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錬金術師の花嫁  作者: KUMA
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6話【錬金術の工房】

アルムがスラグ鉱山で鉱石を手に入れてからから2日が経った。アルムは昨日、薬草の調達とシルヴィアに会いに行くことに1日のほとんどの時間を費やしてしまったので、今日は1日の大半を工房での作業に費やすことにした。


何より、明日のシルヴィアの誕生日の為にどうしても作っておきたいものがあるのだ。


「2日間も閉めたままだったし、流石に今日は開けないとな。」


アルムは工房の扉を開け、ぶら下がっている【CLOSE】の看板を裏返して【OPEN】にし、再び扉を閉めた。






オニークスの街の中心部から少し外れた場所に『クライヴ&アルムの錬金工房』という錬金術の工房がある。名前からもわかる通り、アルムが経営している。


クライヴというのはアルムの育ての親で、錬金術の師匠でもあった。10歳の時に戦火で両親を失ったアルムを引き取って育て、錬金術の基礎を教えたのだ。


その師匠も1年ほど前に亡くなり、遺された工房を弟子のアルムが引き継いで現在に至る。


「今受けてる仕事は…教会からの洗剤の精製と、肉屋のおやっさんの包丁の修理か。」


アルムは壁にかかったボードに貼り付けられたメモを確認する。メモには引き受けた仕事の内容が書かれており、今は2枚だけ貼られている。


工房とはいっても実際には錬金術でできる事は何でも引き受ける便利屋のような店で、普段は調理器具や農具の修理、香水や石鹸の精製といった仕事の依頼が多い。時には狩人や傭兵から火薬を作って欲しいと頼まれたこともある。


「どっちも期限は来週までだから、後回しでいいか。それより今はこれだよな。」


そう言いながら鉱石を取り出す。先日スラグ鉱山で見つけたラピスラズリだ。とは言ってもまだ原石の状態なので、まずは加工する必要がある。


本来ならば宝石職人の仕事であるが、今はアルケミーグローブがある。これさえあれば原石のまわりの不純物を取り除くことも容易だろう。早速グローブを起動し、術式を書き込む。


「ラピスラズリの主成分だけを残して…あとは分解…」


グローブの使い方にも大分慣れたようで、手早く術式を書き終えるとそのままラピスラズリの原石に触れる。


瞬く間に原石のまわりの不純物や鉱物がボロボロと剥がれていき、ラピスラズリの塊だけが綺麗に残った。


「本当に便利だな、これ。」


グローブを見ながら呟く。実はアルケミーグローブに限らず火や電気を必要としない魔法由来の触媒を用いた道具は世の中にいくつも存在しており、所持こそしてはいないがアルムも市場で見たことは何度もあった。


しかし、実際にこういった道具を錬金術に用いている錬金術師はごく一部であり、それも大規模な研究所に勤める者か、王族や貴族に雇われて研究をしている者だけである。


その理由は単純であり、今グローブにセットされている魔晶石もそうだがこういった道具の動力源となる魔法の力を帯びた触媒は基本的にどれも高価なのだ。そのため、多少面倒であっても経済的な理由で油や石炭など比較的安価な燃料を選ぶ錬金術師が多い。


無論、アルムも例外ではない。彼の場合は購入せずに自然の中にあるものを拾ってくるので基本的には無料だが、それでもあまり無駄遣いはできない。


「魔晶石を節約するためにも、急ぎの作業と戦闘以外にはあまり多用しない方がいいかもな。」


そう言いながら次の作業に取り掛かろうとすると、不意に工房の扉をノックする音が聞こえた。


「アルムちゃん、いるかい?」


アルムが返事をする間もなく扉が開いた。入口には帽子をかぶった恰幅の良い女性が立っている。


「あれ、メリアスおばさん。どうかしたのか?」


メリアスはバーテンダーの夫と共にこの街で宿屋『白い子羊亭』を経営する女主人だ。アルムとは師匠がまだ元気だった頃からの付き合いで、決して自炊が得意とはいえないアルム自身も宿屋でよく食事をご馳走になっている。


「実はフライパンの取っ手が取れちまってねえ。」


そう言いながらメリアスが手に持った籠の中から取り出したのは、年季の入ったフライパンと折れた取っ手だった。なるほど、根元からポッキリといってしまっているようだ。


「鍛冶屋にも持って行ったんだけど、くっつけるだけなら多分アルムの方が早いぞ、なんて言われちまってさ。できれば夕方までには直してもらいたいんだけど、できそうかい?」


アルムはフライパンと折れた取っ手を持って眺めた。随分と使い込まれたフライパンのようだが、この程度であれば短時間で何とかなりそうである。


「これぐらいなら問題ないかな。すぐ直しちゃうから座って待っててよ。」


「助かるわぁ、お代はいくらかしら?」


「200ゴルトでいいよ。」


本来なら都会で頼めば最低でも1000ゴルトはするのだが、アルムにはこの街の人から金を巻き上げて生活しようなんて気は全くない。錬金術で金儲けしようなんて考えるな、これは亡くなった師匠からの教えでもあった。


「いつも悪いわね。じゃあコレ、お代の代わりといっちゃあなんだけど、キノコのシチュー。昨日、宿で出した夕食の残りだけど。」


言いながらメリアスは小さな鍋を机の上に置いた。熱々というわけではなさそうだが、それでも良い匂いがする。この街の宿の料理は旅人の間でも評判が良いのだ。


「あ、それはありがたいな。今日の昼メシにするよ。」


言いながらアルムは先程のフライパンを作業台の上に乗せ、小さなハンマーで数回軽く叩く。そうして、何かを判断したように言った。


「くっつけるだけだし、こっちの方が早いかな。」


左手のグローブを見る。つい先程節約しなければと言った手前だが、鉄を繋げるぐらいであれば消費も少ないだろうと使うことにした。何より、お得意様であるメリアスが急いでほしいと言っているので、使わない理由はなかった。


アルムが左手のグローブを起動すると、宙空に半透明のパネルのようなものが浮かび上がった。その様子を不思議そうに見つめていたメリアスが口を開く。


「アルムちゃん、その手袋は一体何だい?」


「こいつはアルケミーグローブっていって、火や電気なしで錬金術を使えるようにする為の道具だよ。」


そう説明すると、今度は浮かび上がったパネルに右の人差し指で何か書き始めた。当然メリアスには何をしているかはわからないだろうが、質問されるよりも前にアルムは答えた。


「今、術式を書き込んだのさ。あ、術式っていうのは、どの物質をどれくらい反応させるかっていう計算の式ね。」


式を書き終えたのか、アルムが手を止めると先程まで浮かんでいたパネルは消えてしまった。相変わらずメリアスにはアルムが何をしているかはよくわからない様子であったが、アルムは気にせず作業を続ける。


空いている右手で折れた取っ手を持ちフライパンの折れた部分にあてがうと、そこに左手を添えた。僅か数秒の間であったが、作業が完了したようでアルムが言う。


「これでいいかな。」


アルムが手をどけると、フライパンの取っ手は綺麗に繋がっていた。置いてあったハンマーで取っ手をコンコンと叩くが、全く問題はなさそうであった。


「できたよ、おばさん。これでしばらくの間は大丈夫だと思う。」


フライパンをメリアスに渡す。見た目は以前と変わらないが、心なしかたった今繋げた部分だけは新品のようにも見える。受け取ったメリアスはフライパンをしげしげと見つめると、満足そうに言う。


「相変わらず仕事がキッチリしてて助かるわあ。しかも今日はこんなに短時間で終わるなんて。」


メリアスはフライパンを籠にしまい、代わりに代金を机の上に置いた。


「あ、シチューの鍋はわざわざ洗わなくてもいいからね。明日の朝に旦那に取りに行かせるから。」


「うん、わかった。」


それを聞いたメリアスは扉を開けて工房を出て行った。フライパンが綺麗に直ったからだろうか、えらく上機嫌だ。それを見送ったアルムは机の上に置かれたままの小鍋に目をやった。


「折角だし、食べるかな。」


アルムはそう呟くとシチューの入った小鍋を三脚に乗せ、バーナーで加熱し始めた。

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