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錬金術師の花嫁  作者: KUMA
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20話【追われる錬金術師】

オニークスから西に30キロ程行くと、『タンザナ』という街に辿り着く。大都市と呼べる程の街ではないが、隣国アトランドとの国境に最も近い街ということもあり行商人や旅のキャラバンが集まる賑やかな場所である。


一方、国境に近いということは戦争が起こった際に真っ先に攻められる可能性が高いということでもある。その為、街の周辺にはレムリアル軍の駐屯地が数多く設置されている。


そのタンザナの街の広場で、レムリアル軍の兵士が道行く人々に向かってある発表を行っていた。


「皆の者よく聞け!先日、近くのオニークスから大罪を犯した凶悪犯が脱走した!」


それを聞いた道行く人々の多くが立ち止まる。本当に凶悪犯であるならば、もしかしたら自分たちも襲われるかもしれない。人々は兵士の話を黙って聞き続けた。


「これから街の各地に手配書を貼り出す!手配書に書かれている男に心当たりがあるものは至急レムリアル軍まで連絡するように!」


それを聞いて皆ざわざわとし始めたが、1人の商人らしき男が手を挙げて兵士に質問した。


「兵士さんよぉ!その男は一体どんな凶悪犯罪者だって言うんだい!?」


問われた兵士は一瞬言葉に詰まる。何しろ、その人物は確かに大罪人ではあるのだが罪状が異常、というよりあまりにも非現実なものなのだ。しかしウソを言うわけにもいかないので、兵士は素直に答える他なかった。


「凶悪犯は、死者の蘇生という禁術を犯した錬金術師である!」


広場に集まっていたほとんどの人間がぽかんとした。それもそのはず、凶悪犯といったら皆想像していたのは強盗犯や殺人鬼といったものであった。それが禁術を犯した錬金術師ときたもんだ。


確かに大罪ではあるが、そもそも禁術を犯して指名手配される罪人など誰1人として聞いたことがなかった。そんな現実離れした事件を公表され、集まった人々もヒソヒソと話し始めた。


「禁術って本当に罪になるんだ。」

「というか実際やる奴がいるって事に驚いたな。」

「40年近く生きてきて初めて聞いたわ。」

「そもそも可能なのか?」


怖がるどころか、さも珍しいといったような会話だ。発表を行っていた兵士でさえも「そりゃそうだよなぁ」といった表情であった。しかし兵士も仕事である以上、指示された事はやり遂げなければならない。妙な空気になってしまったがそのまま発表を続けることにした。


「とにかく!これはオニークス領主であるラッセルハイム伯爵直々の通達である!尚、罪人を生きたまま捕らえた者には伯爵自ら500万ゴルトの報酬を出すとのことである!以上!!」


発表を終えた兵士が立ち去る。聞き終えた人々の中にも馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばす商人、大金を出す伯爵を小さな声で皮肉る役人、報酬を聞いて一攫千金を夢見る傭兵と様々な人間がいた。






タンザナは多くの旅人が訪れる街なので、当然のごとく酒場や食事処も数多く存在する。


その中の1つに『ゴールドフィッシュ』という名のカフェがある。パティシエールでもある若い女店主が1人で経営している小さな店であったが、クレープ・シュゼットが絶品であるとスイーツ通の中では隠れた名店とされていた。


超が付くほどのスイーツ好きである天才ネクロマンサー・ミラも、祖国であるアトランドに帰る途中でこの店に立ち寄り、名物とされるクレープ・シュゼットに舌鼓をうっていた。


「オレンジが凄く香るのに、味自体は決してクレープの邪魔をしていない。何て絶妙なバランスで作られているのかしら!?」


誰かに聞かせているわけでもないのに食レポをしながら黙々とクレープを口に運ぶ。店が混雑する時間帯は既に過ぎたようで、客はミラの他に奥のテーブル席でコーヒーを楽しむ老夫婦がいるだけである。


そうしていると、ふいに店の扉が開いた。入口には鎧を着たレムリアル軍の兵士が立っている。


「失礼する。」


「いらっしゃいませ。あら、兵士さん?」


女店主が出迎える。軍の駐屯地が近い街である為に兵士が食事に来ること自体は珍しくないのだが、大抵は武器や鎧を外したラフな格好でやって来る。


ところが店の入口に立っている兵士は鎧と兜を身に付け、腰には剣を携えたいかにも勤務中だと言わんばかりの格好であったので、店主も思わず何事かと思ってしまった。


「あの…何かご用でしょうか?」


「実は昨晩、少し離れたオニークスから凶悪犯が逃げ出したらしくてな。この街の方角に向かったらしいので目撃情報がないか聞き込みをしていたところだ。」


そう言うと兵士は腰に下げた軍用の鞄から折りたたまれた紙を取り出す。その紙を広げると、そのまま店主に見せた。


「客として来た人間の中でこういう男に心当たりはないか?」


座っていたミラからは紙に書かれていた内容までは見えなかったが、どうやら指名手配書のようだ。店主は紙を受け取り、書かれている内容をまじまじと見つめる。


「…黒いローブ…錬金術師…禁術…銀髪の女性…」


店主はただ手配書に書かれていた文を断片的に呟いていただけだったのだが、それを聞いていたミラのナイフとフォークを動かす手が止まった。


「見たことはありませんね。」


店主は申し訳なさそうな表情になり、手配書を兵士に返す。兵士は「やっぱりか」というような少しだけがっかりした表情になった。おそらく他の場所でも似たような結果だったのであろう。


「そうか、ご協力感謝する。」


「力になれなくてごめんなさいね。」


兵士は返してもらった手配書を鞄にしまおうとしたが、カウンターに座っていたミラの言葉がそれを遮った。


「兵士さん、ちょっとその手配書見せてもらえないかしら?」


「あぁ、構わないぞ。何か心当たりがあるのか?」


兵士は開かれたままの手配書を渡す。ミラはそれを受け取ると、書かれていた内容に目を走らせる。



名前:アルム・ファウスト

年齢:19歳

身長:175cm前後

外見:金髪に青眼、黒いローブを着ている

体格:やや痩せ型で筋肉質

職業:錬金術師

罪状:禁術による死者の蘇生及び墓荒らし

備考:剣を持っており、かなりの手練

18歳前後の銀髪の女性を連れている



似顔絵も一応描かれていたが、そんなものを見ずともミラにはわかった。間違いなくこの前オニークスで会った錬金術師だ。名前も工房の看板に書いてあったものと同じだし、外見も服装も以前会った時のものとピッタリ当てはまる。


「どうだ、何か思い出したか?」


兵士が問う。心当たりがあり過ぎる内容ではあったが、もしここで正直に言えば質問責めにあうのは明白である。場合によっては軍の駐在所まで連れて行かれ、そこで詳しい話をさせられるかもしれない。


これからアトランドに帰るということもあり、なるべく厄介事は避けたかったミラは少し悪いと思いつつも知らないフリをしておくことにした。


「ゴメンなさい、記憶違いだったみたい。」


そう言って手配書を兵士に返す。兵士は返してもらった手配書を鞄にしまい、店主に向かって軽く頭を下げるとカフェを出ていった。


「禁術を使った罪人なんて初めて聞いたわ。」


兵士を見送った店主が呟く。無理もなかった。確かに禁術が大罪とされているのは子供でも知っているような常識ではあるものの、そもそも死者の蘇生など到底不可能だと思われているおとぎ話のようなものに過ぎない。そのため、禁術を行って指名手配された者がいるなど到底信じがたい事であった。


しかしミラは、皿に残っているクレープを食べながら全く別のことを考えていた。


先程の手配書の男が先日会った錬金術師であるならば、最後に書かれていた銀髪の女性というのは、おそらく宿屋にあった肖像画に描かれていた少女のことだろう。あの錬金術師が亡くなった恋人を禁術で蘇生し、それがバレて蘇生した恋人と共に逃亡したと考えれば全て辻褄が合う。いや、むしろ現状ではそうとしか考えられなかった。


それが事実だとすると完全に自業自得と言えるが、ある1つのことがどうしてもミラの頭から離れなかった。


「連れているってことは、ホントに死者の蘇生に成功したってこと…?」


禁術に失敗し、それがバレて追われているというのであれば実に愚かだと蔑んで終わりである。だが、ミラの考えが正しければ連れている銀髪の女性というのは間違いなく彼が蘇らせようとしていた恋人だ。


死者を蘇らせる。死者の魂を操るネクロマンサーでさえ不可能であるとされてきた術を、あの錬金術師は本当にやってのけたというのだろうか。ミラは死者の蘇生という行為自体に対しては否定的であるが、仮にそれが現実のものになったとしたら興味がないと言えばウソになる。


「ごちそうさま、おいしかったわ。」


クレープを食べ終えたミラは店主に代金を払う。本当はこの後アクセサリー屋にでも行こうかと思っていたが、予定を変えて一旦街を出ることにした。あの錬金術師を追うのだ。


厄介事には首を突っ込みたくはなかったが、今の彼女にとってはそれよりも自身の能力の更に上を行く技術に対する好奇心の方が遥かに勝っていた。








「この辺りがいいかしら。」


ミラは街から少し離れた丘の上にいた。目的は勿論、例の錬金術師を探す為である。


魔法の術の1つに、自然界に宿る精霊の力を借りて物の持ち主を追跡するというものがある。それなりに魔法の才能と熟練度が必要とされる術であるため一般人や魔法の初心者には難しいとされているが、天才と称されるミラにとっては造作もないことであった。


「買っておいて正解だったわね。」


この術で誰かを追跡するには、その人物が持っていたとされる物が必要になる。だが幸運な事に、ミラの手元には彼から購入した香油の小瓶があった。


ポーチから小瓶を取り出し、地面に置く。ミラは精神を集中させると、魔法の詠唱を行った。


「大地に宿りし精霊達よ、かつて瓶を所有せし者の元へ我を導け!」


詠唱を終えた直後、穏やかな風が吹き始めた。一般人には全くわからないが、風や地面を通して小瓶の持ち主の周辺地域の景色がミラの頭の中に流れ込む。高度な魔法使いになるほどその景色が鮮明になり、ミラにはあの錬金術師が今どこにいるのか、どのくらい離れているのかをほぼ正確に感じ取ることができた。


「少し遠いわね。」


小瓶を再びポーチにしまい、精霊が示した方角を見る。とにかく軍に先を越されるわけにはいかない。軍に捕まったとしたら即刻牢屋行きだろう。だがそれでは困る、あの錬金術師には言いたいことと聞きたいことが山程あるのだ。


もうじき日が暮れそうな時間帯ではあったが、構わずミラは精霊が示した山の方へ向かっていった。

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