29話【盗賊団ラータ】
「ここが大尉の言ってた洞窟ね。」
アルム一行は、フラキスの街から歩いて1時間程の場所にある洞窟へとやって来ていた。先程、アトランド軍の駐屯地でトラウト大尉に教えて貰った場所である。
「入口に誰か立ってるな、見張りか?」
近くの岩陰に身を隠しながら、アルムが確認する。洞窟の入口には腰にナイフを携えた髭面の男が立っており、葉巻をふかしながら時折周囲を見渡している。それを見たミラは率直な意見を口にした。
「じれったいわね、全員魔法で吹き飛ばせばいいじゃない。」
「どデカい魔法ぶっ放して、それこそ洞窟が崩れでもしたらどうするつもりだ。」
すぐさまアルムが指摘する。不満そうなミラであったが、それを黙らせるようにアルムが自ら率先して動く。
「ここは俺に任せろ。」
そう言って、アルムは洞窟の上部分へと登って行った。割と険しい岩山であったが、余程慣れているのかアルムは苦もなく岩壁をよじ登っていき、あっという間に洞窟入口の真上へとたどり着いた。
「よし、ここだな。」
洞窟入口を見下ろすと、ちょうど真下に例の見張りの男が見える。見張りはアルムに気付いた様子もなく、先程と同じように葉巻をふかしている。
アルムは刀を抜き、刀身の根元にある装置に雷のカートリッジを差し込む。刀身に電流が流れ出したのを確認すると、勢いよく見張りの背後へと飛び降りた。
「何だ?」
物音に気付いた見張りの男が振り返る。だが男がアルムの姿を確認したのと同時に、高圧電流が男の首筋を襲った。
「がっ…!?」
見張りの男は低いうめき声を上げると、失神したのかそのまま動かなくなる。アルムは他に見張りがいないことを確認すると、岩陰に隠れている2人に合図した。
「いいぞ、こっちだ。」
「あんた、錬金術師じゃなくて暗殺者としてもやっていけるんじゃない?」
アルムのあまりの手際の良さに、ミラが呆れたように言う。
入口から洞窟内部を覗くと、薄暗いがある程度の光はあるようだった。おそらくは中にいる盗賊が火を灯しているのだろう。3人はそのまま洞窟へと突入する。
入口から50メートル程進むと、急に開けた場所へと出た。周囲には魔法由来のランプがいくつか吊るされており、意外と明るい。そんな中、不意に奥から声がした。
「やはり来たか。思ったよりも早かったな。」
奥の岩陰から、マフラーをした盗賊らしき人物が現れた。おそらくはまだ10代で入口にいた見張りの男よりもかなり小柄ではあるものの、服装は似ているので仲間であることは間違いない。盗賊は臆した様子もなく、腕を組みながらアルムたちに問う。
「飛行船の起動に使う鍵を取り返しに来たのだろう?」
「知ってるなら話が早え。大人しく返してくれれば危害は加えないつもりだが?」
質問に答えながらアルムは前に出たが、それを見た盗賊は手を挙げて何かの合図をした。すると、あちこちの岩陰から同じような服装をした盗賊がゾロゾロと何人も姿を現し始める。
「むしろ不利なのはお前たちの方だぞ?たった3人で襲撃してきたのが間違いだったな。」
喋り終えた頃には、十数人の盗賊が揃っていた。いずれも皆、剣やナイフ、ハンマーなどで武装している。それを見たアルムは、確認の為に尋ねた。
「お前らが、盗賊団ラータで間違いないな?」
だが盗賊達は答えない。もっとも、否定する様子もないので彼らが例の盗賊団である事は間違いなさそうだ。盗賊達は皆余裕の表情をしているが、その様子を見たミラが一歩前に出た。
「あんたたち、降参する気は無いのね?」
「この状況を見て何故降参するのだ?」
相変わらず盗賊は余裕そうだ。普通に見れば人数的には圧倒的に不利なのだが、ミラは全く動じていない。というより、アルムにしてみればこの状況は何となく既視感があった。
「1分後に同じセリフが言えるかしら?」
ミラはやや哀れみを含んだような目になり、右手を掲げる。そして目を閉じ、魔法の詠唱を始めた。
「彷徨える亡者達の魂よ、その怨念を大いなる力に変え、我に遣えよ!」
詠唱を終え、ミラは右手を強く握る。するとどこからともなく叫び声のようなものが聞こえてきた。
「何だ…?」
盗賊達は周囲を見回す。叫び声は段々と数を増やし、あちこちから聞こえるようになった。
すると突然、盗賊達の周囲を取り囲むように黒い影がいくつも現れた。影はゆらゆらと揺らめきながら、しかしはっきりとした敵意を持って盗賊達と対峙している。盗賊達は皆驚きを隠せなかったが、その中でも先頭にいた小柄な盗賊はその正体に気付いた様子だった。
「これは…【ゴースト】!しかもこんなに大量に!?」
ゴーストとは、いわゆる死霊だ。死者の怨念がモンスターとなって実体化したものであり、強力なものならば人間に直接危害を及ぼすこともある。
遺跡や洞窟を冒険する者にとっては非常に厄介な存在であるが、死者の魂を操るネクロマンサーにとってはこの上なく頼もしい雑兵へと変わるのだ。
「これで数の優位は無くなったわね?」
数十体ものゴーストを召喚し、今度はミラが余裕の表情を見せる。相変わらずの常人離れした膨大な魔力に、アルムは盗賊に対する同情さえ覚えた。
「怯むな!地の利はこちらにある!」
だが以前の傭兵部隊とは違い、この盗賊団は抵抗を見せる気のようだ。そんな中、大柄でスキンヘッドの盗賊が先頭にいる小柄な盗賊に向かって叫んだ。
「お頭!ここは俺たちに任せて引け!」
「だが…!」
意外な事に、周囲の屈強な男たちではなくこの小柄な盗賊が彼らの長のようだ。盗賊の頭は部下を見捨てる事に戸惑いを見せたが、他の盗賊達からは叱咤するような声が飛ぶ。
「お前がここで命を落としたらどうする!?」
「そうだ!そんな事になれば、俺たちは先代に顔向けが出来ねえ!」
そんな声を受け、盗賊の頭は迷った末に苦渋の決断を下す。
「すまない、お前たち!」
そう叫ぶと、一目散に洞窟の奥へと走り去った。それを見たアルムは逃すまいと、ミラに尋ねる。
「ミラ!こいつらは任せていいか!?」
「わかったから、さっさと追いかけなさい!」
ミラの怒声を受け、アルムはイオンを引き連れて盗賊の頭の後を追う。それに気付いた盗賊の男が更にアルムを追おうとするが、その行く手を数体のゴーストが阻んだ。
「ここから先は通さないわよ?」
ミラが指を鳴らすと、50を超える数の死霊達が一斉に盗賊団に襲いかかった。
一方でアルムとイオンは盗賊の頭を追っていたが、普段から野山を駆け回っているアルムと一般的な18歳女性の身体能力しか持たないイオンでは明らかに体力的に差がある。徐々に息を切らし始めたイオンを見て、やむを得ずアルムは指示を出した。
「イオン、俺は先に行く。自分のペースで構わないから後で追ってこい。」
「わかりました。お手を煩わせて申し訳ございません、マスター。」
イオンの言葉を受け、アルムは彼女を置いて一気に走るペースを上げた。
どうやら身体能力自体はアルムの方が上だったようで、数分もしないうちに盗賊の背が見えてきた。
「しつこい奴め!」
盗賊はアルムの方を振り返ると、突然岩壁を登り始めた。アルムが上を見上げると、数メートル頭上から光が差し込んでいるのが見える。おそらく、洞窟の出口へと繋がっているのだろう。
「逃がすか!」
アルムはアルケミーグローブを起動し、術式を書き込む。そのまま左手を岩壁へ叩きつけると、触れた部分から徐々に壁面が砂へと変化し崩れていった。
「う、うわっ!」
変化は瞬く間に盗賊の足元へと及び、立っていた岩場も砂となって崩れた。足場を失った盗賊は、数メートルの高さから真っ逆様に転落する。もっとも、落下した場所も砂に変わっていたので大きな怪我は負わなかったようであるが。
「さて、もう逃げ場はなさそうだな?」
落下した時に打ったのか、腰をさする盗賊を見下ろしながらアルムが問う。だが盗賊の方も諦めた様子は見せず、振り絞ったような声で叫んだ。
「まだだ!」
盗賊の頭は腰に下げていたナイフを手に取ると、真っ直ぐアルムへと向かってきた。それを見たアルムも、すぐさま刀を抜く。
「私は、こんな所で負ける訳にはいかない!」
盗賊がナイフを振る。ところがその動きは訓練されたようなものではなく素人に毛が生えたようなレベルであり、アルムにしてみれば防御するのはそこまで難しくはなかった。
一方で実力はアルムに劣りながらも盗賊は強い決意を見せ、叫びながら攻撃を続ける。
「お前達に、【幸福の蜜】は絶対に運ばせない!」
「幸福の蜜?何の話だ!?」
盗賊は強い口調で言い放ったが、突然言われたアルムにとっては何の事だか全くわからない。だがアルムの言葉など信用に値しないのか、盗賊は攻撃の手を緩める事なく叫び続けた。
「とぼけるな!!お前たちがあの飛行船を使って、幸福の蜜をアトランド中にバラ撒いてるって事はとっくに調べがついているんだ!」
「何だと…!?」
完全に誤解されているようだが、この様子ではとても話などできそうにもない。アルムは激しさを増す盗賊の攻撃を刀一本で捌きながら、命を奪わずに取り押さえる方法は無いかと模索する。
だがここで、不意にチャンスが巡ってくることとなった。
「あ、あれ…脚が…!?」
突然、盗賊の頭が膝をついた。突然の事に驚いたアルムが目を凝らしてよく見ると、相手の右脚の脛の部分に見覚えのある投擲ナイフが刺さっている。状況を察したアルムが背後に目をやると、期待通りと言うべきかナイフを構えたイオンが立っていた。
「ナイスフォロー、イオン!」
「遅くなり申し訳ございません、マスター。」
イオンが一礼する。アルムは毒によって身体の自由が利かなくなった盗賊の頭の腕を掴んで地面に組み伏せ、そのまま喉元に刀を突きつけた。
「勝負あったな。」
「くそっ…!」
盗賊の頭は恨めしそうな目でアルムを見上げ、悔しそうな声で呟いた。




