2. 緑の表紙は秘密の本
緑の本系のお話です。
ペンが走る、走る!
昨日の王妃のお茶会は、途中までは問題無くリリとシリウスの結婚祝いの会だった。
白の軍服で正装したシリウスと、同じく白と金の色合いで寄り添うリリは、一対の人形のようで眼福だった。それも、妖精の姫君を護る金色の美形騎士なんて、物語に出てくる人物以外に想像できない。自分史上、これ以上美しいカップリングなど考えられないと思った。
「本当にご馳走様でしたわ。国宝モノでしたわ。あのお二人を見られただけでも、生きててヨカッター!! ですわ」
そう叫んで、カレン・ミラノは、物凄い勢いで原稿用紙を埋めている。
「そ・れ・に!! あんな素敵な方を見つけたのですもの!! やはり、想像力を沸かせてくれるモデルは必要ですわね!」
長身細身、艶々の烏の濡れ羽色の黒髪、黒曜石の瞳は賢しい光を放っていた。そんな御仁が、黒の軍服の正装で現れたのだ。しなやかな身のこなしは優雅で思わず目を奪われる。
「シリウス様が白の騎士ならば、あの方は黒の騎士! まるで対になるようなキャラクター!」
確かにシリウスは、硬派で表情に乏しいと言われて近寄り難い印象を持っていた。色合いが華やかであるが故、そのギャップがイイと一部の淑女達から言われていたが・・・
「色彩的には、あの方の方が近寄り難い感じですけど。滲むような色っぽさと華やかさがありますわ。それに、結構茶目っ気のある表情もされていましたし、あの方こそギャップ萌えでなくって!?」
ふとペンが止まった。
「オーキッド・フォン・パルマン辺境伯・・・」
口に出すと、鮮やかな印象が脳裏によみがえる。
「見つけましたわ・・・!」
オーキッドは自分の領地を離れ、王都のタウンハウスに移り住んでいた。学術都市計画の調整役兼大劇場及び、都市計画推進の長の役目で忙しく動き回っていたし、隣国を訪問することは勿論、国内の調整も含めてとにかく時間が無かった。
そのため、女装する時間がとれず男装で過ごしていることが多かった。
世の女性の支度に掛ける時間の何と難儀な事よ! 心からそう思った。着るのも脱ぐのも時間がかかるコルセットに幾重にも重なったペチコートやパニエ、ボタンやリボンの多いドレスは本当に大変だ。
「ああ。メゾンの新作が届いているというのに、まだ袖を通していない!」
さすがのオーキッドも業務で登城するのに、ドレスは着ていけない。これが舞踏会やお茶会などなら問題ないが。社交に精を出す質でもないので、女装の機会は随分減っていた。
「えっ? オーキッド、まだドレスを着るつもり?」
ソファで本を開こうとしていたルイがこちらを見た。驚いたように見ている。なんで? ドレスは着るモノでしょう?
「いや、だって最近はすっかり騎士の服装でいるから、改心したのかと思ってた。違うんだ?」
改心て・・・ルイ君? キミ随分な言い方じゃないか?
「忙しいから着る暇が無かっただけ。ドレスで馬に乗るのも、廊下を走るのも大変なんだよ。それに、ちょこちょこ王宮に行ったり、君の国の大使館に行ったりしているからね! いちいち着替えていけないから、このままでいるだけだよ」
今日は久し振りに半日だけ休みが取れたから、さっき戻って来たばかり。もちろん男装のままだった。
「午後は休みなんでしょ? それなら着替えれば?」
「今日はもう疲れたからイイ。面倒臭くなった」
ルイの隣にどっかりと腰を下ろした。
「何読んでるの?」
ルイには珍しく挿絵入りの本のようだ。
「これ? 窓際のテーブルの上に在った。貴方のではないの?」
そんなに厚くない、見覚えの無い緑色の布張りの本だ。自分の本ではないと思う。
「何てタイトル?」
ルイがパタンと本を閉じたので、表紙を覗き込んだ。
「「宮廷近衛騎士と宰相は秘密の塔で愛を語る??」」
二人の声がハモった。
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
無言で読んでいた。二人でソファにぴったりとくっついて。
「・・・これって・・・」
ルイが口を開いた。これ以上は自分からは言えないと言った雰囲気だ。
「そうだねぇ、そうなんだろうねぇ?」
二人とも本から目を上げずにいる。読み進めるうちに、ルイの顔色が変わってきたように見える。オーキッドは面白そうに読んでいるが、次に捲ったページで固まった。
「っ!!」
思わずルイが本を閉じた。そのページには見開きで挿絵が描かれていたのだ。繊細な筆致で二人の人物が描かれていた。
その絵には、豪華なソファに埋もれるように横たわる金色の髪色の青年がいた。白いシャツがはだけて、首から肩の線まで見えている。その彼の目線の先にいるのは、栗色の髪を背に流した騎士。着崩れた軍服が艶めかしく、その指先は金髪の彼の顎先にそっと添えられている。
危うい雰囲気。事前か!? 事後か!? 妄想をくすぐる見事な細密画。
ルイが我に返ったように、オーキッドと顔を見合わせた。
「こ、これって、どう見てもシリウス殿とクラウス殿ではありませんか? 髪色が逆ですけど・・・この顔にこの人物像は・・・」
オーキッドは少し考えていたが、満面の笑顔を浮かべた。何か思いついたようで目がキラキラとしている。一瞬、ルイは不味いと思たっが、こうなったオーキッドは誰にも止められないことは知っていた。
(ああ・・・お二人に何もなければイイケド・・・)
しかし、誰がこんな本を作ったのだ? 確かに主人公の二人は、シリウスとクラウスだ。二人の事実に基づいた供述も多くある。見る人が見れば疑いようも無い。その二人を禁断の恋愛小説のモデルにしているのだ。これは明らかに貴族によって書かれた物で、文章も挿絵も、本人を知らなければ絶対書けないものだ。
これ以上は読んでいられないと、ルイは本をオーキッドに渡した。知っている人物が、禁断の愛に翻弄されているなど、考えられない。次にシリウスとクラウスに会ったら、平静でいられるか判らない。
「これってさ、二人は知っているのかな? 知らないよねぇ。まさか、こういう本の題材になっているなんて。しかし、良く書けているね? ほら、このセリフ何てシリウス殿が言いそうじゃない?」
開かれたページの指で差された個所を、ルイが声を出して読んだ。
「えっと・・・ 『自分から脱がないのなら、私に脱がされますか』って・・・!?」
言いそう。言いそうだが・・・想像したくない。
「王都には、面白いものが出回っているね。でも、これって誰のなんだろうね?」
これ以上はダメと、ルイがオーキッドから本を取り上げると元のあった場所、窓際のテーブルの上に置いた。
「何だか、面白いもの見つけたね!」
オーキッドの顔がウキウキとした様子でいるのに、ルイには不安が込み上げてきた。
(コノヒト、絶対何かする!!)
ついに、本の存在が
一番知られたくない人間に知られて
しまいました。
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もう少し緑の本系の
お話があります。
楽しんで頂ければ嬉しいです。
別話の「悪役令嬢は天使の皮を被ってます!!」
も連載中です。そちらも宜しければ読んで頂けると
嬉しいです。




