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今宵は曼陀羅け 壱  作者: AKIRU
1/1

壱.冬休みは極楽浄土への近道

実はBLではありません

主人公の妄想世界観が、それっぽいだけなのです

 

 私は、俗世の男たちから天女と崇められた容姿の母と、第三信者との間に人として生を受けた。

第三の父は、隣県の大きな寺の僧侶のため、家には月に数回しか来なかった。それでも愛情深く、職業柄なのか、人であるための教えを私の基礎知識としてくれた。

第一の父は、海上自衛隊の将官(海将補)で、退職も間近ながら陸には年、二度ほどしか帰ってこない。長男は、防衛大学を卒業し、今は松島航空隊で、訓練に明け暮れている。

第二の父はアメリカ人。ハリウッドを拠点とする映画監督だ。今では次男も助監督になり、親子でハリウッドと中国を飛び回っている。

(すべ)ては、幼少の記憶と、母親からの伝え聞きなので、何を以て正しいとすればよいかはわからない。

確実に言えることは、私が、第三の父が憧れていた大学に入学し、現在、大学院生として生きているという事だ。


 曼陀羅()えする

 (フォト)ジェニックな

 天空のキャンパスライフ


 だが、寺を次男に乗っ取られた第三の父は、私が入学するや否や行方をくらました。それでもありがたいことに、学費や生活費などは、第一の父と第二の父が納めてくれている。

 一年の時、【得度】【授戒】【加行(けぎょう)】を学び実修した。

四度加行(しどけぎょう)は約百日間実修しなければならなかった。加行は大学付近の寺、又は修業に出ることになる。

その間、俗世との関わりは御法度だ。

運よく、私は酒も煙草も女人にも興味がなかった。

第三の父を知る大僧侶に進められ、実家ともそれほど遠くない、谷中の師僧の元、百日に及ぶ実修をさせていただいた。充実した百日間、その最後の日に、師僧から「十年以内にこの寺を継いでくれないか」と誠に勿体無いお言葉を頂戴した。

話によれば、年の離れた弟君も御子息も、畑違いの道を選んだとのこと。御息女が、婿を迎え跡目を継ぐ計らいになっているのだと云う。

私が人として生かされているのであれば、これも縁であり定めと思い、ありがたく承諾したのだった。





   壱.冬休みは極楽浄土への近道



 唄が聴こえていた。

頭の中で、リピートする唄。

【狩人:あずさ2号】

 東京の難関工科大を中退し、春まだ浅い信濃路へ旅だった青年がいた。彼は、厳格な父に逆らってまでも、想いをよせていた叔父を選んだのだ。

「逢いたかった…」

 三浦悟(みうらさとる)の切れ長な目尻に、堪えきれない涙が滲んでいる。

「泣くな」

 三浦尊(みうらたける)は、甥を見上げ、人差し指でそっと涙を拭うと、彼の後頭部に手を添えた。

「今夜から、ずっと一緒だ」

 自分より背の高い甥の頭を、制御しきれない手が引き寄せる。唇と唇がふれあう寸前、「もう離さない」と、尊の吐息が悟の背筋を震わせた。

『長らくのご乗車ありがとうございます。次は終点、松本です』

 十条如月(じゅうじょうにょげつ)はゆっくりと目を開き、車窓に視線を向けた。雪を被った北アルプス連峰が、西日を浴びて金色(こんじき)に輝いている。

「十条さん、かなり疲れてたのね」

 隣の席に座る三浦芙華(みうらふうか)が、微笑んだ。

「退屈させてしまい申し訳ありません。瞑想してました」

「瞑想もいいけど、せっかくの冬休みなんだから、日常を楽しまなきゃ損よ」

 私に降り注ぐ芙華さんの笑顔がまぶしすぎる。

 鳴々、弥勒菩薩さま

 私の罪をも見透かす微笑

 これほどの罰がおありでしょうか

「早く降りないと、清掃の邪魔になるわ」

 彼女に腕を引かれ、私は特急あずさを後にした。

余韻が胸を熱くさせる。あと数分あったなら……。

女々しい私とは違い、婚約者の彼女はいつも前を見つめ、生き生きとしている。私にはもったいない女人だ。

 彼女の大型のトランクケースと、自分の軽いボストンバックを手に改札口を出ると、

「タケにぃー!」

「公衆の面前で抱きつくな」

 キャストは足りないが、夢の続きが待っていた。

「十条さん、こんなのと、わざわざ来てくれてお疲れさまでした」

 師僧の弟君であり、芙華さんの叔父の三浦尊。私の敬愛するお方が、私のために、私のために来てくださった!

「お迎えいただき、感謝この上ございません」

 手と手を合わせてお辞儀をすると、彼は私の背中に軽く手をあてて、「そういうのも、敬語もなしで」と、耳元で苦笑した。

「ありがとうございます。ところで、悟さんは如何お過ごしですか?」

「サトルは目標ができて、毎日楽しそうにしてます」

 芙華さんの荷物をさりげなく持ち歩き出す姿は、本当に嫌味がなく、老若男女問わず人を惹き付ける徳を醸し出していた。そんな後ろ姿でさえ、私には後光が射して見える。これが、悟さんとのツーショットになったら----‼︎

「もしかして、体調よくない?」

「い、いえ! 絶好調です!」

芙華さんに、私の性癖を知られてはいけない。

俗世で言うところの、ボーイズラブ萌! であることだけは。

 



 タクシーを降り、小路へ入ると、時代を見てきたような面構えの塀を(まと)う家が建っていた。芙華さんから話はうかがっていたが、これほど洗練された旧家とは思ってもいなかった。

 私はコートのポケットからスマートフォンを取りだし、写真を撮った。

「日が落ちたら寒いわよ」

 彼女は、慣れたように玄関を開け中へ入ってゆく。

この扉の向こう側へ、私が踏み込んでよいのだろうか。悟さんと最後に合ったのは、お互い十九歳だった。あれから四年の歳月が積まれた。彼はどのような青年になっているのだろう。

尊さんは成熟した大人の風格が足算されていた。

悟さんとふたりで暮らした数年を、私もこの眼で見たかった!

「いつまで突っ立ってるの!?」

「は、はい! 申し訳ありません!」

 私は、仏ではなく芙華さんに遣えることになるのかもしれない。否、これが私の今生なのだ。


 みゃ~ぁ


 扉を開けると、上がりかまちに座る白い猫が、蒼い瞳で私を見つめている。

「か、可愛い……」

 師僧の寺まわりにも、墓地にも、商店街にも猫がたくさんいる。とはいえ、修行中に猫を愛でなでくりまわすわけにもいかず、興味のないふりをしていた。

今は、冬休み。

プライベート。

私服。

触ったとしても、咎められることはない。

娘白(コハク)、メシだぞ」

 手を伸ばした途端、こはくと呼ばれた白猫は、軽やかな身のこなしで廊下の向こうへ消えて行った。

私は打ち破れた者の如く、玄関に肩ひざをつき、片手は空を掴んでいた。

「ご無沙汰してます、十条さん」

「あ……」

 猫を読んだのは悟さんだった。

以前より背も伸び、がっしりとした体躯のようだ。あの頃はまだ少年っぽさが抜けきっていなかった。でも、いま、目の前で手を差しのべてくれる彼は違った。

「悟さん、ご招待いただきありがとうございます」

「すっかり僧侶の風格だね」

「もったいないお言葉。まだまだ駆け出しです」

「悟さんは体躯も逞しくなりましたね」

 セーターを着ていてもわかる。背丈といい、尊さんを包み込めそうだ。

「バイトがら、荷物運びと縦走とクライミングが多くて」

 歩きながら、左二階の端の部屋へ案内され、桧風呂かジャクジーバスの好きな方で寛ぎ、七時に一階奥のダイニングへ来てください。と、言われた。

「お手伝いいたします」

「今日は手伝いがいるので大丈夫です。あすの朝から、宜しく頼みます」

 エプロン姿の悟さんは、残念ながら新妻キャラには見えなかった。



 湯を頂戴し、床暖房の利いたフローリングにて膝を折り、ぬるめのほうじ茶で一服していた。

 廊下の方から、きれいな歌声が聴こえる。

 アヴェマリア。

 高音ながら、柔らかい声。だが、その歌声は間違いなく男性だ。芙華さんから、クリスマス食事会とは訊いていたが、他の客人のことは知らされていなかった。

「ユヅ、ラム肉のベリーソース頼む」

「了解!すぐ行く」

「コハクはぜってぇ入れるなよ」

 悟さんと、ユヅと呼ばれた青年の会話から察するに、ふたりは気心の知れた仲らしい。

 私はお茶を飲み干して、湯飲みを返すため、ふたりの声がする台所へ向かう。だが、扉をくぐることはためらわれた。

「このくらいでいいかな?」

 ユヅという小柄で線の細い青年が、スプーンを悟さんの口元へ差し出す。

「ナイス。酸味も甘さも丁度いい」

 悟さんはオーブンに骨付きラム肉の塊を押し込み、嬉しそうな笑みを浮かべている。

「いまのうちにケーキしあげちゃおうよ」

「だな。芙華の奴、ブッシュドノエルより苺のシフォンがいいって、今朝言ってきたんだぞ」

「いいじゃん。女子はやっぱり苺好きだし」

「クリスマスにシフォンって、センスねぇだろ」

「軽いから、きっと食べやすいんだよ」

 ふたりは手際よく苺のヘタを取り、シフォン型からスポンジを外し、生クリームをボールに入れ、笑顔で話し続ける。

「おまえ、いつも芙華の味方だな」

「ん、たまにしか会えないし、素直でいい子だから」

「あれが素直!? ユヅに猪突猛進なだけだろ」

「媚びないし、裏表がないのは嬉しいよ」

「七海が聞いたら、嫉妬するぞ」

 生クリームを泡立てようと、ハンドミキサーのスイッチを入れた。白い液体がユヅさんの頬に飛んだ。と、悟さんは躊躇なくそれを舐めた。

 舐めた…。

 舐めた!

 えーーーーーーーーーーーーーーっ!?

 悟さんは、尊さんと……。

 悟さんは、ユヅさんとも……。

 いやいや、華奢で色白のユヅさんと悟さんのツーショットは理想的すぎる! これに尊さんと悟さんの情事も、となると、もしや三角関係? いや、まて、もしかしたら、三人は公認の仲なのかもしれない!

「十条さん」

「!!!!!!!」

 背後から声をかけられ、湯飲みを落としそうになった。

「何してるの?」

 芙華さんは私の手から湯飲みを取り上げ、台所へ入っていった。そうして、大きな苺をひとつ摘まみ、さっと口へ放り込んだ。

 悟さんが怒鳴る声を聞きながら、私は静かに立ち去った。

 



 どこを目指すわけでもなく、ただ廊下を歩いていると「如月(にょげつ)クン」と、 通り過ぎた部屋から名前を呼ばれ、条件反射(いつも)のように返事をし、開け放たれた部屋の前で直立した。

習慣とは恐ろしいものだ。

「用ないよね? 座って。少し話そう」

 ソファーでくつろぐ尊さんからのお誘いを、断る理由などあるわけもなく、私は指された席に腰を落ち着けた。

 彼は何かの資料を眺めながら煙草を吸っていた。成長した悟さんより、骨張った細い指。ユヅさんの指は、さらに華奢な感じだった。

「大学院は楽しい?」

 資料を伏せて置き、言葉と煙を吐き出した。

「専門に打ち込める環境はありがたいです」

「曼陀羅とサンスクリット語だったよね」

「果てしない宇宙を探っているようで、終わりが見える気がしません」

 私はいつになく饒舌だ。

尊さんには、人を難なく無防備にする何かがあるとしか思えない。話術や高い徳とかではなく、醸し出される何か。小春日よりの窓辺でうたた寝に(いざな)われるような心地よさと、大きな行事まえの高揚感を兼ね備えたような両極性、とでも云うべきか。

「もったいない」

 言いながら、彼は指先にキュッと力を込めて煙草を揉み消した。

「芙華と一緒にならないで、論文とかに専念するとか、面白いと思えることがあるなら続ければいいのに」

「とんでもない。私のような者に、歴史ある寺院をお任せてくださる師僧の御慈悲です」

「今の日本じゃ、寺は意味を失いつつあるのに?」

 彼の云うことはもっともだった。

尊さんは新しい煙草をくわえ、マッチを摩り火を点ける。

「如月クンは美人だし、モテるんだろんね」

 細く吐き出された煙が、私の顔をくすぐった。

「あの大学だと、(あいて)に不自由ないだろ」

 ニヤリと口端を上げ、彼は私を凝視する。


 な、ななな何なんだ、このプレイは!?

 私は、私は、人間性を試されているのか!?


「生涯を伴にするのは芙華さんひとりと決めてます!」

「それは先のことだろ」

「だ、だ、だだだからといって、私は……」

 暑い。

お風呂上がりのせいだろうか、憧れの尊さんに誘導尋問紛いのことをされているから……ズラを被っているからだ!

咄嗟にカツラを脱ぎ、ハンカチで汗を拭いた。

「やっぱり美人だなぁ、俺が同じ宿坊にいたら間違いなく襲ってる」

 彼は薄笑いを浮かべ、深々と煙草を吸った。

私は勢いよく立ち上がり、

「そのような趣向はありません! 私は尊さんと悟さんがいてくれるだけで胸がいっぱいなのです!」

「は?」

「おふたりの、あんなことやこんなことやそんなことを想うだけで至福の極みなのです!」

 失礼致しました!! とお辞儀をし部屋を後にした。

 早足で廊下を歩きながら、冷や汗が頬を伝った。アタマに手をやると、髪がないことを知った。カツラの予備はない。私は踵を返し、平常心を心がけながら尊さんのいる部屋へ戻った。

「ハイ、忘れ物」

 彼はくわえ煙草で戸口に立っていた。

「腐男子ってこと、誰にも言わないから安心して」

「ーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 尊さんがシバ神に見えた。

 (よこしま)な私を、彼に見透かされてしまった。

差し込む月明かりさえも、私の邪を曝し嘲笑っているようだった。

一作目の【sick syndrome】で予行練習をさせてもらいました。

せっかくなので、設定や登場人物をそのまま冬に持って来ました。

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