23話【失敗の原因】
降霊術が失敗し、呆然と立ち尽くしているミラにアルムが問いかける。
「いないって、どういうことだよ?」
先程の言葉の意味を率直に聞いてみただけだったのだが、それはただミラの神経を逆撫でしただけであった。苛立ちを隠すこともなく、声を荒げたまま乱暴に言葉を返す。
「あたしにもわからないわよ!!今までこんなこと一度もなかったもの!」
「わかったから、とにかく落ち着けって。」
大声を出してわめくミラをなだめる。騒いだって何も解決はしないし、何より宿屋なので他に泊まっている客に対して迷惑だ。ミラもそれを理解したのか、一度呼吸を整えて落ち着きを取り戻した。
「…そうね、取り乱して悪かったわ。」
「それで、いないって結局どういうことなんだよ?」
先程と同じような質問をしてみたが、ミラは幾分落ち着きを取り戻したようで冷静に説明を始める。
「ネクロマンサーが死者の魂を呼び戻すときは、大抵の場合まず死者に呼びかけるの。普通は素直に答えてくれるか、拒否反応が返ってくるかのどちらかなんだけど…」
「どちらの反応もないってことか。」
「そうよ。」
アルムは状況は大体理解することができたが、ある可能性が頭をよぎった。
「…言っちゃ悪いんだけどさ、おたくさんがミスったって可能性は?」
それを聞いた途端にミラは全身に黒いオーラを纏わせながら手のひらから炎を出す。
「あんた、消し炭になりたいのね?」
「悪かった、とりあえず俺が悪かった。」
ミラの目が割と本気だったので、とにかくアルムは謝罪した。ただミラ自身は幾分か冷静さを取り戻しているようで、手の炎を消すと説明を続ける。
「あたしは正式にネクロマンサーになってから、ただの1度だって失敗したことがないのよ?今更失敗なんてありえないわ。」
確証もないのによくそんなことが言えるな、とアルムは思ったが、それを口にすれば次こそ本当に消し炭にされかねない。それでもどうして失敗してしまったのかはわからないままなので、率直な疑問をぶつける。
「じゃあ、原因は何なんだ?」
「今のところ、考えられる可能性は2つね。」
そう言いながらミラは右手を突き出し指を2本立てる。どう見てもVサインにしか見えなかったが、この際それを突っ込むのは野暮というものであろう。第一、状況が状況だ。
「1つ目は、対象の人物がまだ生きている。」
確かにその通りではある。死霊術とはあくまでも死者の魂を呼び出すものであるので、当たり前だがその人物が生きていた場合は成功する筈がない。だがこの可能性に関してアルムは間違いなく否定できた。
「それはありえないな。俺は彼女の葬儀にも出たし、墓を掘り返した時に遺体も確認した。」
「そう、じゃあおそらく違うわね。」
あっさり納得したミラは、次の可能性を挙げる。
「2つ目は、今まさに別のネクロマンサーが彼女の魂を呼び出している。」
「別のネクロマンサーが呼び出してる最中だから、こっちには来ないってことか?」
ミラよりも先に別のネクロマンサーがシルヴィアの魂を呼び出してしまったために、こちらには来れないということだ。だが、今度はその可能性をミラ自身が否定する。
「でも、この可能性も低いわね。」
「どうしてだ?」
アルムにとっては1つ目の可能性は自分の目で確認したため確信を持って否定できるが、2つ目はネクロマンサー同士のことなので専門外の自分にはその理由がわからなかった。ミラもそれはわかっているようで、そのまま説明を続ける。
「2人のネクロマンサーが同時に1人の魂を呼び出した場合、その魂はより強力な術者の方へと呼び寄せられるの。」
要するに、先に別のネクロマンサーがシルヴィアの魂を呼び出していたとしても、更に強力な術者が後から呼び出せば魂はそちらに引き寄せられる…つまり呼び出した順番に関係なく、より強力な術者の方に魂は呼び寄せられるということらしい。この時点でアルムは何となくミラの言いたいことが理解できたが、一応念の為に聞いてみる。
「…つまり?」
「天才のあたしより強力なネクロマンサーがいるワケないでしょ。」
想像通りの答えだった。確かに彼女が強力な術者であることは先程の傭兵たちとのやり取りでよくわかったし、天才と呼ばれているのも納得できる。とはいえ現実には、特に魔法の王国であるアトランド中を探せばミラよりも強力な術を使えるネクロマンサーがいたとしても何ら不思議ではない。その可能性を考慮しつつも、できるだけミラを怒らせないような言い回しを考えながらアルムは質問する。
「なあ、気を悪くしないで欲しいんだが、アトランドにはお前よりももっと強力な術者はいる筈だろ?神官とか、導師とかさ。」
おそるおそる聞いてみたがミラはそれに対して怒るどころか、彼女からは驚くほど冷静な答えが返ってくることとなる。
「なら逆に聞くけど、アトランドの神官や導師が見たことも会ったこともないあんたの恋人を蘇らせる理由は何なのよ?」
「…それもそうだな。」
逆にミラに質問され、アルムは納得した。言われてみれば確かにその通りだ。たとえミラより強力な術者がいたとしても、その人物がシルヴィアの魂を呼び出す理由が見当たらない。考え込むアルムに対して、ミラが口を開く。
「一応、後でもう一回やってみるわ。多分結果は同じだと思うけど。」
「あぁ、ありがとう。」
「でも、やっぱり気になるわね…何でかしら。本当に、今までこんなこと一度だってなかったのに。」
ミラは腕を組んで考えこんでしまう。アルムも何か言ってやりたいが、何分死霊術や降霊術に関しては本で読んだ知識程度しか知らないので、本職であるミラに対しては有効なアドバイスなどできる筈もない。ただ黙っているしかなかった。
数分考え込んでいたミラが、急に質問を投げかけてきた。
「ねえ、あんた達これからどうするの?」
「どうするって…俺はレムリアルで指名手配されてるみたいだから、この国にいつまでも留まるのは危険だろう。とりあえずは国境を越えてアトランドへ行くよ。」
ベッドで寝息を立てているイオンを見ながら、アルムは答えた。唐突な質問ではあったが、答えるのは難しくなかった。だが、その答えを聞いたミラは思いがけない提案をする。
「それなら、あたしと一緒に来なさい。」
「は?何で?」
あまりにも突拍子のない提案であったため、アルムは呆気にとられてしまう。何せ、先程“二度と目の前に現れるな”と言ってきた人間が今度は“一緒に来い”と提案してきたのだ。誰だって驚くだろう。当たり前だが話の全く見えていないアルムに対してミラは説明を続ける。
「あたしと一緒にアトランドの王都へ行くわよ。」
「何のために?」
「アトランドの女王陛下にお会いするのよ。陛下はあらゆる魔法に精通したお方だから、あんたの恋人の魂がどうなっているのかもきっとわかる筈よ。」
言葉の通り、ミラが提案したのはアトランドの王都で女王に会って話を聞く、というものであった。確かに現状の問題解決にはうってつけではあるが、何故赤の他人である自分達に対してミラがここまでしようと思うのかがアルムにはわからなかった。
「どうしてあったばかりの俺達にそこまでしてくれるんだ?」
率直に聞いたつもりだったが、ミラは呆れたような顔で答える。
「だから勘違いしないでよ。あたしはね、ただ真実が知りたいだけなのよ。」
ああ、そういうこと、とアルムは納得した。この点に関しては錬金術師である自分にも通じる部分がある。自然現象や実験の中で、何故こうなるのか?どうしてできるのか?と思ったことなど数えきれないほどある。それを探求し、解明するのも錬金術師の仕事だ。
ミラが自分たちを王都に連れて行きたいという理由はわかったが、もう1つアルムには疑問に思っていることがあった。彼女に同行することで自分達にとってどのようなメリットがあるのか、ということだ。
「仮に一緒に行くとして、それは俺達にとってメリットはあるのか?」
「あたしはアトランドではかなり顔がきくのよ?知らない土地をあてもなく放浪するよりかは遥かに有意義だと思うけど。」
確かにミラの言う通りであった。アトランドを訪れたことのないアルムには土地勘など全くと言っていいほど無いし、生まれたばかりのイオンなど考えるまでもない。その点、アトランドでも有名なミラがいれば色々と融通が利くだろうし、宿泊地や交通手段にも詳しいだろう。少なくともミラが同行することにはメリットはあっても、デメリットは無さそうだ。それを理解したアルムは、迷わず決断する。
「わかった、同行させてもらおう。」
「決まりね。」
これ以上は迷う必要もないし、断る理由もない。イオンの意見は聞いていないが、あの様子だと自分の意見を拒否することはありえないだろう。そう考えたアルムはミラの誘いに乗ることにした。
「改めて自己紹介しておくわ、ミラ・イプスウィッチよ。」
「知ってると思うけど、アルムだ。アルム・ファウスト。」
「そうと決まったらまずは明日、朝一で準備にとりかかるわよ!」
ミラの提案で、明日はまず旅の準備をすることになった。既に夜も遅い上に日付も変わってしまったので、2人はもう寝ることにした。




