21話【天才の実力】
アルムとイオンの2人は街道から離れた山の中を歩いていた。人の多い所を通れば追っ手に見つかる可能性も高まる上に、もしかしたら既に指名手配されているかもしれない。そう考えた彼はなるべく人通りの少ない山道を通ることにしたのだ。
ただ人があまり通らないということはその分、魔物が多く潜んでいる危険があるということだ。実際、先程から既に3度も猛獣の群れと遭遇している。幸い大きな怪我などはしていないが、アルムが疲弊してきているのは間違いなかった。
それでもアルムは自分よりも側にいるイオンを気にかけている。ホムンクルスといえど身体構造は人間と全く同じなので、当然疲れもするし痛みも感じる。何より、頭ではシルヴィア本人ではないと割り切っていても、自然と彼女をシルヴィアに重ねてしまい気遣っているという自覚がアルム自身にあった。
「イオン、大丈夫か?」
「多少の空腹感はありますが、活動に支障はありません。」
「確かに、もう半日以上何も食べてないからな。」
結局朝から何も食べていない上に、今はもう日が沈んで辺りも暗くなっている。かといって人の多い街中へ行くわけにもいかないので、2人はどこか落ち着いて休めそうな場所を探していた。
2人がしばらく歩いていると、突然目の前に武装した十数人の男達が現れた。盗賊かと思ったアルムは咄嗟に刀に手を伸ばすが、今のところ男達は襲ってくる気配はない。その中でも先頭に立っているリーダー格のような大柄な男が、手に持った紙を見ながらアルムに問う。
「お前さん、錬金術師のアルム・ファウストで間違いないな?」
アルムが男達をよく見ると、鎧などの重装備をしたとても盗賊には見えない者もいる。おそらく彼らは盗賊ではなく、雇われ傭兵や賞金稼ぎの類なのだろう。アルムは刀の柄に手をかけながら傭兵の長の質問に答える。
「傭兵が俺に何か用か?」
傭兵の長は手に持っていた紙を突きつけた。アルムからは数メートル離れていたので内容まではよく読めなかったが、どうやら指名手配書のようだ。
「お前を生きたまま連れて来れば、オニークスの伯爵殿から500万ゴルトの謝礼が出るそうなんでね。」
それを聞いたアルムは確信した。間違いなくラッセルハイム伯爵が自分に懸賞金をかけて指名手配したのだろう。最終的にはこうなるだろうとは思っていたが、こんなにも早く手が回るとは正直予想外であった。
「おとなしく捕まってくれさえすれば危害は加えないが、どうする?」
傭兵の提案に対して、アルムは答えずに黙ったままであった。4、5人であれば自分1人でも何とかなるかもしれなかったが、相手はざっと見て20人近くはいる。しかもこちらは疲弊した状態で、かつイオンを守りながら戦わなければならない。
絶体絶命かと思われたその時、不意にアルムの背後から女性の声がした。
「お取り込み中のようだけど、ちょっといいかしら?」
現れたのは若い女だった。しかし、アルムはその姿に見覚えがあった。
「お前、確かオニークスで…!」
そう、現れたのは先日自分の工房に客としてやってきたネクロマンサーの女だった。なぜこんな所にいるのかアルムにはさっぱりわからなかったが、質問をする前にネクロマンサーの方が口を開く。
「久しぶり…ってほどでもないわね、錬金術師さん。あんたには言いたいことがたっぷりあるんだけど、今は少し黙っててくれる?」
そう言いながらネクロマンサー・ミラは傭兵達の方を向き、傭兵の長に対して媚びるような口調で言った。
「ゴメンなさい、おじさん。あたしその2人組に用があるの。悪いんだけど捕まえるのは諦めておとなしく帰ってくれない?」
傭兵の長は完全に不意をつかれたが、相手は女でしかもまだ20歳にもなっていないような子供だ。そんな小娘相手を恐れる要素など1つも見当たらない。
「随分と生意気な小娘だな。悪いが俺はガキ相手でも容赦はしねえぞ。」
脅しをかけるように剣を向けながら言う。それを見たミラは大きなため息をつくと、急に冷めたような表情になり傭兵に言い放った。
「じゃあ、力づくでも諦めてもらうしかないわね。」
それを聞いた傭兵は大笑いした。何しろ目の前にいる華奢な小娘が、戦いの心得のある傭兵を相手に力づくで諦めさせると言ってのけたのだ。
「威勢はいいようだが、たった3人でどうやって俺達20人に勝つ気だ?」
「口で説明するより、実際に見せた方が早そうね。」
ミラは右手をかざし、魔法の詠唱を始める。
「古の戦場に散りし戦士達の魂よ、今一度仮初の肉体を得て我に従え!!」
詠唱を終えたミラが右手を地面に叩き付けると、途端に地面の中から何かが這い出してきた。見ると剣や槍で武装したり鎧を着た人間のようだったが、いずれもボロボロで全身に生気が感じられなかった。しかも、その数は1体や2体どころではない。視界に入りきらない程の数が地面から這い出してきている。
驚愕したと同時にこれが何なのかを理解したアルムは、思わず口にする。
「これは、『ゾンビ』か!?」
「そう、ゾンビよ。数は300ってところね。」
ゾンビとは死者の魂を一時的にこの世に呼び戻し、肉体を与えて動けるようにしたものである。死霊術を操るネクロマンサーの戦闘の手段の1つとされており、優秀な者ほど1度に呼び出すことができる数が多く、またその持続時間も長い。魔法の国アトランドでも、1度に数体のゾンビや死霊を呼び出すことができるようになれば一人前のネクロマンサーであるとされている。
そのため同時に300体のゾンビを召喚など規格外もいいところであり、これこそがミラが天才と呼ばれる所以でもあった。
「さて、おじさん。」
ミラは傭兵の長に向かって冷たい目線を向ける。傭兵は驚きと恐怖のあまり言葉が出ないようだ。
「あなたさっき、たった3人でどうやって俺達20人に勝つ気だ、って言ってたわよね?」
ミラが手をかざすと、それまでただ立っていただけのゾンビ達が一斉に武器を構える。
「たった20人で、どうやって彼ら300人に勝つ気かしら?」
「くそ、撤退だ!全員逃げろ!!」
傭兵の長の言葉を合図に、全員が一斉に逃げ出す。よほど慌てながら逃げたのか、手に持っていた武器や盾があちこちに散乱していた。それを見ていたミラは呆れたように言う。
「なによ、案外意気地なしなのね。」
横で聞いていたアルムはいくらなんでも無茶苦茶だと思ったが、今それを口にするのも危険そうだったので黙っていた。何より、このネクロマンサーの女は確かに自分達に用があると言っていたが、少なくとも捕まえにきたというわけではなさそうであった。
ミラがパチンと指を鳴らすと、ゾンビ達は次々に地面へと還っていく。最後の1体のゾンビが消えたのを確認すると、ミラはアルム達の方へ歩み寄る。
「さて、邪魔者は消えたわね。」
向こうも聞きたいことが色々とあるようだが、アルム自身も色々と質問があった。だがその前に助けてもらった事実には間違いがないので、とりあえず礼だけは言っておくことにした。
「あ、ありが」
パァン!!
しかしアルムが礼を言い終える前に、ミラは彼の左頬に思い切り平手打ちを喰らわせた。突然の出来事に横で見ていたイオンは驚いたようであったが、アルム自身はその理由と、次にミラに何を言われるかは大体想像がついていた。
「この大バカ者!!死者を蘇らせようとしてはいけないと、散々忠告したハズよ!」
「…すまない。」
アルムは謝る他なかった。ミラ自身も本当は他にも言いたいことがあったが、日も沈んで暗くなった山道で言い合いをするのも得策ではない。ひとまずは安全な場所へ移動することにする。
「あんたには問い詰めたいことがいくつもあるけど、まずは場所を変えましょう。」
「だが、俺は指名手配されている筈じゃないのか?」
アルムの質問に対し、ミラは森の向こうを指差しながら答える。
「この先の山間に町があるわ。軍の駐屯地からは離れてるから、たぶん情報が伝わるのは遅いと思うの。」
ミラの提案に、アルムも頷いて了承する。3人はまず近くの町へ移動することにした。




