37話【女王への謁見】
女王のいる玉座の間へと向かいながら、アルムとイオンはミラから謁見の際の注意点などを色々と説明されていた。
「いい?相手はこの国の女王なんだからね。絶対に失礼のない態度を心がけるのよ?」
相手は女王である以上それは当たり前の事なのだろうが、それを聞いたアルムは少し不安そうな表情になる。
「どうだろうなぁ。イオンは無自覚に毒を吐くことがあるから、若干心配なんだが。」
「あたしは主にあんたに言ってるの!」
自分が一番失礼な態度を取りそうだと言う自覚の無いアルムに、ミラは思わず大声を出す。アルムはやれやれといった様子で頭をかきながら、唐突にミラに尋ねた。
「アトランドの今の女王って、確かカテリーナって名前だったよな。」
レムリアルに住んでいたアルムはアトランド内の情勢にはそこまで詳しくはないが、それでもアトランドの国家元首の名前くらいは聞いたことがあるし、新聞でも何度か目にしていた。
「そうよ。カテリーナ・フォルシュタイン・アトランド。10年前に先代の女王様が隠居なされて、代わりに今のカテリーナ様が即位されたの。」
アルムもそこまでは知らなかったが、逆にいえばそれを知ったところで謁見の内容がどう変わるかというわけでもない。だが、この情報を聞いてしまったが故に自らに恐ろしい悲劇が降りかかるなどこの時のアルムは知る由もなかった。
2人の兵士が立ち塞がっている一際大きな扉の前で、ミラは立ち止まった。扉の大きさといい、施された装飾といい、誰がどう見ても特別な部屋であるという事はわかる。
「ここよ。何度も言うけど、くれぐれも失礼のないようにね。」
そう言ってミラは扉を守っている兵士に近付くと、状況を理解しているようで兵士は無言で扉を開けた。
ミラに先導され、アルムとイオンの2人は玉座の間へと足を踏み入れる。豪勢な絨毯の敷かれた先には、これまた豪華な椅子に腰をかけた青い長髪の女性が座っていた。宝石の散りばめられた王冠をしている以上、この女性が女王であることはまず間違いないだろう。
「失礼します。陛下、フレガー様、お久しぶりでございます。」
挨拶すると同時にミラは跪いた。この事については事前にミラから聞かされていたので、アルムとイオンも続けて跪く。
アルムたちの両脇にはそれぞれ兵士が1人ずつ立っており、女王のすぐ側には側近と見られる初老の男性がいる。おそらくこの男性が大臣なのだろう。などとアルムが考えていると、女王の方が先に口を開いた。
「よく来たわね、ミラ。2ヶ月ぶりかしら?」
「はい。陛下、この度は貴重なお時間をわざわざありがとうございました。」
ミラ自身は丁寧に挨拶したつもりだったのだが、不慣れなのかどうにも違和感のある彼女の敬語にアルムは少し怪訝そうな顔になる。しかしいつもの事なのだろうか、女王の方も全く気にした様子を見せずに話を続ける。
「それでミラ、隣にいる2人はどちら様なのかしら?」
当たり前ではあるが、女王は見ず知らずのアルムとイオンについて尋ねてきた。とはいえ時間も勿体無いので、ミラは必要最低限の紹介で済ませる。
「アルム・ファウストというレムリアルの錬金術師と、その従者であるホムンクルスのイオンという者たちです。今、訳あって共に旅をしています。」
「あら、そうなの。初めましてアルム、イオン。私がこの国の元首、カテリーナ・アトランドです。」
アルムとイオンは黙って頭を下げる。しかしアルムは女王に気付かれないよう悪戯っぽく笑ながら小声でミラに耳打ちした。
「女王ってもっと厳格な人かと思ってたんだけど、意外に若いんだな。」
目の前の女王はアルムの想像していたよりも遥かに若く、一見すると20代の女性にしか見えない。しかし下手に余計な事を口にしてトラブルを起こされても困るので、とにかくミラは黙っているようアルムに注意する。
「あんたは余計な事言わないで黙ってなさい!」
しかしアルムはそんなミラの忠告を無視し、ふと思ったある事を口にする。
「あれ?けど女王って10年前に即位したって言ってたよな?」
それを聞いたミラは嫌な予感がしたが、自重という言葉を知らない上にデリカシーの欠如しているアルムは、言ってはいけない言葉を平然と口にしてしまう。
「ってことはアレか?本当はいい歳したオバサンだけど、幻術みたいな魔法で俺らの認識を狂わせて若く見せてるとか…」
「バッ…あんたなんて事…!!」
ミラは慌てて止めようとしたが、時既に遅し。“いい歳”、“オバサン”、その2つの言葉を女王は聞き逃さなかった。
女王は一瞬だけアルムを下等生物を見下すかのような目で見ると、即座に指を鳴らす。すると次の瞬間、ボン、という音がしたと同時にアルムの姿が金色の毛並みをしたネコに変わっていた。
「マスターが、ネコの姿に…!」
「だから言わんこっちゃない!!」
アルムがネコに変えられたことに隣にいたイオンは驚愕し、ミラは呆れ果てるように目頭を押さえている。しかしイオンは悲しむどころか、心なしか目を輝かせているようにも見えた。
「マスター…可愛い。ネコマスター…!錬金術猫?」
「イオン、あんた状況わかってる?」
元アルム、現ネコは女王に向かってニャーニャー叫ぶ。無論、何を言っているのかはこの場にいる誰一人として理解できるものはいない。その様子を見た女王は両手を合わせ、うっとりしたような口調で語りかける。
「まあ、なんと愛らしい姿なのでしょう。この姿であればもう一生、人の悪口を言う事は無いでしょうね。…というか、喋れませんものね?」
女王の顔は笑っているが、目が笑っていない。ミラはおろか、女王の側にいる大臣や兵士達までもが恐怖に顔を引きつらせている。ただ1人、イオンだけは変わり果てた主の姿を肯定的に受け止めていたが。
相変わらずニャーニャー騒ぎ立てるネコをさすがに鬱陶しく思い始めたのか、女王がもう一度指を鳴らす。すると、ネコになっていたアルムが元の姿に戻った。ただ、その表情は先程とは一転してこの世の終わりのような顔をしており、顔中に脂汗をかいている。その姿を見た女王は優しげな口調でアルムに声をかけた。
「アルム・ファウスト、“好奇心は猫を殺す”という言葉をご存知?実際にネコになってみてその意味がおわかりいただけたかしら?」
「肝に銘じておきます。」
女王の慣用句の使い方が間違っているような気もしたが、ここで反論したら次こそは確実に取り返しのつかない事態になる。そう直感したアルムはこれ以上余計な事を口にするのは止めておくことにした。
本人の自業自得であるにしろとりあえずはアルムが元に戻ることができたので、ミラは心の中でホッと一息つく。だが今日はそんな無駄話をしに来た訳ではない。女王の方もあまり悠長に時間を割いてもいられないので、単刀直入に本題へと入る。
「それでミラ。私に報告があるとの事だったけれど、旅先で一体何があったの?」
「はい、陛下にどうしても報告しなければならない重大なことがあるのです。」
ミラは真剣な面持ちになると、盗賊団ラータの事から幸福の蜜に関する事まで、その全てを余す事なく話し始めた。




