36話【王都ヴァレリオーネ】
初めて訪れた王都ヴァレリオーネは、アルムにとっては新鮮そのものだった。レンガ造りの建物や屋敷が多いレムリアルとは違い、大理石などで作られているのか真っ白で神秘的な建築物が多い。
「魔法の国って言われるぐらいだからもっとケバケバしいもんを想像してたが、むしろ白一色って感じだな。」
初めて見る物ばかりで、アルムとイオンはキョロキョロと辺りを見回す。一見すると田舎者丸出しのような感じもするが、いつもならそういった行為を嫌がるミラも今回ばかりは全く咎める様子がない。
「王都ヴァレリオーネは観光名所としても有名だしね。あんたたちみたいに辺りを見回してる観光客がいっぱいいるでしょ。」
ミラの言う通りアルムたちと同じように周りを見渡したり、手に持った本の絵と照らし合わせている人が大勢いた。よく見ると明らかにレムリアルの服装だとわかる人物もいるので、外国からも観光客がきているのだろう。
少し歩いていると、何かに気付いた様子のイオンがアルムの袖を引っ張る。
「マスター、すごく大きな水車があります。」
イオンの言う方を見てみると、確かに20メートルはありそうな巨大な水車がある。その真上には長く伸びた石造りの通路のようなものがあり、そこから水が絶えず流れ続けている。
「本当だ。というか上にある長いのは水路か?」
「水路よ。あれで王都の各地に生活に使う水を運んでいるの。」
アルムの疑問に対し、間髪入れずにミラが答える。井戸から汲み上げる方式を採用しているレムリアルとは随分違うことに、アルムは驚きを隠せなかった。
だがアルムの驚きは終わらない。そんな彼の頭上を、今度は空飛ぶ大きな赤い箱のようなものが通過して行ったのだ。
「おわっ!何だ一体!?」
「箱が浮いてましたね。」
アルムとイオンはまるで化け物でも見たかのように唖然としている。当然のように、これもミラから解説が入る。
「フロートキャリアーっていうの。アトランドの都会では、長距離の移動には馬車の代わりにあれを使うわ。」
物体を宙に浮かせているのは魔法で間違いないのだろうが、これに関してはアルムにも心当たりがあった。
「前に言ってたフロートストーンか。」
「ええそうね。ちなみに今通ったフロートキャリアーは赤色だったから、あれは郵便専用よ。」
「へえ…ん?」
ミラの説明をアルムは感心してように聞いていたが、同時に郵便と聞いてふとある事を思い出す。
「そういや今更こんな事言うのもどうかと思うんだけどさ、例の積荷がどこに運ばれるか調べといた方が良かったかな?」
思い返せば積荷の中身は確かに少し頂いたが、王都に到着した積荷がその後どこに運ばれるかについては完全にノータッチであった。今更ながらそんな事を思い出したアルムに、ミラから容赦のない突っ込みが入る。
「言うのが遅いでしょ、あんたは!なんで降りる時に言わないの!?」
「いや悪い、今思い付いたもんでさ。」
楽観的に言うアルムをミラは半目で見ていたが、大きなため息を1つつくとやや呆れたような様子で口を開く。
「まぁでも、それだったら先に女王陛下に報告して王宮の人たちに直接調べてもらった方がいいわね。顧客情報だからって、女王の命令だったら隠すわけにもいかないもの。」
「なるほどな。」
確かに自分たちで独自に調べるよりも、一旦女王に報告して直接調べてもらった方が遥かに手っ取り早いに違いない。それにミラの言うように、積荷の配送先がいくら顧客情報であるといえども、女王の命令ならば開示せざるを得ないだろう。
それならば尚更すぐに女王に掛け合わなければならないのだが、肝心のその方法についてイオンが質問する。
「それでミラ様。女王への謁見には何をすればよろしいのでしょうか?」
「普通だったらまず謁見の希望を申請して、それが通ったら後は順番待ちね。この時期だと大体1週間待ちとかになっちゃうのよ。」
謁見の順番待ちに1週間という長い時間が必要な事を聞き、アルムは不満の声を上げた。
「1週間だと!?待てるかよ、そんなもん。」
アルムの意見ももっともなのだが、ミラはそんな彼をなだめるような口調で話を続ける。
「最後まで話を聞きなさいって。普通だったら、って言ったでしょ。あたしが直接掛け合えば多分今日中には謁見できるわ。」
「スゲえな。お前そんな権限まであんのかよ。」
ここまでくると、最早そこらの政府高官と同等の権限すら持っているのではないかとまで思ってしまう。
「あたしはアトランドでは顔が利く、って言ったでしょ。」
ただただ驚くだけのアルムに対し、ミラは得意気に答えた。
それから15分ほど歩くと、王宮の正門に到着した。王宮自体はあまりの大きさ故に遠くからでも見えていたのだが、近くで見ると改めてその大きさに圧倒されるような感覚を覚えた。
「これまた随分とデカい王宮だな。オニークスでも一番大きい筈の伯爵の屋敷が霞んで見えるレベルだぜ。」
下手な例えであったが、アルムにとっては基準となるような大きな建物が他に無いのだから仕方ないといえば仕方ない。
謁見の為なのかどうかはわからないが、王宮の入り口では多くの人間が出入りしている。その分兵士の数も非常に多いのだが、その中の1人がミラの姿に気付いたようで向こうから話しかけてきた。
「これはミラ様。本日はどういったご用件で?」
「陛下に大事な報告があるの。謁見の受付はいつものところ?」
ミラの質問に、兵士は頷く。
「はい、その通りです。」
「わかったわ、ありがとう。」
ミラは兵士に礼を言うと、慣れた様子でズンズンと王宮の中へと向かっていく。土地勘どころか高貴な身分の人間への謁見の経験すらないアルムとイオンはただ黙ってついていくだけだった。
王宮の受付らしき場所には、長蛇の列ができていた。パッと見ただけだが、優に50人は並んでいるだろう。しかしミラはそんな行列には目もくれず、その奥にある部屋へと進んでいく。
「ここにいる誰かに掛け合えば、何とか陛下への謁見を取り繕ってくれるはずよ。たぶん、何人か知り合いもいるハズだから。」
ミラは2人に説明をしながら扉を開ける。部屋の中では、役人らしき数名の人物が書類に目を通したり書き込んだりしていた。その中にいた1人の少女がこちらに、というよりもミラの姿に気付くと真っ直ぐに近付いてくる。
「あれ?ミラ?ミラじゃない!こんなところで何してるの?」
「アリッサ!あなたこそ!」
どうやらミラはこのアリッサという少女とは知り合いらしい。アリッサはミラの後ろにいたアルムとイオンに気付くと、当然のように2人の事について尋ねてきた。
「ミラ、後ろの2人は?」
「あぁ、2人はアルムとイオン。訳あって今一緒に行動してるの。」
ミラは一旦アルムとイオンの方を向くと、今度は逆にアリッサの事を2人に紹介する。
「紹介するわ、彼女はアリッサ・クラウジウス。あたしの学生時代の友人よ。」
アリッサと呼ばれた少女は、アルムたちに向かって軽く頭を下げる。だが、その名前を聞いたアルムは記憶の中で何かが引っかかっていた。
「クラウジウス?なんかどっかで聞いたような気がすんな…。」
うろ覚えの記憶を頼りに何とか思い出そうとするが、アルムがその答えに辿り着く前にイオンが先に口にしてしまう。
「フラキスの駐屯地でミラ様がお知り合いだと言っていた軍人のお名前ですよ、マスター。」
「あぁ、何日か前にミラが言ってた大佐の名前か!」
アルムもようやく思い出したようだったが、その台詞にもまだ間違いがあったのでイオンは即座に訂正する。
「何日、というか昨日の事です、マスター。」
そんな2人のやり取りはさて置き、ミラは久しぶりに会った友人との会話に花を咲かせていた。
「それでアリッサはどうして王宮にいるの?」
「私、今は王宮で働いているのよ。」
王宮で働いているから王宮にいるのは当然なのだが、それを聞いたミラは意外そうな顔になった。
「あれ?でも学生の頃はお父様の為に軍に入るんだ、って言ってなかった?」
「軍人はもう諦めたわ。私はそんなに身体能力も高くないし、誰かさんみたいな人並外れた桁違いの魔力も持ってないもの。」
アリッサは遠回しにミラの才能について羨ましそうに語るが、別に妬んでいるというわけではなく、単に茶化しているだけのようだ。久々に会った級友との世間話も済んだので、アリッサは仕事に入る。
「で、ミラ。今日は王宮にどんな用事なの?」
アリッサの質問に、ミラは思い出したように急に真剣な表情になった。
「あ、そうそう!陛下にすぐ報告しなきゃいけないことがあるの!割り込みになっちゃうのはわかってるけど、何とか取り繕ってもらえないかしら?」
普通なら明らかに突っぱねられる頼みなのだろうが、相手がミラであるからなのか即座に否定するような素振りは見られない。アリッサは近くにいた上司らしき婦人に小声で相談すると、再びミラの方に向き直る。
「少し待ってて、大臣のフレガー様に伺ってくるわ。」
アリッサは話の内容を簡単にメモにまとめると、傍にあった階段を登っていく。彼女を待っている間、ミラは暇だからか周りの役人らしき人物と世間話をしている。態度から察するにこちらも知り合いのようだ。
それから数分ほどでアリッサは戻ってきた。表情がとても明るいので、無事に許可が降りたことなど聞かずともわかる。
「ミラ!良かったわね!ミラなら15分だけ許可するって、フレガー様が!」
「本当!?ありがとう、アリッサ!」
友人からの朗報に、ミラの表情は明るくなった。割り込みをした事自体はちゃんと謁見の順番を待っている者達に対して申し訳無いが、こちらにも事情がある。というよりもこの国を揺るがす一大事である為、呑気に待っているわけにもいかないのだ。
「普通なら案内の人間を付けるんだけど、ミラには必要ないわよね?玉座の間への行き方も知っているでしょうし。」
「そうね、必要ないわ。」
どうやら話はついたようで、ミラは2人の元へと戻る。詳しい説明などは行わずに、さっさと2人を玉座の間へと連れて行こうとする。
「さ、行くわよ。時間ももったいないし、作法とかについては歩きながら説明するわね。」
「作法、ねえ…。」
アルムとしてはあまり気が進まなかったが、何せこれから会う相手はこの国の女王なのだ。致し方ないと思いつつ、先導するミラについて階段を上がっていった。




