、ご自分の事を勘違いしているのです。本来は、こんな姿でいる様な方では無いのに……私達がどんなに言ってもダメなのです」
クラウス殿が、ふうっと溜息をついた。普通の女性なら見惚れてしまう、綺麗な憂い顔だ。
でも。
「いいえ!! これからの時代は、自分の好きな物、好きな事を主張すべきですわ。そこに、男性も女性も無いと思います。パルマン伯は、その先駆者でいらっしゃいますもの。私、尊敬しますわ!」
あら。クラウス君より、私のこと?
「ところで、パルマン伯とクラウス様は、親しい間柄なのですね? クラウス様が、いつもエスコートされていらっしゃるのですか?」
「親しくなどありません。寧ろ、迷惑を掛けられたと言うか。それから、伯は女性ではありませんから、これをエスコートとは思いたくもありません。ですからカレン嬢、誤解の無いようにお願いします」
全くの真顔で。本当に、揺るぎない程の真顔で、クラウス殿がカレン嬢に言ったね。
全く面白みが無い。本当に、揺るぎない程の堅物さで。
クラウス殿? 君ね、女性にその物言いは止めた方が良いと思うけど。そーゆーところが、女性を近付けない、近づかないトコロなんじゃないの?
ダメダメだよ。クラウス君‼
「うふふ。そうなのですか? でも、お二人供、とてもお似合いですわよ?」
少し垂れ目気味の仔犬の様にウルウルとした瞳。
何だろう。このフンワリ、ほんわり感。
「……オーキッド殿。アレッド王太子がお呼びの様です。そろそろ行かないと」
クラウス殿から声を掛けられて、我に返った。
どうした自分? 何かを思い出しそうな気がしたけど? 何だったけ?
うーん。と、つい髪に手を伸ばして一筋指で引っ掛けてしまった。折角結い上げた前髪から、一筋はらりと額に髪が落ちた。
すると、クラウス殿の手が額に触れた。
「ああ、髪が落ちてしまいましたね」
そう言って、撫でつけるように髪に触れた。
「ん。まぁ!?」
カレン嬢が目を真ん丸にして私達二人を見た。あんぐりと口を開けていたが、すぐにその表情が変わった。
とても嬉しそうに。とても楽しそうに。
クラウス殿が、もう大丈夫と言うように頷いたけど。そう? ちゃんと直してくれたんだね。
感謝の意味を込めて、にっこりと最上級の微笑みで応えて挙げようじゃないか。
ちょっと? カレン嬢の顔がこれ以上無い位に真っ赤に見えるけど? どうした?
「ああ。本当だ。それでは皆様、失礼させて頂きます」
三人にお暇の礼をして、クラウス殿と一緒に広間の中央を歩く。
……視線を感じて、振り返る。
カレン・ミラノ嬢と、バッチリと目が合った……様な気がした。
彼女は、小さく手を振ってくれた……様に見えた。
「まさかね?」
「何か言いましたか?」
「ううん? 何も言ってないよ?」
良く判らないけど。
背中に感じる視線が、くすぐったい感じがした……ね?
4ヵ月後。
『辺境伯と宰相は、古城の仮面舞踏会で愛を語る』好評の為、増版決定。
ブックマーク、誤字脱字報告ありがとうございます。
評価ボタンのポチリも、頑張る意欲になります。
ありがとうございます。
オーキッド様とカレン嬢。何か起きそうです。
いえ、起こしましょう!!
ゆるゆる更新しますので、お待ち頂けたらと
思います。
楽しんで頂けたら嬉しいです。