4話【鉱山の魔物】
スラグ鉱山に到着したアルムは、早速鉱山の入口を探す。来たのは初めてであるが、実際に見るとそこまで大きな山ではなく、周りを歩いているとすぐに見つかった。
「お、ここだな。」
見るからに入口ですと言わんばかりにぽっかりと横穴の空いた場所があった。隅に錆びついたシャベルやツルハシの残骸が残っているので、まず間違いないだろう。
鉱山自体は一応閉鎖という扱いになっている。しかし入口には警備の人間がいたり鎖が張られているわけでもなく、木で作られた古い看板が1つ立てられていただけだった。
「かなり古いけど読めそうだな。」
アルムは書かれている内容を見る。看板には大きな文字でたった1行、こう書かれていた。
“この先、魔物出没により危険”
「立入禁止とは書いてないから、別に入っても構わないってことだよな。」
そんな屁理屈をこねながら、アルムは看板の先へ進んでいった。
時間帯としてはまだ昼間ではあるが、やはりと言うべきか光の届かない鉱山の中は真っ暗である。
こういう時、魔法が得意な人間は光や炎の魔法を使って周囲を明るく照らすことが
できる。しかし残念ながら魔法の才能のないアルムは持ってきたランプの灯りに頼る他なかった。
「それにしても静かだな、何の気配も感じないぞ。」
魔物が棲みついているという噂であったが、5分近く歩いても未だにそのようなものは見受けられない。
しかし、先に進んでいくにつれ段々と周囲が少しずつ湿り気を帯びてくる。明らかに様子がおかしいことにアルムも気付き始めた。
「おかしいな…どうして壁や天井のあちこちに濡れている箇所があるんだ?」
この鉱山に地底湖や地下水脈があるという話は聞いたことがない。しかも濡れているのは壁や天井全体ではなく一部で、まるで全身が濡れている生物が這ったような感じだ。
さらに奥に進むと、少し開けた場所に出た。床には朽ち果てた木箱や金属片が散乱している。どうやら昔はこの辺りで鉱石を掘っていたようだ。
少し調べてみようとアルムが壁に近寄ると、背後でベチャッという大きな音がした。嫌な予感がしつつも、音がした方にランプの灯りを向ける。
「やっぱいるのかよ!」
そこには緑色で半透明の姿をしたゼリー状の物体が蠢いていた。滑りを帯びた身体が、ランプの明かりに照らされてぬらぬらと光っている。
「こいつは…『スライム』か!」
おそらく先程壁や天井が濡れていたのはこいつが這った跡だったのだろう。顔が無いので表情は読めないが、こちらに敵意を向けているのは間違いない。
アルムもランプを手放し、刀を抜く。スライム自体は決して素早い相手ではないので、一気に先制攻撃を仕掛けた。
「くらえっ!」
スライムを素早く十字に切り裂く。確かな手ごたえがあり、スライムの身体には十字型の大きな傷が付いた。
「どうだ!?」
斬撃自体は綺麗に入った筈だが、当のスライムにはあまりダメージはないようだ。
「そうか、スライムって物理攻撃あんまり効かないんだよな。」
アルムは納得したような口調で言った。流動体の身体を持つスライムには打撃や斬撃といった攻撃が効きにくい。その反面、炎や電撃といった魔法などにはとことん弱いのが特徴だが、あいにくアルムはそっち方面は不得手だ。
しかし、打つ手がないわけではない。魔法の才能の無いアルムがそれをカバーする為に用いるのが、錬金術で自作した道具だ。
「こいつがいいか。」
ローブのポケットから黄色い箱を取り出し、刀の根元に付いた装置にセットする。すると瞬く間に刀身が青白く光り、電流が走り始めた。どうやら黄色い箱は高圧電流を生じさせる装置のようだ。
「作った本人が言うのも何だけど、相変わらず眩しいな!」
発せられた電流によって、それまではランプの灯りのみに照らされていただけの周囲がぱあっと明るくなる。手に持っている本人からすれば眩しいなんてものではないだろう。
アルムは高圧電流を纏った刀を構え、スライムに斬りかかった。
「『サンダーブレード』!!」
再びスライムの身体に刃が通る。ただし反応は先程とは大違いで、スライムは全身を駆け巡る電流に苦しみもがいている。
「とどめだ!」
反撃を許す暇も与えず、アルムは電流を纏ったままの刀をスライムの中央に突き立てた。
この一撃が致命傷となったのか、それまで電流に苦しんでいたスライムの身体が崩れて動かなくなった。
「よし、やったな。」
スライムを倒したことを確認すると、アルムは電流を発し続ける刀の根元に付けられた装置から黄色い箱を外そうと手を伸ばす。
しかし箱に手が触れる直前、青白く光っていた刀身が急に元の色に戻ってしまい、同時に走っていた電流も消えてしまった。
「この『カートリッジ』はもう使えないな、帰ってまた新しいのを作らないと。」
そう言いながら黄色い箱を外してポケットにしまう。他には魔物の気配はしなかったので刀を鞘に納めると、周囲の探索を再開した。
ランプで壁や天井を照らしながら近くの壁を見ると、壁の中にぼんやりと青白い光を放っている箇所がある。近寄って見ると、見覚えのある石が埋まっていた。
「魔晶石だ!」
アルムはランプを足元に置き、懐から小さなハンマーを取り出す。そして石を割らないよう慎重に周りの壁をハンマーで叩いて崩していった。
周りをあらかた崩すと、支えを失ったのか魔晶石は自然に落下しアルムの足元に転がった。アルムは身を屈め、それを拾う。
見たところ石は3センチ程の大きさであった。先程アルケミーグローブを試した際に砕けてしまったものよりも少し大きく、充分な出力が期待できそうである。
「丁度よかった、これでまたグローブが使えるな。」
手に入れたばかりの魔晶石を早速グローブにはめ込む。これでまた錬金術が使えるようになったのだが、アルムはふとある事を思いつく。
「これがあれば、戦ってる最中でも錬金術が使えるんじゃないか?」
錬金術を使えば水の温度を変えたり、岩や金属を脆くすることができる。だからといって普通は戦闘中にアルコールランプに火を点けたり、電池を銅線で繋いでいるような余裕はない。
だが、このアルケミーグローブがあれば戦闘中に術式さえ書き込めれば錬金術を使うことができそうだ。
「試してみるか。」
次に魔物が出てきたら実際にやってみよう、そう考えたアルムは鉱山の奥へと進んでいった。




