27話【王都への移動手段】
3人が辿り着いた街は、レムリアルにあったタンザナと似たような雰囲気の街であった。ただ、アトランドの国色故か魔法由来の道具や街灯があちこちに見られる。
「ミラ、この街は何なんだ?」
「【フラキス】っていう街よ。タンザナと同じで国境に近いから、行商人や旅人がよく立ち寄る場所なの。」
ミラの言う通り、馬車や牛車を引いた商人らしき人物があちこちにいる。その他にも大きなリュックを背負った者や、武装した傭兵なども見られた。
「で、この街では一体何をするつもりなんだ?」
「この街に、旅人にとって便利な場所があるのよ。とりあえず、ついてきて。」
ミラに促され、一行は街の中心部へと歩を進めた。
少し街を歩いたが、アルムの指名手配書はどこにも見られない。すれ違う人々も、誰一人としてアルムに疑いを持っているような様子は無かった。
「この街にはまだ俺の情報は出回ってないのかな。」
自分の手配書が全く出回っていないことにアルムは安堵するが、ミラからは予想外の答えが返ってくる。
「安心しなさい。この街どころか、おそらくアトランド国内ではあんたは指名手配になってないわ。」
「どういうことだ?」
思わずアルムは尋ねた。それに対してミラはさも当たり前のように述べる。
「アトランドにとって、あんたは脅威でも何でもないからよ。凶悪犯罪者やテロリストならともかく、ただの錬金術師であるあんたを追いかけ回す理由がないわ。」
「けど、賞金が出るんだぞ?それをみすみす逃すなんてあり得るのか?」
確かにあれだけ高額な懸賞金がかけられているのであれば、誰かしら金に目が眩んでアルムのことを狙いそうなものではある。しかしこれに関してもミラによってあっさり論破されることとなる。
「簡単よ。あんたに懸賞金をかけた伯爵が素直に謝礼を払ってくれるなんて、例え事実であってもアトランドの人間は誰も信じないわ。」
「そうなのか?」
ミラから語られた意外な事実に、アルムは少し驚いた様子を見せる。そんなアルムを横目に、ミラは淡々と説明を続ける。
「アトランド人はね、国外の人間をあまり信用してないのよ。あたしみたいに若い人間はそうでもないけど、少なくとも戦争を経験している人は間違いなく外国人を信用してないわね。」
過去、アトランドとレムリアルの間では幾度となく戦争が行われていた。9年前の戦争を最後に停戦条約が結ばれたので現在は表面上は平穏だが、それでも両国ともいつ再び起こるかわからない戦争に備え、国境付近の警備を厳重にしているのは事実だった。
「外国人が嫌われるってんだったら、俺とイオンもここでは大人しくしておいた方がいいかな?」
アルムが尋ねる。アトランド人からすれば一応アルムとイオンは外国人という事になるので、気を付けておいた方がいいのかもしれないと思ったのだ。
「まぁ、大人しくしておくに越したことはないけど、あまり気にしなくてもいいんじゃない?国外ならともかく、ここはアトランド国内だからみんなそこまで警戒はしてないわよ。」
「そうか、わかった。」
アルムはミラの答えに納得した様子を見せる。そうこうしている内に、3人は街の中でも一際高級そうな建物が並ぶエリアへと辿り着いた。
「マスター、建物が浮いています。」
「本当だ、あれも魔法かな。」
イオンの視線の先には、宙に浮いている巨大な建物があった。それに関してもミラからの説明が入る。
「“フロートストーン”っていう石を使ってるのよ。石の大きさにもよるけど、魔法の力を注入することで重さに関係なく物を宙に浮かせることができるの。」
「へえ、便利なもんだな。」
「もっとも、空を飛べる程高性能ってわけじゃないけどね。」
職業柄アルムは科学的な事には詳しいが、魔法となると知らないことばかりだ。改めて、ミラがいなければこの国でどうなっていたかわからないということを実感した。
少し歩いたところで、ミラが立ち止まった。
「着いたわ、ここよ。」
建物の正面には、【フラキス飛行船ターミナル】と書かれた大きな看板が掲げられていた。それを見たアルムは驚いた様子でミラに尋ねる。
「飛行船だって?飛行船に乗れるのか?」
「何がおかしいの?当たり前じゃない。」
驚きを隠せないアルムに、ミラは怪訝そうな顔で答える。2人の会話が上手く噛み合わない理由は、それぞれ生まれ育った国の特色にあった。
「飛行船って言えば、高級な乗り物だろうが。」
「高級?なんで?」
「飛行船は船体を浮かせる為の空気を熱するのに莫大な燃料費がかかるから、普通は軍隊とか貴族しか利用できないもんだろうが。」
アルムの言う通り、飛行船を浮かせる為には空気を加熱させる必要があり、大きな船になるほどそれに応じて必要な熱が大きくなる。そんな大規模な熱を生み出すためには燃料の量もそれなり多く必要になり、飛行船を一回飛ばすだけでもバカにならない費用がかかってしまうのだ。
そのため、一回の乗船料も馬車や船に比べるとシャレにならないぐらい高い。以前ラッセルハイム伯爵から若い頃に乗った事があるという話を聞いたことがあったが、その時の乗船料は約10万ゴルトであったという。貴族ならともかく、とても一般人には軽々しく手が出せるような金額ではない。
だが、そんなアルムの質問をあっさり覆すかのようにミラから残酷な現実が告げられる。
「熱なんてそんなもの、優秀な魔法使いが2、3人交代制で燃やし続ければ済む話でしょうが。」
「誰もかれもがお前みたいにとんでもねー魔法の力を持ってると思うな。そもそもレムリアル人は魔法自体ロクに使えるヤツがいねえ。」
確かに、優秀な魔法使いであれば巨大なガスバーナーに匹敵する、あるいはそれを超える炎を起こすなど造作もないだろう。つい数時間前にもミラが巨大な炎の壁を作り出すのを目の当たりにしていたので、大いに納得はできる。
「もしかしてレムリアルの人達はわざわざせっせと薪を焚べたりして飛行船を飛ばしてるの!?まぁ可哀想!」
「お前、バカにしてるだろ。」
わざとらしく大袈裟なリアクションを取るミラに、イラついた様子でアルムが指摘する。そんなくだらないコントを繰り広げる2人に、後ろにいたイオンが声をかける。
「マスター、ミラ様。私、飛行船に乗ってみたいです。」
イオンは純粋な好奇心から素直に言っただけなのだろうが、内心アルムもそれは同じであった。
「確かに、俺も乗った事はないから興味はあるな。」
「ならさっさと行きましょ?飛行船なら王都までひとっ飛びよ!」
ミラに先導され、アルムとイオンは飛行船の発着場へと入っていった。
しかし数分後、事態は思いもよらない方向へと向かうこととなる。
「飛行船が飛ばせないってどういうことよ!?」
憤慨したミラが、怒鳴るように受付の男性に向かって問う。
「ですから先程もご説明差し上げましたように、本来であれば今日の午前中にはこちらに到着している筈の飛行船が、未だに到着していない状態なのです。」
「だから!その理由を聞いてんでしょうが!」
マニュアル通りの対応しかできない受付に、ミラが怒声を飛ばす。このままではラチがあかないので、アルムは一旦なだめるようにミラを受付から引き剥がす。
「落ち着けって。ここで騒いだって飛行船が戻ってくるわけじゃないだろうが。」
悔しそうに歯ぎしりをするミラをイオンに預け、今度はアルムが受付の男性と話をする。
「なぁ、ここは飛行船のターミナルなんだろ?予備の飛行船なんかがあってもいいとは思うんだが。」
だが、アルムの質問に受付の男性は困ったような表情を見せる。
「その件に関しては、私の方からは…」
「それは私からご説明致しましょう。」
受付の奥から急に声がした。言葉を遮りながらこちらへやって来たのは、髭を生やした紳士風の初老の男性だった。
「あんたは?」
「この飛行船ターミナルを運営している会社の代表でございます。」
「つまり社長さんってワケか。」
社長自らが出向くとは、どうやらこの問題は割と深刻な事態にまで発展しているらしい。とにかくアルムは、先程の疑問をぶつけてみることにした。
「で、結局のところどうなんだ?予備の飛行船はあるのか?」
アルムの質問に、社長は少し困ったような表情をしながら答える。
「お客様の仰る通り、確かに予備の飛行船はございます。ですが少し問題がありまして、今は動かすことができないのです。」
「問題って、どんな?」
アルムは身を乗り出すように尋ねる。
「まず最初からご説明差し上げますと、今現在運行している飛行船は二番機なのです。」
「二番機?って事は一番機があるってことか。」
アルムの質問に社長は頷き、そのまま説明を続ける。
「はい。5年前に最新式の二番機が完成して以来、それまで使用していた一番機は万一の時の為の予備として保管される事になったのです。」
「おたくの経営方針に口出しするつもりはないが、普通に考えても今がその“万一の時”じゃないのか?」
確かに、メインの飛行船が行方不明となれば、予備の飛行船を動かすのは至極当然の事と言えるだろう。そんなアルムの意見に、社長は申し訳なさそうな態度で答えた。
「大変お恥ずかしい話なのですが、実は先日、その飛行船を動かす為の“鍵”を奪われてしまったのです。」
鍵が無いとなると確かに飛行船を動かす事など不可能だ。それを聞いていたミラが怒りを露わにする。
「ふざけんじゃないわよ!どこのどいつよ!?今すぐぶっ飛ばしてやるわ!」
「社長さんよ、鍵を奪った相手に心当たりはないのか?」
憤慨するミラをよそに、アルムは冷静に尋ねた。それを聞かれた社長は、少し怒りの入り混じったような声になった。
「おそらく、この辺りで悪事を働いている盗賊団、【ラータ】の仕業に違いありません!奴らの被害者はウチだけでなく、この街に数多くいると聞いたことがあります!」
「オッケー、決まり!そいつらを退治して鍵を取り戻すわよ!」
即座にミラが返答する。勝手に決めるなと言いたいところではあるが、鍵を取り戻さないと飛行船が動かないのであれば致し方ないだろう。これに関してはアルムも意義は無かった。
「どうか、よろしくお願い致します。」
社長の言葉を受け、3人はターミナルを後にした。




