25話【イオンの初陣】
ペグマを出たアルム一行は、国境を目指して出発する。しかしアルムの指名手配の件もあるので、なるべく人通りの少ない山道を歩くことにした。
だがこれまでの道中と同様、人通りが少ないという事はその分、人以外のものが生息しているということでもある。突然、3人の目の前に4つの影が現れた。
「魔物!?【ゴブリン】か!」
こちらを威嚇している4体の小鬼を前に、アルムは素早く刀を抜いた。だが彼の言葉を聞いたミラは若干引くように口を開く。
「魔物ってあんた…モンスターって言ってくれない?」
「言ってることは同じだろ。」
アルム自身、魔物の事をモンスターと呼ぶ人がいるのは知っていたが、師匠が昔から魔物と呼んでいたので彼も自然とそう呼んでいた。しかし呆れ顔のミラの口からは、目から鱗とも言えるような真実が知らされることとなる。
「モンスターの事を魔物って呼ぶのは、お爺さんお婆さんか田舎者のどっちかなんだけど。」
「げっ、そうなのか!?」
これまで知らなかった事実に、アルムは驚きを隠せなかった。何しろこれまであまりオニークスから出ることが無かったし、都会へ言った数少ない機会の中でも魔物…もといモンスターの話などする事が無かったからだ。
これからは田舎者扱いされないよう、魔物の事はちゃんとモンスターと呼ぼうと心に誓ったアルムに、確認するようにミラが話しかける。
「一応聞いとくけどアルム、あんた剣の腕には自信があるのね?」
「自分で言うのも何だが、そこいらの兵士よりはよっぽど上手く使えると思う。」
「ならいいわ。問題は…イオンね。」
ミラは横目でチラッとイオンを見る。彼女は相変わらずの無表情だが、鼻を鳴らしてやる気を見せている。それを見たミラは少し不安そうな様子でアルムに尋ねた。
「本当に大丈夫なのね?」
「問題ない。お前もさっきのアレを見ただろ?」
不安を残すミラをよそに、アルムは自身有り気に答える。
遡ること数十分前、出発の直前にふとミラがアルムへ尋ねた。
「ねえアルム、イオンにも剣とか槍みたいな護身用の武器を持たせなくていいの?」
確かに、これからの長旅の中では何度もモンスターと対峙する可能性がある。アルムとミラの2人はある程度戦い慣れてはいるが、毎度毎度イオンの事を確実に守りきれるとも言い切れない。そう思ったミラは、イオンにも何か武器を持たせた方がいいと考えたのだ。
だが、その意見はアルムとイオンの2人によってあっさりと却下されることとなった。
「イオンに剣や槍を振り回す程の筋力は無い。設計した俺が言うんだから間違いない。」
「申し訳ありません、ミラ様。私にとっては箒よりも重い物を振り回す事は困難に値します。」
「胸張って言うな!!」
思わずミラは大声を出してしまった。しかし、アルムは何も考えていなかったというわけでもなく、1つの提案をする。
「それに関してだが、俺に考えがある。」
アルムは2人を連れ、町の外れにある林へとやって来た。その中で手頃な木を見つけると、10メートル程離れた位置にイオンを立たせる。
「イオン、あの木にナイフを投げて命中させてくれ。」
そう言いながら、どこかで購入してきたのか投擲ナイフを取り出してイオンに渡す。
「かしこまりました、マスター。」
ナイフを受け取ったイオンは、それを低く構えると静かに投げた。するとナイフは音も無く飛んで行き、アルムが指差した木のど真ん中に命中した。あまりにも正確に命中したのでミラは驚いたが、当のアルムは予想通りといった顔をしている。
その結果に満足したアルムは別の標的を定め、再びイオンに指示をする。
「今度はあの木の根元に生えているキノコに命中させてくれ。」
「かしこまりました。」
次にアルムが指差したのは、たった今ナイフを命中させた木の根元に生えている10センチ程の大きさのキノコであった。いくらなんでも小さすぎるとミラは思ったが、命令した側のアルムも、された側のイオンも澄まし顔だ。もっとも、イオンの場合はいつも通りの無表情と言った方が正しいが。
イオンは先程と同じようにナイフを構えると、アルムに指示されたキノコ目掛けて投げつけた。真っ直ぐに飛んで行ったナイフは、ど真ん中とまではいかなかったもののキノコの傘の端の部分に命中した。それを見たミラは絶句するが、アルムは嬉しそうな顔をしている。
「やっぱりな。」
満足そうに呟くアルムをよそに、目の前の出来事が信じられないといった様子のミラは、イオンに尋ねた。
「イオン、あんたダーツか何かの経験があるの?」
普通に考えればあんな芸当、素人にできる筈などない。だが、聞かれたイオンは首を横に振りながら答えた。
「いいえ、ありません。ナイフも今日初めて投げました。」
「なら、何でこんなに正確に投げられるっていうのよ!?」
ミラの疑問は至極当然であるのだが、イオンは質問の意味がわからないといった様子で首を傾げながら答える。
「マスターが“命中させろ”と仰ったので、言われた通りに命中させました。何か問題がありましたでしょうか?」
その回答にミラは言葉を失ってしまったが、それまで黙っていたアルムが代わりに口を開いた。
「いや、上出来だ。よくやった、イオン。」
「ありがとうございます、マスター。」
主に褒められたことで、イオンは少し誇らしげに一礼した。そのままアルムは未だに絶句しているのミラに説明するように言う。
「これで確信した。イオンは俺が“やれ”と言った事は可能な限り実行する。この投擲ナイフは充分に使えるな。」
「いや、もう…好きにして。ホムンクルスっていうのはあたしの理解を超えてるわ…。」
ミラは頭を押さえながら答えた。
場面は戻ってゴブリンと対峙する3人。アルムは早速イオンの投擲ナイフを試そうと、彼女に指示を出す。
「イオン、出番だ!」
「はい、マスター。」
イオンはナイフを構え、右端に立っているゴブリン目掛けて投げつける。ナイフはゴブリンの右脚に突き刺さったが、対してダメージは無いようだ。
「グ…!?」
だが、ダメージがほとんど無かった筈のゴブリンが急に膝から崩れ落ちた。その隙を見逃さなかったアルムが間合いを詰め、真っ正面から切り裂く。
「グギャァァァ!」
「よし、残り3た」
「フレイムウォール!!」
ゴブリンを1体仕留めたアルムが、残り3体、と叫ぼうとするのとほぼ同時にミラが魔法を発動し、3体の小鬼は巨大な炎の壁に包まれる。小鬼は最期に断末魔を上げたようだが、そのほとんどは炎にかき消されてしまい、炎の壁が消えた後には黒焦げの死骸が3つ転がっていた。
「ふぅ、戦闘終了ね!」
スッキリした顔をしているミラに対し、アルムは不服そうな様子で尋ねる。
「なぁ、もう戦うのお前1人でよくないか?」
「そんなことないわよ。モンスターの中には魔法に耐性を持ってるのもいるから、あんたみたいな剣士が1人いるのといないのだと大違いよ?」
「そりゃそうかもしれないけどさ。」
ミラから的を射た答えを返されてしまい、結局アルムは何も言えなくなってしまう。
「それにしても、ナイフに毒を塗るっていうのはいい考えだったわね。これならイオンも戦闘で充分に活躍できそうじゃない。」
感心したようにミラが言う。先程の戦闘でゴブリンが膝から崩れ落ちたのは、ナイフに塗った毒の効果であった。
「けどアルム、あんたも流石ね。ロクに道具が揃ってないような状態でもあっさり毒薬を生成しちゃうんだから。」
「毒草と毒キノコから成分を抽出するだけだからな。火と水さえあれば、後はその辺の物を組み合わせるだけで割と何とかなる。」
「あぁ、そう…。」
アルムは当たり前のように言うが、ミラにはサッパリわからない。まぁこの辺りは得意分野の違いなので仕方ないだろう。
一方、イオンはただ1人黙って立っていただけだったが、何を思ったのかアルムとミラに聞こえないような小さな声で呟いた。
「私、マスターのお役に立てました…。」
イオンの胸の内には口では言い表せないようなくすぶったい感情が湧いていた。
「イオン、行くぞ。」
「はい、マスター!」
主に呼ばれ、イオンは普段よりも大きな声で返事をする。幸か不幸か、アルムはその違いに気付かなかったようであるが。
3人は国境を目指し、旅を再開する。




