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錬金術師の花嫁  作者: KUMA
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34話【積荷を調べよう】

積荷を調べ始めて少しすると、早速何かを見つけた様子のミラが声を上げた。


「この木箱、例の“メイプルシロップ”じゃないかしら?札にそう書いてあるんだけど。」


ミラは一見何の変哲もない木箱の上に手を置いている。それと同時に、イオンの方も目的の物を見つけたようでアルムに報告した。


「マスター、これが“白ワイン”の樽ではないでしょうか?」


声がした方をアルムが見ると、イオンの横に焦げ茶色の大きな樽があった。社長から見せてもらった積荷のリストには他に樽で運ぶ予定のものは書かれていなかったので、これが例の白ワインに違いないだろう。


目的の物自体はどちらも割と早い段階で見つかったが、アルムはまず最初に近くにあったワインの樽の方から調べる事にした。問題は中身を確認する方法だが、その方法に関してもアルムは既に準備してあった。


「ここは俺に任せろ。」


そう言ってアルムは注射器のような道具を取り出すと、それを樽の蓋の隙間から差し込む。そこから中身を少しだけ吸い出すと、容器の中には白っぽい半透明の液体が流れ込んできた。その液体を、ミラは横からまじまじと見つめる。


「見た感じは、本物の白ワインみたいね。」


彼女の言う通り、見た目は白ワインそのものだ。だが幸福の蜜である可能性もまだゼロではないので、飲んで確かめるというわけにもいかない。とりあえず匂いだけでも嗅いでおこうと思い、アルムは注射器のピストン部分を外す。


「これは…本当にワインみたいだな。」


ピストン部分を外した瞬間、ほのかなブドウの香りとアルコールの匂いが立ちこめた。どうやらこの液体は本当に白ワインであるようだ。念の為に採取した液体を小さなアンプルに移すと、次はミラの見つけたメイプルシロップの調査へと移る。


ミラが見つけた箱の蓋を開けると、中には瓶詰めにされた茶色い半透明の液体が並んでいた。アルムはその中の1本を手に取るが、不自然な事に本当のメイプルシロップのような粘り気がなく、普通の水のようにサラサラしている。それを見たアルムは、何かの確信が持てたような表情になった。


「どうやら、こっちの方が当たりみたいだな。」


どう見てもメイプルシロップには見えないそれを、アルムは近くの木箱の上へと置く。ミラもその瓶を横から見るが、明らかに水面部分の揺れ方が普通の水のような感じであった。


「どうするの?1本だけいただいておくとか?」


「丸々1本もいらねえよ。少しだけあれば充分だ。」


ミラの質問に答えながらアルムは瓶の蓋を開け、先程のワインの時と同じように中の液体を少しだけ吸い出す。そのまま吸い出した液体を小さなアンプルに移すと、瓶の蓋を閉めて何事もなかったかのように積荷の箱の中へと戻した。


「あとはそれを王都に持って行って調べてもらえばいいだけね。」


「設備さえ揃ってりゃあ、俺が自分で調べるんだけどなあ。」


2つのアンプルをケースにしまいながら、アルムがぼやくように言う。しかしその言葉にミラは驚きを隠せなかった。


「アルム、あんたそんな事できるの?」


「俺は錬金術師だぜ?薬品の成分の分析なんざ専門中の専門だ。」


驚くミラに対しアルムは得意げに言う。もっとも、今は場所が場所である。オニークスにある彼の工房ならば一通りの道具が揃っているのだろうが、今は旅先、しかも商店なども存在しない上空である。残念ながら現状では薬の成分の分析は難しかった。




入り口で昏倒している兵士を起こさないように船倉を出た3人は、誰にも気付かれないようにキャビンへと戻った。兵士が誰かに昏倒させられた事にはいずれ気付かれてしまうだろうが、姿さえ見られなければ誰がやったかなどわかりはしない。何より見た目には積荷自体は1つも盗まれていないので、調べようにも手がかりなど無いに等しいのだ。


「ミラ、王都まであとどれくらいかかる?」


それなりに広いキャビンの隅にあった椅子に腰掛けながら、アルムが問う。他にも客はチラホラいたが、半数以上はデッキで景色を楽しんでいるようだ。


「大体、5時間ってところかしら。」


「5時間!?そんなにかかんのかよ!?」


あまりの時間の長さに思わず文句を垂れるアルムだが、逆に何度も飛行船に乗った経験のあるミラは冷めた目になりながらため息をつく。


「あのねえ、そもそも王都までは馬車で数日かかるのよ?飛行船はそれをたった5時間にしちゃうっていうんだから、むしろ短いぐらいよ!」


「そう言われるとそうなのかも知れないけどよお。」


未だに不満そうなアルムであったが、そんな彼の文句をかき消すかのように大声が突然キャビン中に響いた。


「お客様に緊急のご連絡を申し上げます!」


声のした方を見ると、慌てた様子の船員が息を切らせながら立っていた。キャビンにいた人々は何事かと思ったが、アルムたちにはおおよその見当がついていた。


「つい先程、船倉を見張っていた兵士が何者かに眠らされるという事態が発生致しました。今の所積荷が盗まれた形跡はございませんが、皆様も充分にお気をつけください。尚、兵士が眠らされた件に関して何かご存知の方がいらっしゃいましたら、お近くの船員までご連絡をお願い致します。」


予想通りと言うべきか、先程アルムが見張りを昏倒させた事がバレたようだ。もっとも船員の口振りからすると、やはり誰が犯人なのかまでは特定できていないようだが。


「気付かれるの、割と早かったわね。」


ミラは腕を組みながら冷静に呟くが、アルムは全く心配したような素振りを見せない。


「放っとけ。誰がやったかなんてわかりゃしねえよ。」


アルムも言うように、証拠が無い以上は誰がやったかなど調べようがない。その点から言うと、瓶を丸々1本頂くのではなく中の液体を少しだけ取り出したアルムの判断は的確であったと言えよう。仮に荷物検査などが行われてしまった場合、それこそ例の瓶を持っていたとしたら言い逃れなどできない。


「とは言っても5時間かあ、やっぱり長えなあ。」


アルムは大きく伸びをするが、これ以上は何もする事がないのだ。いくら数日かかる道のりが5時間で済むとはいえ、逆にいえばあと5時間は暇な状態が続くというわけだ。そんな状況など御免だと言わんばかりの様子で、欠伸をしながらアルムは唐突に言う。


「ヒマだし俺は寝る。イオン、膝貸してくれ。」


「はい、マスター。」


言われた通りにイオンが膝の上に乗せていた手をどけると、アルムはさっさと寝ようと横になる。…が、それを見ていたミラが制止するように大声を出した。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!何してんのあんたたち!?」


「何って、さっき寝るって言ったばっかしだろうが。」


取り乱したような口調のミラに対し、アルムは気怠そうに答えた。イオンまでもが不思議そうな表情でミラを見つめている。しかしミラとしては目の前の光景が信じられないといった様子だ。


「そこじゃないわよ!なんであんたがイオンの膝枕で寝んのよ!?」


「そっちの方が寝やすいからに決まってるだろ。」


単純に考え方や価値観の違いからか、話が全く噛み合わない。そもそも、アルム自身は何故ミラがここまで怒るのか全くその理由がわからなかった。一方でミラの方は依然として目の前の出来事があり得ないといった様子であり、今度はイオンに対しても指摘を行う。


「公共の場でなんてハレンチな事してんのよ!?というかイオンも少しは嫌がりなさい!」


「?なぜ私がマスターの命令を嫌がる必要があるのでしょうか?」


イオンにはミラの言いたい事がさっぱりわからない様子であった。そもそもホムンクルスであるイオンにとっては、“アルムに逆らう”と言う発想自体が存在しない。それを見たミラはこれ以上の問答が無駄だと判断したのか、目を伏せながらガックリとうなだれる。


「あぁ、もういいわ…好きにしてちょうだい。」


「…?変な奴。」


結局ミラの言いたいことなどこれっぽっちも理解できなかったアルムは、イオンの膝に頭を乗せると1分も経たないうちに寝息を立て始めた。

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