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錬金術師の花嫁  作者: KUMA
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35話【イオンの心境】

錬金術の工房を営んでいた頃からアルムは1日2日の徹夜などものともしない程の体力を持っていたが、その一方で熟睡に入るのがとても早く、一度寝ると中々起きないという所もある。


事実、アルムが寝始めてからまだ5分も経っていないのだが、当のアルム本人は既に完全な熟睡モードだ。イオンはそんな主の寝顔をただずっと見つめていただけであったが、向かいに座っていたミラが唐突に口を開いた。


「しかしイオン、あんたもよくやるわよね。」


「何がでしょうか?」


ミラの言っている内容の意味がよくわからず、イオンは聞き返す。とはいえミラの方もそれほど深い意味で聞いたわけではないのだが。


「ホムンクルスだからって、何でもかんでもアルムの言う事聞く必要はないんじゃないの?戦闘とか錬金術の手伝いならともかく、こんなくだらないワガママとかね。」


実際のところミラは今まで他のホムンクルスを見たことがない上、錬金術に関する知識もあまり無いのでこれが本来のホムンクルスの本質であるのかどうかはよくわからない。ただ単純に、アルムに言われた事に対しては一切の否定を見せないイオンがどうにも気になって仕方がないというだけだ。


そんな彼女の質問に対しイオンは想像通りと言うべきか、最初から決められていたとしか思えない回答を返す。


「ホムンクルスは自分を造った主に従うものですから。」


「そこよ。あたしは錬金術のことなんてよくわかんないけどさ、そんなこと誰が決めたってのよ?」


ホムンクルスは自らを生み出した主に従うと言う、イオンにとって、ひいては錬金術師にとっては最早常識とも言える部分にミラは食ってかかる。勿論、イオンにもそんな事などわかる筈もなかった。


「それは私にもわかりません。初めてマスターを見た時から、私は一生この方にお仕えするのだという事がずっと頭の中にあるものですから。」


そんなイオンの言葉に、ミラは目を細める。ある意味わかっていた事ではあったが、はっきりした答えの出ない問答に大きな溜め息をついた。


「はぁ〜。やっぱ錬金術ってワケわかんないわ。あたしには絶対向いてないわね。」


これまで魔法一筋で生活してきたミラにとっては、錬金術の基礎から真髄まで何一つ理解できない。もっとも、数多の錬金術師でさえ未だに全てを解き明かせていないようなホムンクルスの事を素人のミラが理解することなど到底不可能ではあるのだが。


しかしここで、イオンがふとある事を呟く。


「ですが、もしかしたら私がマスターに従うのは他に別の理由があるのかもしれません。」


「それって、どういうこと?」


唐突なイオンの発言に何か感じるものがあったのか、ミラは興味津々といった様子だ。イオンの方もまだ整理できていない部分があるのか、はっきりしないような口調で話し出す。


「理由はわかりませんが、マスターのお役に立てたり、マスターが褒めてくださると、なんだか胸のあたりがざわざわして、とても心地良いような気がするんです。ですが、それと同時にもっともっとその感覚が欲しいとも思ってしまうのです。」


少し嬉しそうな様子で語るものの、未だに感情面においては発展途上であるイオンはまだ自分自身の感情を理解できてはいないようであった。


だがそれを聞いたミラは複雑そうな表情になる。イオン自身がアルムに仕える事に喜びを感じているのならばそれはそれで良い事なのだが、イオンの誕生の経緯を知っているミラからすれば素直に喜べる事ではなかったからだ。


ミラは少しの間無言であったが、やがて何かを決心したのかある事を確かめる為にイオンに尋ねる。


「イオン。あんた、自分が生まれた経緯は知ってるの?」


急に話題を変えられたことをイオンは少し不思議がるが、その質問に対しては隠すことなく答える。


「以前、マスターから聞いたことがあります。本来であればマスターは亡くなった恋人のシルヴィア様を蘇生させるおつもりだったようですが、実験は失敗して代わりに私が生まれたのですよね。」


「あぁ、やっぱり知ってたのね。」


イオン自身が自分が生まれた経緯を理解していると知ったミラは、本来であればアルムとイオンの2人だけの問題であるとわかっていながらも、あえて首を突っ込む。


「あんまりこういう事は言うべきじゃないんでしょうけど。」


ミラは一呼吸置き、急に真剣な表情になると改めて言葉を続ける。


「それって本来、イオンは望まれて生まれたってワケじゃないわよね。その事に対してアルムを恨んだりとかはないの?」


こういうデリケートな部分に踏み込まない方がいいという事はミラ自身も充分に理解していたが、それでもミラはどうしても聞いておきたかった。そんな彼女の質問に対し、イオンは迷う事なく答える。


「ですがマスターが私を造らなければ、私はここに存在していません。マスターが私を創造したからこそ、私は生きていられる。それだけで充分です。」


「そう。自分で納得してるんだったら、これ以上はあたしから言う事は何もないわね。」


その言葉を最後に、ミラは黙りこくってしまう。もっとも、彼女の表情自体はどこか安心したような穏やかなものであったが。






それから飛行船の旅は数時間続いた。デッキで景色を眺めている客もまだいるようだが、大半はアルムと同じようにキャビンで寝ているか、読書をしている。


ミラも飛行船は割と乗り慣れているようで、暇な時間の対策はしっかりしてあるのか本を読んでいる。スイーツ好きな本人の趣味なのか、本のタイトルには『レムリアル共和国のティータイムの歴史』と書かれていた。


一方でイオンの方は何もせずただ数時間の間ずっと寝ているアルムの顔を見つめ続け、時折彼の金髪を撫でたり頬に軽く触れているだけであった。


そんな中唐突にキャビンの扉が開き、室内に船員の声が響く。


「皆様、長らくお待たせいたしました。ただいま王都へと到着いたしました。これから着陸いたしますので、お降りの際にはお忘れ物などないようにご注意ください。」


それを聞いたミラは本を閉じると、未だに熟睡したままのアルムを見ながらイオンに言う。


「やっと到着したわね。イオン、その寝ぼすけ起こして。」


ミラの言葉にイオンは頷くと、自分の膝の上に頭を乗せているアルムの頬を軽くペチペチと叩く。


「マスター、起きてください。王都へ到着しましたよ。」


「…んあ?」


アルムはぼんやりとした様子で身体を起こす。寝起きでまだ状況がよくつかめていないようだが、そんなことはおかまい無しにミラはアルムへ鞄を突き付ける。


「ほら、ボサッとしないで!さっさと荷物持つ!」


「…あぁ、王都に着いたのか。」


アルムはまだ少し寝ぼけ気味であったが、とりあえず状況は理解できたのか自分の鞄をミラから受け取り、目をこすりながら担ぐ。


3人は飛行船から降り、簡単な手荷物検査を受ける。例の“白ワイン”と“メイプルシロップ”の入ったアンプルの入ったケースも当然見られたが、他にも似たような薬品がいくつも入っていた上に、アルムが錬金術師だと言うと納得した様子であっさり返してもらうことができた。


アルムは返却されたアンプルのケースを鞄にしまうと、荷物検査をしている船員に気付かれないように小声で呟く。


「さすがに中身までは調べられないか。」


「アトランドの役人ってのは魔法の物に対する検査は厳しいけど、薬品に関してはあんまり知識が無いからね。」


ミラの言葉通り、確かに思い返してみれば国境を越える際もアトランド側では魔法に対しての検査は異常に厳しかった。これもお国柄故のものであろうか。




飛行船ターミナルを出た途端、アルムは思わず息を飲んだ。初めて目にするアトランドの首都が自分の想像を遥かに超えたものであり、レムリアル共和国の都会の風景とは全くと言っていいほど違っていたからだ。


「ここが、アトランドの首都…。」


「ええ。ここがアトランド王国の中心、王都ヴァレリオーネよ。」


言葉を失ったアルムの目の前には巨大な塔や神秘的な神殿がいくつもそびえ立っており、あちこちを透き通った水が流れる雄大な都が広がっていた。

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