17話【希望と絶望】
明かりが全て消え、薄暗くなった部屋でアルムは目を覚ました。
「う…。」
一体どれくらいの間気を失っていたのだろうか、アルムは身体を起こす。身体のあちこちに痛みがあるが、動くのに支障はなさそうだ。
左手のグローブを見ると、はめ込まれていた魔晶石にヒビが入っている。どうやら石に秘められていたエネルギーをほとんど使い切ってしまったようだ。
「どう…なった…?」
辺りを見回す。部屋の明かりは完全に消えてしまったが、窓から入ってくるわずかな光によってかろうじて周囲を確認することはできた。部屋自体は無事なようだが、床や壁の至る所に真新しい傷や焦げ跡が付いている。部屋の中央にあったカプセルは原型を留めていない程に割れてしまっており、周りにはその破片と思われるガラス片が散らばっていた。
しかしよく見ると、ガラス片の他に横たわった人影のようなものが見える。
「…シルヴィア?」
近寄って見ると、割れたカプセルの前に一糸纏わぬ人間が倒れていた。うつ伏せなので顔は見えないが、銀色の髪と体型からアルムには確信できた。
「シルヴィア!!」
倒れている少女のもとへ駆け寄り、ゆっくり抱き抱える。乱れていた髪を指でどけると、自分がこの世で一番待ち望んでいた顔が現れた。見間違う筈がない、これまで自分が何年も見てきたシルヴィアそのものだった。
ガラスのカプセルが粉々になる程の衝撃ではあったが、幸いにも外傷は一切なさそうだ。それにアルムは安堵し、同時に興奮と期待で頭が変になりそうだった。
「シルヴィア、目を覚ましてくれ。シルヴィア!」
アルムは必死に声をかけた。すると少女がゆっくりと目を開ける。
「う…。」
反応があった。それだけではない。体温もしっかり感じるし、触れている部分から脈も伝わってくる。間違いなく、目の前の少女は生きているのだとわかった。
「わかるか!?俺だよ、アルムだ!」
「アル…ム…?」
わずかに一言、それも小さな声であったが、その声は間違いなくシルヴィアそのものだった。
意識がだんだんハッキリしてきたのか、少女はアルムの姿を視界に捉えるとその手を借りながらよろよろと立ち上がる。もちろん服など着ていないので裸のままだが、今のアルムにとってはどうでもよい問題であった。
「アルム…あなたはアルム…。」
シルヴィアと瓜二つの少女はポツポツと呟くようにアルムの名前を繰り返す。だが次の瞬間、少女は思いがけない行動に出た。
少女は突然アルムに対し深々と頭を下げ、そしてアルムの方に向き直った。
「私を生み出していただき、ありがとうございます。」
「…え?」
一瞬、アルムの背筋に悪寒が走る。何かの聞き間違いではないかと思った。シルヴィアがそんな事を言う筈がない。しかし目の前の少女が次に発した言葉は、アルムを更に深い絶望と導くものであった。
「ご用がありましたら何なりとお申し付け下さいませ、マスター・アルム。」
その言葉を聞いた瞬間、アルムはホムンクルスに関する本に書いてあった一文を思い出し、時が止まったような感覚を覚えた。
“ホムンクルスは自分を生み出した人間を主とし、付き従う”
アルムの頭に1つの可能性がよぎった。それは目の前にいる少女はシルヴィアではなく、シルヴィアの姿をしただけのホムンクルスである、という事実である。
しかし、今のアルムにはそんなことを信じられる筈がなかった。少女の両肩を掴み、叫ぶように問いかける。
「嘘だろ、シルヴィア?俺がわからないのか!?」
「シルヴィア…それが私の名なのですね。了解致しました、マスター。」
うろたえるアルムに対し、少女は極めて冷静であった。というよりも、感情というものを感じられない。
もっとも、ホムンクルスとしては極めて正常な反応でもあった。ホムンクルスは産まれながらにして様々な知識を持っているが、一方で記憶や感情に関しては生まれたばかりの赤子同然である。
その点からしても、目の前の少女がシルヴィアではなくただのホムンクルスであるということは、最早認めざるを得ない事実であった。
「…嘘だ。」
それでも、アルムには信じられなかった。
「嘘だ、嘘だ!嘘だ!!!」
「マスター、どうされたのですか?」
アルムは思わず叫んだ。そんな様子の主を目の前の少女は無表情のまま不思議そうに見つめている。
何故このような事になってしまったのか、アルムには全くわからなかった。これまで綿密な計算を重ねてきた。シルヴィアの墓を荒らしてまで彼女の遺体を用意した。機械人形と同じように魂を宿す為に雷のエネルギーだって使った。それなのに、どこが間違っていたというのか。
「どうしてだ!?何が駄目なんだ!?」
アルムにとって、これまでに錬金術の実験に失敗したことは何度でもあった。それこそ、数え切れないほどだ。薬液の量を間違えて容器をダメにしたこともあれば、バーナーでの加熱時間を間違えて焦がしたことだってある。駆け出しの頃はその都度師匠に怒鳴られたものだ。
それでも、その失敗の原因を探っては解決の糸口を見つけるという努力を決して怠らなかった。それも錬金術師の勤めであると、師匠からずっと教えられてきたのだ。
しかし、今のアルムにはそんな余裕など微塵もない。よほど精神的に追い詰められたのか、遂には妄言まで飛び出す。
「…きっと、実験のショックか何かで記憶が飛んでいるのかもしれない。」
あり得ない、そんな事は明白だ。頭ではわかっている筈なのに、自然と口からそんな言葉が出てきた。自分でも何故こんなことを口走っているのかが全く理解できない。
「そうだ、父親のラッセルハイム伯爵に会わせれば何か思い出すかもしれない!」
唐突に思い付いたが、冷静に考えればそんなこともあり得る筈がない。しかし、最早その程度の事すら考えることができないほどにアルムは錯乱していた。
そうと決めたアルムは、すぐに伯爵の屋敷へ行く支度を始める。
それが、悲劇の引き金になるとも知らずに。