5話【コマンド『錬金術』】
スライムを倒した後も、アルムはしばらく鉱山の中を歩き続けていた。外から見た様子ではそれほど大きな鉱山ではなかったので、そろそろ最深部に到達してもいい頃の筈だ。
そんな事を考えていると、急に視界が開けて広い空間に出た。
「あれ、明るい?」
その空間は、手に持ったランプの光が無くとも充分に周りが見渡せる程の明るさがあった。最初はなぜこんなに明るいのかわからなかったが、よく見ると壁がぼんやりと光っている。その原因を探るために壁に近づいてみると、理由はすぐにわかった。
「これは…魔晶石だ。そうか、この空間が明るい理由はこれか。」
壁一面に米粒ほどの小さな魔晶石がいくつも埋まっていた。どうやらここらの壁一帯全てがそうなっているようであり、それぞれが小さな光を放つことでこの空間を明るくしているのだろう。
「奥に道が続いてないから、どうやらここが鉱山の最深部みたいだ。」
辺りを見回してみると長い間放置されているような採掘道具の残骸がいくつも見られた。ここで鉱石を掘っていたのは間違いなさそうだ。
「ここでなら、アレも採れそうだな。」
早速お目当ての鉱石を探そうとアルムは意気込むが、ふと足元にあった金属の塊に気付きそれを拾い上げる。
「これ…兜か?」
金属製の兜のようだが、半分程形が崩れてしまっている。だが、その崩れ方は強い衝撃を与えられたのではなく、何か強酸のようなもので溶かされた跡だとアルムにはわかった。
「つまり、これをやった奴がこの鉱山のどこかにいるって事だよな?」
もっともな疑問を呟くが、その答えはすぐに出た。目の前の岩陰から、ズルズルと音を立てながら大きな影が這い出てきたのだ。
それは見るからに巨大なスライムだった。色も先程倒したスライムよりも濁ったような感じであり、どこか毒々しい。
「ふーん、要するにこいつがスライムの親玉ってことか。さしずめ『ジャイアントスライム』ってところか。」
軽口を叩きながら刀を抜くが、一筋縄ではいかないということはわかっている。
と、アルムが動く前にスライムはいきなり液体を飛ばしてきた。アルムは咄嗟に避けることに成功したが、液体が付着した地面はシュウシュウと音を立てながら溶けている。どうやら先程の溶けた兜はコイツの仕業で間違いなさそうだ。
「強酸性の液体攻撃か、厄介だな。」
刀を構えるが、先程の戦闘でスライムに斬撃があまり効かないのはわかっている。そうなると必然的に刀にカートリッジをセットして熱など何かしらの属性を付けなければ勝負にはならないだろう。
しかし、アルムはジャイアントスライムの身体を見てある事を思いつく。そして左手のグローブを見て試してみることにした。
「これが本当にできたなら、戦闘中に錬金術を使うことも充分に可能ってわけだ。」
そう言いながらアルケミーグローブを起動すると、パネルが浮かび上がった。右手には刀を持ったままだが、人差し指だけ立てれば術式は書けそうだ。
「組成…温度…質量…」
アルムは素早く式を書き込む。酸の液弾を飛ばすスライムの攻撃は止まないが、この程度であれば避けながらでも充分だ。
「よし、できた!」
術式を書き終えたアルムは、スライムへの接近を試みる。いくら術式を書き込んだとはいえ、対象に触ることができなければ錬金術は使えない。
酸の液弾を避けながらあと数メートルの距離まで近づくと、今度はスライムが身体の一部を伸ばして触手状にし、それを叩きつけてきた。
アルムは紙一重でそれを躱すと、スライムの懐に潜り込む。そしてグローブをした左手を構えて叫んだ。
「こいつで、どうだ!」
グローブをした左手でスライムの身体に触れる。すると次の瞬間、アルムが触れた部分からスライムの身体が徐々に凍り始めた。
「お前の身体、ほとんど水分だろ?悪いがその水分、氷点下にさせて貰ったぜ。」
アルムの予想通り、スライムの身体の大半は水分でできている。それらの水分の温度を氷点下にすることで、スライムの身体が凍ったのだ。
スライムは本能的に危険を感じたのか、まだ凍っていない部分を伸ばしてアルムを叩きつけようとする。だが、それを前転で回避したアルムは先程凍らせた部分の反対側に回った。
「そら、2発目だ!」
再び左手でスライムに触れると、先程と同じように凍り始めた。1回目と合わせて身体の大部分が凍っていき、やがて全身に広がった。
完全に凍ってしまったジャイアントスライムはピクリとも動かない。だがこのまま放っておけばいずれ動けるようになるのは明白だ。
「さて、どうやってトドメを刺すかだが。」
いくら凍らせたとはいえ、刀一本でこの巨体を一刀両断にするのは流石に無理がある。かといって放っておいてもいつまた動き出すかはわからない。アルムは1つの決断をすることにした。
「あんまし使いたくねーけど。」
そう言いながらアルムは懐から2本の試験管を取り出す。それぞれの管の中には透明な液体が入っていた。そして周囲の広さを確認すると、液体の量を見る。
「この量なら大丈夫だろ。」
思い切り腕を振りかぶり、試験管をジャイアントスライムに向かって投げつける。
「吹っ飛べ!!」
凍りついたスライムの表面にぶつかった試験管が割れ、中の液体が飛び散った。2つの液体が混ざり合ったのを見たアルムは、すぐに身を伏せて耳を塞ぐ。
ドカン!!
耳をつんざくような爆発が起こった。どうやら先程投げた液体は1つ1つでは何も起きないが、混ぜると爆発性の液体に変わるようだ。
「どうだ…?」
顔を上げ、正面を見ると凍っていた筈のスライムは粉々に砕け散っていた。相手は流動体の生物だが、流石にこの状態では生きてはいまい。
大きな爆発ではあったが、事前に液体の量を確認していたので鉱山自体が崩れる心配はなさそうだ。それを見たアルムは安堵する。
「鉱山が崩れるほどの威力はないとは思ったけど、実際に使うとやっぱ怖えな。」
この空間丸ごとを吹き飛ばす程の威力はないと確信はしていたが、やはりいざ使うとなると内心ハラハラしていたのは事実だ。
探索における最大の障害を取り除くことができたので、改めてアルムは目的の鉱石を探すことにした。
ぼんやり光る壁を端から見ていくと、その中に青みがかった鉱石があるのが見えた。
「あった、ラピスラズリだ!」
アルムが探していたのは、宝石でもあるラピスラズリの原石であった。先程魔晶石を掘った時と同じようにハンマーで周囲の壁を叩いて壊し、慎重に取り出す。
「これだけの大きさがあれば充分だな。」
お目当ての鉱石が手に入ったので、アルムは鉱山を出ることにした。来た道を引き返し、鉱山の入口に向かって歩き始める。
アルムがオニークスに帰ってきた頃には、時刻は既に夜の9時を回っていた。
本当はシルヴィアに会いに行きたかったが流石にこんな時間に訪問するのは失礼であるし、何より彼女自身もう寝ている頃だろう。
「明日シルヴィアに見せてやろう。」
左手のグローブを見ながら呟く。せっかく面白いものが手に入ったが、まあ見せるのは明日でもいいだろう。
それと明日は明日で他に薬草を集めに森へ行くという用事がある。あまり夜更かしするのも考えものだ。
今日は戦いで疲れたしもう帰って休むことにしよう、そう決めたアルムは帰路につく。




