1. 覆面作家は見た
『妖精姫である私の婚約者は超ハイスペックで溺愛系ですが、本当はお兄様に気があるのではなくって?』の続編と言うか、書き切れなかったエピソードを投稿します。
まずは、覆面作家のカレン姉さんのお話です。
「やっぱり無理ですわ!!」
もう後が無い。どうしてもイメージが纏まらない。
締め切りまであと残すところ3日。普通に考えたら、落ちる。確実に落ちる。
「お茶会に行ってる暇は無いのですわ~! でも、あのシリウス様とリリ様よ? 行かない訳にはいかないのよ~!!」
カレン・ミラノは、公爵家の次女。数年間の隣国での留学を終えて、自国に帰って来たばかりだった。
カレンの趣味は、小説を書くこと。
実は、留学前から貴族のご令嬢(一部の)相手に、薄い本を執筆していた。当然一人では難しいが、絵を描くのが好きな令嬢や、学院時代の同級生である大商社の令嬢数名と一緒に出版している。
これが結構人気なのだ。留学する前に好評だった『宮廷近衛騎士と宰相は秘密の塔で愛を語る』は、かなりの部数が出回った。
内容も、社交界で誰もが知っている宮廷近衛騎士のシリウスと、次期宰相候補のクラウスをモデルとしているからだ。見眼麗しく、身分も能力も言うこと無しの最有力物件。そして、婚約者もいない、女っ気無しの二人。
「それも、幼い頃からのお付き合いですわ。王太子様を護る側近中の側近。ああ!!妄想が止まりません!!」
そう。カレンが執筆していたのは、シリウスとクラウスをモデルにした恋愛モノ。禁断の愛の話だった。
薄い本はカレンの小説に、美麗な細密画を得意とした令嬢が挿絵を加えている。装丁も拘った。深い緑色の布張りに、金色の縁取りがされたシンプルだが、上品な本になっている。飾り文字で書かれたタイトルも美々しい。
すでに、創刊号から二冊の続編も出版されている。
『宮廷近衛騎士と宰相は秘密の庭で愛を語る』、『宮廷近衛騎士と宰相は秘密の森で愛を語る』は、留学から戻って来てから、迸る情熱に任せて書き撒くった成果だった。
「ああ!! もう、どうしましょう! さすがに片方が結婚してしまって、それも電撃の溺愛系なんてインパクトが強すぎよ!! 続編のイメージが出来ません!!」
机の前で悶えていたカレンは、明るくなってきた窓の外を見た。
「もうぅうううっ! 朝ではないですか!?」
結局昨夜も徹夜になった。でも、シリウスとリリの結婚報告を兼ねた王妃のお茶会に参加しなければ。
「リリ様のお姿も久し振りですもの。妖精姫も堪能しなければやってられませんわ」
カレンにとって、可愛い女の子達も大好物。綺麗な人や物、そして少しだけ妖しいモノも大好きなのだ。
「かくなる上は、新しい登場人物ネタでも仕入れて来なければ。ああ! でも今日は、ほぼ男子禁制の王妃様のお茶会でしたわ!! うう・・・」
「・・・さ、支度しよ・・・」
侍女がもうすぐ部屋に来るはず。独り言もここまでにしないと。
隣国に留学までした、才媛と評判の令嬢である。
覆面作家は、机の上の原稿用紙をさっさと纏めると、鍵のかかる引き出しに仕舞った。
花々の咲き乱れる王宮の中庭。たっぷりの白い布でテントのような影が幾つも造られていて、一番大きなテントには、幾つかテーブルが置かれている。そして、今日のヒロインのリリに因んだ、白百合の花があちこちに飾られている。
王妃のお茶会は、特に王妃様の覚えの良い高位貴族の奥方と令嬢達ばかり。社交界に余り参加しない、リリの数少ない知人達である。王妃主催のお茶会なので結婚の報告には良い会だった。
王妃に紹介されてシリウスが会に合流する。男子禁制の特例であったが、全員賛成で迎い入れられた。さすが、美形騎士と評判の男だ。
(やっぱり、お美しい二人ですわね。うっとりするような絵面ですわ。ああ! ここに絵師がいたら!!この美しい人達を余すことなく写し取って!! 絵師~!!)
キラキラしたお茶会に、異変が起きたのは始まって暫く経ってからの事だった。
今日のお茶会に参加できる男性は、特例でシリウスのみのはずだった。リリの夫という立場で、挨拶をするために、王妃から許されての参加だ。
ざわついた中庭の出入り口。王太子の執事が慌てたように王妃の元に駆け寄って来た。
(何でしょう? どなたか見えたのかしら?)
カレンの席からは出入り口は良く見えない。数人の人の気配がしている。
(お客様かしら?)
ふとリリとシリウスの方を見ると、二人の顔が若干強張っているように見えた。そして、王妃もその美しい眉を寄せたような気がした。
(事件・・・ですか?)
作家の触覚がピンと反応した。
新たなお客となったのは、濃茶の長髪を靡かせた見眼美しい男性だった。何とも優雅に歩いて来る。まるで、舞台に登場する主役のような所作だ。見覚えは無かった。王妃に挨拶をしているその所作は、本当に舞台に立っているように華やかに見える。
「あの方・・・カルバーン・ハイド様だわ」
隣に座る母のミラノ侯爵夫人が小さく呟いた。
(えっ? カルバーン・ハイドって?)
母親に聞く前に、母とその隣に座る婦人方が騒ぎ出した。どうやら、有名人らしい。
「貴方、舞台俳優のカルバーン・ハイド様でなくって!?」
どうやら、結構な有名俳優らしく、あちこちから声が上がった。隣の母親はすでに夢見る少女のような目で彼を見詰めている。
(まあ、私の趣味では無いけど・・・随分華のある方ですね)
そして、そのすぐ後に、王太子と共にもう一人男性が入って来た。
長く艶やかな黒髪。白く線の細い顔立ち。ほっそりとした頬から顎、首に掛けてのラインが美しい。黒地に金色の刺繍が荘厳で硬質、近衛の白に金の色合いとは全く存在を異する軍服の正装。
(黒の軍服って、どちらの方なのかしら?)
細身の長身が、王妃の前で膝を折って挨拶をしている。見たことも無いような美貌の主だった。
チラリと、彼がシリウスを見たのを、カレンは見逃さなかった。そして、シリウスが彼を見詰め返す目も普段の彼の目の色では無かった。
カレンの身の内で、何かがチロリと瞬いたような気がした。
・・・書ける!
・・・・・・書けそうだわ!!
(ちょっと!? この方はどなたですの!? 誰か教えて下さいませっ!!)
この黒髪の美丈夫が、噂に聞いたことはある辺境伯だったと知るのはこの直ぐ後だった。
前作の、『妖精姫/お兄』※略しました。
言い略し方がありましたら、教えて頂きたいです。
書き切れないお兄様やオーキッドさん、ルイ君にカーンにアレッド殿下・・・
不定期で投稿しますので、よろしくお願いします。
別話『悪役令嬢は、天使の皮を被ってます!!』も連載中です。
こちらもお読みいただけると嬉しいです。
ブックマーク、誤字脱字報告、イラスト、
感想も頂けると嬉しいです。
評価ボタンのポチも、押して頂けると励みになります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。