7話【大切な日】
一夜明け、シルヴィアの誕生日の当日になった。
ラッセルハイム伯爵の屋敷では、毎年シルヴィアの誕生日に盛大なパーティーを開いている。参加者は屋敷の使用人や兵士をはじめ、伯爵と親しい間柄の人間や仕事上で交流のある人物も招かれる。
当然のことながらアルムもその中の1人である。もっとも、正確に言うならば彼は伯爵の招待客ではなく、パーティーの主役であるシルヴィアからの直々かつ唯一の指名である。
パーティー自体は昼からであるが、アルムは朝早くから屋敷へとやって来ていた。理由は勿論、シルヴィアに渡す物があるからである。
いつもと同じようにシルヴィアの部屋のドアを開けると、彼女も普段通りベッドの上にいた。ただ、一点違いがあることにアルムはすぐ気付いた。
「あら、おはようアルム。」
「お、新しいティアラだな。」
アルムの言う通り、シルヴィアの頭には真新しい金のティアラが輝いていた。あちこちに宝石が散りばめられており、見るからに高価なものだとわかる。
「そうよ、今朝お父様が贈ってくれたの。」
あまりにも豪華な見た目でどう考えても数百万ゴルトはくだらないだろうと思ったが、値段については触れないでおいた。それに、仮にシルヴィアに聞いたとしても彼女は値段など知る由もないだろう。
しかしシルヴィアの方はアルムに期待の眼差しを向け、単刀直入に聞く。
「それで?アルムは何をくれるの?」
「この豪華なティアラを見せられた後だと若干渡しづらいんだが。」
思わず本音が出てしまったが、アルムはポケットから小さな木箱を取り出してシルヴィアに渡す。
「開けていい?」
「もちろん。」
シルヴィアが木箱を開けると、中には銀でできたネックレスが入っていた。早速取り出すと、目の前に持ってきて眺める。トップの部分には、青色の宝石がはめられていた。
「これ、何の宝石?」
「ラピスラズリだ。」
宝石は先日アルムがスラグ鉱山で採ってきたラピスラズリだった。ハッキリ言ってしまえば先程のティアラには数段劣るが、それでも宝石としては結構な大きさであった。
「こんなに立派な宝石、高かったんじゃない?」
「いや、材料費も製作費もかかってないよ。」
「え?」
こんな立派なネックレスに一切費用がかかっていないと言われ、シルヴィアは驚きを隠せなかった。しかし、いつも通りといった様子でアルムは説明を続ける。
「銀鉱石は昔採ったのがまだ残ってたし、ラピスラズリの原石はこの前自分で原産地まで行って採掘して、その後錬金術で加工した。」
アルムはさも当たり前のように淡々と話すが、シルヴィアは驚きを通り越して少し引いていた。
「さ、さすがは錬金術師ね…。」
前半に関しては最早錬金術師の仕事じゃないだろうと言いたいところだが、アルムが行動派であることは昔から知っていたので今更指摘するのも野暮というものだろう。
ネックレスをしばらく眺めていたシルヴィアは、ふと疑問に思ったことをアルムに尋ねる。
「でも、どうしてラピスラズリなの?」
数多ある宝石の中からなぜラピスラズリを選んだのかを知りたかったのだ。
「ラピスラズリには“健康”を司る力が宿るって言われてるからな。シルヴィアにピッタリだと思ってさ。」
アルムは得意げに話すが、それを聞いたシルヴィアは少し不満そうだった。
「私の病気はアルムが治してくれる約束じゃなかったの?」
「お守りだよ、お守り。持ってて損はないだろ。」
シルヴィアは何となくアルムに言いくるめられたような気がしたが、それでも嬉しいことに変わりはない。
木箱をベッドの横のテーブルに置き、貰ったネックレスを早速身に付け始めた。付け終わると、贈り主であるアルムに見せる。
「ねえ、似合ってる!?」
「うん、似合ってる。」
常識的に考えれば恋人がこの場で似合わないなんていう筈もないし、お世辞で言ってるだけかもしれない。ただ、今のシルヴィアにとってはそんなことは最早どうでもよかった。
「こんなに素敵なものを貰ったんだから、私も何かお礼をしなきゃダメよね。」
「何で祝われる側がお礼」
お礼するんだよ、と言いかけたアルムは目の前に迫ったシルヴィアに口を塞がれた。誕生日のお礼は、とびきりの笑顔と口付けで即座に返されたのだった。
「ありがとう、アルム。大事にするね!」
アルムは咄嗟のことにしばらく呆けていたが、状況を理解すると顔を赤くして俯いた。
それからアルムはシルヴィアがドレスに着替えるのを待ち、2人でパーティーが行われる1階へと降りていった。1階では既に豪勢な料理が用意されており、伯爵が2人を嬉しそうに迎えた。
数時間に及ぶパーティーを楽しんだアルムは、夕方には屋敷を後にした。本当はもっとシルヴィアと過ごしたいと思っていたが、明日以降もまた会えるだろうし、何より折角の誕生日を父娘で過ごして欲しいという彼なりの気遣いがあった。
シルヴィアの誕生日から2日が経った。この日、アルムは錬金術の材料を集めに遠出するつもりだったので朝早くから支度をしていた。
今日は夕方までは帰らないつもりだったので工房の看板も朝から【CLOSE】にしていたのだが、それにも関わらず扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞー。」
「失礼致します。」
扉を開けて入ってきたのはメイド服を着た若い女性であり、アルムはこの女性に見覚えがあった。伯爵の屋敷で何度か見かけたことがある。
「朝早くから申し訳ございません。アルム様、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか。」
「うん、いいよ。」
一応これから出掛けるつもりではあったが、別に誰かと待ち合わせしているわけでもない。とりあえず話だけでも聞くことにした。
「急なお話で申し訳ございませんが、今すぐに屋敷まで来ていただけないでしょうか。旦那様がアルム様をお呼びです。」
「伯爵が?一体何の用で?」
アルムが伯爵に呼び出されるのは初めてではない。これまでにも何度か伯爵から香水の精製やアクセサリーの錆取りを依頼されたことがあった。
だが、次にメイドから発せられた言葉はアルムの予想だにしないものであった。
「先程、シルヴィアお嬢様がお亡くなりになられました。」




