24話【旅立ちの朝】
朝になり、3人は昨日も利用した宿の隣の食堂で朝食を済ませた。その際に当面の目標はアトランド王都を目指すことになったことをイオンに伝えると「わかりました。」の一言で済んでしまった。やはりと言うべきか、彼女は主であるアルムの命令には絶対のようだ。
そして現在、ミラは昨晩言った通りもう一度降霊術を試みていた。しかし、昨日はそれなりに長い時間粘ったのに対して今日は2、3分程で止めてしまった。もっとも、その理由はアルムにとってもある程度は想像がついたが。
「どうだった?」
「ダメね、昨日とおんなじ。まったく反応がないわ。」
「そうか…。」
昨日の結果からして大方の予想はできていたが、それでも2人共ガッカリしたのは事実だった。だが、落ち込んでいる場合ではない。気を取り直して、アトランドへ向かう旅路の準備を始めることにした。
レムリアルとアトランドとの国境自体はここからそれなりに近いため、単純にアトランドへ行くというだけであればそこまで苦労することはない。だが、そこからさらに国の中心部にある王都を目指すとなるととても2、3日で行けるような距離ではないので、それなりの準備が必要になってくるのは明白であった。
「とりあえず何から準備する?」
旅の準備といえば食料、装備品、薬、その他消耗品などが主だろう。そう思ったアルムはミラに確認するが、自分の思っていたことが彼女の考えている準備とは大分違っていたことがすぐにわかった。
「まずはイオンの服を何とかしなくっちゃね。」
「服?」
今のイオンの服装は、男物の上下にフードの付いた雨除けのマントを羽織っている状態だった。要するに、アルムがイオンを造ったあの晩に着せたものそのままということである。当然だがアルムの着替えをそのまま着せただけなのでサイズはやや大きめで合っておらず、下着まで男物である。しかし、昔からファッションに無頓着なアルムにはイマイチその必要性が理解できなかった。
「このままじゃあ駄目なのか?」
「ダメに決まってるでしょ!?女の子なんだから、まず見た目からキチンとしなきゃいけないの!」
ミラの怒声に押され、アルムは頭をかく。それとミラの考えはともかく、本人がどう思っているかも知りたいので今度はイオンに質問してみた。
「イオンは?そのままじゃ駄目か?」
「見た目はあまり気になりませんが、服のサイズが合っていないので少し動きにくいという実感はあります。」
「じゃあやっぱ変えないと駄目か。」
本人がそう言うのであれば仕方ないだろう。アルムにとっては見た目など至極どうでもよい問題であったが、動きにくいとなるとさすがに行動に支障が出るのは否めなかった。兎にも角にも、まずはイオンの着替えを用意しなければならない。
「よし、それなら適当に俺が買っ」
「あんたはダメよ!!」
俺が買ってくる、と言いかけたがミラの怒声によって遮られた。アルムが理由を尋ねる暇も与えず更に言葉を続ける。
「あんたみたいなファッションに無頓着な人間を買いに行かせたら、それこそどんな服買って来るかわかんないでしょうが!!」
「でも、服ぐらい店員に…」
「いいから!ここはあたしに任せなさい!!」
ミラの気迫に押され、アルムは渋々了解する。もっともただ待っているだけというのも暇であり効率も悪いので、ミラがイオンの服を選んでいる間にアルムが薬や食料を買い出しに行く、という役割分担となった。
商店で保存の効く食料や薬品類を購入したアルムは、ミラ達との待ち合わせ場所である街の広場のベンチに座って待っていた。女の買い物は長いとよく言うが、体験するのは初めてであったアルムは30分程待っただけでもうダレ気味だ。
あまりにも待ちくたびれたのでいっそ本屋でも覗いてこようかと思ったその時、遠くからミラの声が聞こえた。
「アルム、お待たせー!!」
「遅せえよ。」
手を振るミラの後ろには、イオンらしき人物がいる。ただ、髪型も服装も数時間前とは全く異なっている。
「じゃーん!どう?」
見せつけるように、ミラはイオンの肩を掴んで前に突き出した。
イオンが着ていたのは、スカート丈の短い黒いゴシック調のドレスだった。頭にはヘッドドレスをあしらい、長めの銀髪は左右で結って邪魔にならないようまとめてある。それのどこが旅人の恰好なんだよ、と言いたくなるところであるが、間違いなく見た目を重視しているであろうミラのセンスであることは容易に理解できる。
「どう、アルム?可愛いでしょ。」
「あぁ、すげえ良いと思う。」
ミラに感想を聞かれ、アルムは思ったままの事を言う。
アルムは口には出さなかったが、実のところ可愛い以上に新鮮という認識が強かった。というのも、生前のシルヴィアの服装といえばパーティーなどで着るドレスと、寝間着姿くらいしか見たことがなかった。なので、こうした脚をかなり露出した服装は彼にとってはひどく艶めかしい…もとい斬新な服装であったのだ。
「太ももばっか見てんじゃないわよ、このスケベ!」
「あ、いや、俺は…。」
脚ばかり見ていた事をミラに指摘され、アルムは思わずうろたえた。なんとか話を逸らそうと、イオン自身に服装の感想を聞く。
「イオン、自分で着てみてどうだ?」
「非常に動きやすいです。あと、マスターがとても嬉しそうな顔をされているので結果的にこれで良かったと思います。」
「頼むから誤解を招くような言い方はやめてくれ。」
悪気は無いのだろうが、ストレートな意見を述べるイオンに対し、アルムは少し困ったような顔をする。
イオンの着替えも済んだのでこれで出発かと思いきや、ミラから意外な提案があった。
「さ、次はあんたよ。」
「俺もか?必要ないだろ。」
突然の申し出にアルムは驚く。動きにくいと言っていたイオンはともかく、普段から着慣れた服の自分は着替える必要などこれっぽっちも無いと思っていたからだ。しかし、ミラの方からは割と的を射た意見が返ってくる。
「あんたの指名手配書には黒いローブって書いてあったから、それは変えておいた方がいいと思うの。」
「なるほど、それは一理あるな。」
確かに手配書に服装が書かれているのであれば、この先疑われる危険性を少しでも減らす為に着替えておくというのは理にかなっている。しかし、ミラの本音は別の部分にあった。
「何より…。」
「何より?」
「ダッサい!!あたしこんなファッションセンスの欠片もないようなダサい男と一緒に歩くの絶対にイヤ!」
古ぼけた真っ黒いローブの男と歩くなど、ミラにとってはもっての外であった。これに関してはアルムにも色々反論したいところがあったが、どのみち手配書の件からすれば嫌でも着替えざるを得ない。
それにアルムには、自分がファッションに無頓着であるという自覚も少なからずあった。そのため、渋々ながらミラのコーディネートに任せて服装を変えることにしたのだった。
数十分後、アルム達は街の洋服屋にいた。どうやら先程までミラ達がいた洋服屋とは別の店らしく、店内には男物の服ばかりが並んでいる。その店内にある試着室の中で、アルムはミラが選んだ服に着替えている真っ最中であった。
「終わった?」
「待ってろ、今出る。」
ミラに声をかけられ、アルムが試着室の扉を開ける。
「あら、いいじゃない。やっぱりあたしってセンスいいわね。」
「そりゃどうも。」
ミラが選んだ服はタイトな黒の上下に、紫色のコートというものであった。アルムとしては別にどうでも良かったのだが、変に派手な服を着させられるよりはよっぽど良かった。
ただ、悪い気はしないので自分の格好を再確認した後、イオンに感想を聞いてみる。
「どうだ、イオン?」
「はい、前よりもずっと清潔に見えます。」
「前は不潔だと思われてたのか、俺…。」
相変わらずストレートなイオンの意見にアルムは少し傷付くが、結果的に服装は改善されたということには違いないので、とりあえずは良しとしておくことにする。だが、イオンはまだ何か言い足りないのか、そのまま言葉を続ける。
「それと…」
「それと?」
「理由はわかりませんが、何だかとても嬉しいです。」
「…そうか。」
イオンはまだ感情が生まれたばかりの赤子同前であるため、思ったことを素直にいったつもりだったのだろう。それでも彼女が見せた僅かばかりの“成長”に、アルムは少し複雑な思いを抱いた。
「さ、準備もできたし、そろそろ出発するわよ!」
「元気だな、お前。」
元気よく声を張り上げるミラに対し、アルムはどこか冷めた様子だ。もっとも彼にとってこの旅は祖国から隣国への亡命に他ならないので、素直に前向きになれない部分はあるだろう。
「当たり前でしょ?暗い気持ちで旅なんかしてたらそれこそ身が持たないわよ。」
正論と言えば正論なのだが、どうにもアルムには素直に受け入れられない。しかし、イオンまでもがミラに賛同する。
「ミラ様の言う通りです、マスター。テンション上げてください。」
「イオン。さりげなく無茶振りするな、お前。」
呆れた素ぶりを見せながらも少し気が楽になったアルムはイオンと共に、意気揚々と歩き出したミラについて行った。
彼らの長い旅路が今、始まった。




