22話【シルヴィアがいない?】
「つまり、恋人そっくりのホムンクルスを作るまでは上手くいったけど、死んだ恋人の魂を宿すことはできなかったってことね?」
「そうなるな。」
ミラの質問に対し、羊の脚肉を頬張りながらアルムは答えた。その横ではイオンが大盛りのスパゲティを黙々と食べている。
現在、3人は『ペグマ』という山間の町にいる。そこまで大きな町ではないが、宿屋、道具屋、洋裁店、武器屋など旅人にとって必要不可欠な要素は一通り揃っていた。その上、山間という交通の便の悪い所にあるためか軍の出入りはほとんど無く、アルムの指名手配もまだ知られていないようだった。
すっかり日も暮れて辺りが暗くなっていたのもあり、町に着くなりすぐ宿屋に入ったのだが、アルムとイオンの2人が半日間何も食べていなかったために今は宿屋に隣接する食堂に来ている。食堂で適当な料理を食べながら、アルムはこれまでのいきさつをミラに話している最中であった。
「それにしてもイオン、だっけ?よく食べるわね…。」
イオンの食べっぷりにミラが少々呆れ気味に言う。だがそれはアルムも同じであった。
「ああ、俺も驚いてる。」
元々病弱なシルヴィアは、昔から小食であった。アルムも一緒に食事をしたことが何度もあったが、スパゲティ1人前などとても完食できないような食の細さだったのを覚えている。
しかし今横にいるイオンの食事量はシルヴィアとは全く異なり、健常者以上によく食べる。結果としては良好な健康状態のホムンクルスを作るという自分の術式は正しかったことになるが、同時にやはり目の前の彼女はシルヴィアではないと改めて感じてしまい、アルムは複雑な思いを抱いていた。
当のイオン本人は無表情のままスパゲティを平らげると、今度はテーブルに置かれたマフィンに手を伸ばす。しかもスパゲティの前には既にポトフとシーザーサラダを食べたばかりであった。それを見ていたミラはさすがに心配になり、声をかける。
「ちょっと、そんなに食べて大丈夫なの?」
その忠告を聞いたイオンは、口に入れていたマフィンを飲み込むと冷静に答える。
「マスターが、まだ先は長いだろうから今のうちに食えるだけ食っとけ、と申されましたので限界まで食べています。」
「あんた、何バカな命令してんのよ!」
「俺のせいかよ!?」
アルムは思わず大声を出した。確かにイオンにそう言ったのは自分だが、まさかここまで融通が利かないとは思ってもみなかったのだ。やはり前にも思ったことではあったが、生まれたばかりのホムンクルスは常識や知識こそあれど、感情や判断能力は赤子同前なのだと改めて実感することとなった。
最終的にはアルムがこれ以上食べるのを止めるようイオンに言い、この場は事なきを得た。
食事を終え、3人は宿の部屋に入る。よっぽど疲れていたのか、はたまた満腹になったからかイオンは部屋に入って早々に倒れるように眠ってしまった。アルムはイオンをベッドまで運ぶと、ミラに対して話を切り出した。
「改めて礼を言っておく。さっきは助かったよ。」
素直に感謝の意を述べるが、ミラの対応は冷たい。
「勘違いしないで。あたしは忠告を無視して禁術を使ったあんたに文句を言いに来ただけよ。」
本当はミラにとっては死者の蘇生が成功したかどうかを確認しにきたのが第一で、アルムに文句を言うのはそのついでのようなものだったのだが、今更どうでもよい問題なのでそれは言わないでおくことにした。それに結果としては死者の蘇生は失敗であったということもわかったため、ミラにとってはこれ以上アルム達と一緒にいる理由もない。
「悪いけど、助けたのはついでだから。明日の朝になったらあたしは早々にここを出るから、あとは自分たちで何とかしなさい。」
「ああ、わかってる。」
アルムがそう答えると、しばし2人の間に沈黙が流れる。このまま黙っていても気まずいのでミラはもう寝てしまおうかと考えたが、その前にアルムが口を開く。
「助けてもらっておいてこんなこと言うのもなんだけどさ、1つ頼みがあるんだ。」
やはり禁術の件で後ろめたいのか、アルムは申し訳なさそうな顔になりながら言った。それを聞いたミラは何となく嫌な予感がしたが、一応聞いてみないことにはわからない。顔は不機嫌そうなままであったが、とりあえず聞くだけ聞いておくことにした。
「何?頼みって。」
「お前の死霊術で、シルヴィア…俺の恋人を呼び出して欲しい。」
アルムの頼みとは、蘇生に失敗した筈の恋人に会わせて欲しいというものであった。そんなアルムに対し、何となく予想はしていたもののあまりにも率直かつ都合の良い申し出をされたミラの怒りが頂点に達した。
「あんたねえ!!ただでさえ禁術を犯して恋人を蘇らせようとしたってのに、それに失敗したから今度はあたしに呼び出せですって!?これ以上何をするっていうのよ!!」
「謝りたい。」
「…謝る?」
思いもよらないアルムの回答に、それまで怒り心頭であったミラは呆気にとられてしまった。てっきり蘇生に失敗してしまったからせめて一目会いたいとか、声が聞きたいといった理由だと思っていたからだ。とはいえ実際にはそれが本心で、謝りたいというのは建前なのかもしれない。念の為、ミラはもう少し聞いておくことにした。
「謝るって、何をよ?」
「墓を荒らしたことと、禁術使ったこと。」
理由としては妥当である。無論これも建前で言っている可能性はあるが、ミラにはそれが嘘ではないことがわかった。
これまでにもミラは公私問わずネクロマンサーとして何十、何百と死者の魂の呼び出しを依頼されてきた。そうして依頼を聞いているうちに、いつからか依頼人が本心からその人にもう1度会いたいと思っているのか、それとも何らかの思惑や下心があり上辺だけで建前を述べているのかが直感で大体わかるようになっていた。
今目の前にいる男からは、そういった思惑や下心は感じられない。亡き恋人に一言謝りたいというのは間違いなく本心からだろうとミラにはわかったのだ。大きなため息をつくと、睨みつけるような目でアルムを見ながら言い放つ。
「約束しなさい。これが成功したら、もう二度とあたしの目の前に現れないって。」
「ああ、わかった。約束する。」
アルムが素直に了承したので、ミラは降霊術の準備にとりかかる。とは言っても水晶の数珠を取り出して右手につけただけであり、それを不思議そうに見ていたアルムが尋ねる。
「魔法陣とかアロマはいらないのか?」
以前、港町タルコスで購入した死霊術の本には降霊術を行う際に必要な道具や成功率を上げる為の要素が書かれていた。しかし、それをミラはバッサリと切り捨てる。
「そんなもの使わなきゃダメなのは素人とか凡人の魔法使いだけよ。天才のあたしには必要ないわ。」
「あぁ、そうなの…。」
本人がそう言っているのだからこれ以上は何も言うまい。それに下手なことを言って機嫌を損ねたら、それこそせっかく承諾してくれた頼みを破棄されかねない。そう思ったアルムは黙って見守ることにした。
ミラは両手を前に突き出しながらアルムに問う。
「恋人のフルネームは?」
「シルヴィア・エル・ラッセルハイム。」
「シルヴィア・エル・ラッセルハイムね…了解。」
名前を聞いたミラは目を閉じ、意識を集中させてさっそく死者の魂へと呼びかける。状況の違いや個人差はあるが、ミラの術では大抵は数十秒から1分程で反応がある。並みのネクロマンサーだと10分近く念じ続けてようやく反応するということもあるので、この点から言ってもミラの才能はやはり並外れているというのは揺るぎない事実であった。
ところが術を発動して少しすると、ミラは何か違和感を感じた。いつもならば自分の呼びかけに対して死者が答えるか、そうでなくとも逆に拒絶するような反応が返ってくる筈なのだが、今回はそのどちらもない。まるで、その人物が最初から“いない”かのような感触だ。
こんなことは今までに一度もなかったので、次第にミラは焦り始めた。額には汗が浮かび、唇を噛みながら念じ続ける。そうして数分念じ続けていたが、ついには諦めて術を解いてしまった。
「おい、どうなった?」
どう見ても成功したような状態には見えなかったため、思わずアルムが尋ねた。だがその質問に対してのミラの答えは、とてもアルムに理解できるものではなかった。
「…いないのよ。」
「え?」
「いないのよ!あんたの恋人!!」
ミラは急に大声になった。しかしアルムには何の事を言っているのかが全くわからない。ただ1つ理解できたのは、この降霊術は失敗であった、ということだけであった。




