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錬金術師の花嫁  作者: KUMA
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16話【運命の夜】

時刻はちょうど正午、オニークスの街の大通りにある宿屋『白い子羊亭』にて、女将のメリアスが1人カウンターに座りながら新聞を読んでいた。


「あら、今夜は雷雨。そういえば何だか雲行きも怪しかったわね。」


気球による気象観測によると、今日の夕方から明け方までは雨で、しかも午後の10時頃には激しい雷雨になる予報であると新聞には書かれていた。


今日は仕事を早めに終わらせよう、などと女将が考えていると不意に宿の扉が開く。開けた張本人は慣れた様子の挨拶とともに現れた。


「こんちは、メリアスおばさん。」


「おや、アルムちゃん。何か用かい?」


宿泊客相手であればすぐに新聞を閉じて宿帳を開くところだが、たった今やって来た相手はそうではないとわかりきっている。女将はゆったり座ったままの姿勢を崩さず、新聞も広げたままだ。


「いや、宿の客に頼まれてた品が出来たから持って来たんだけど…」


カウンターの方へ歩きながらアルムは自分のローブのポケットを探る。だがそこで大事なことに気付いた。


「やっべ、名前聞いてなかった。」


「またかい?何やってんだい、まったく。」


女将は呆れ顔だ。実はアルムが客の名前を聞き忘れるのはこれが初めてのことではない。仕事が速く基本的には信頼できるのだが、どこかいい加減で抜けた一面があるという事も、彼が子供の頃からずっと面倒を見ていた女将はよく知っていた。


「ちょっと待ってなよ。」


冷ややかな目でアルムを見ながら新聞を置き、宿の帳簿を開く。夫婦だけで切り盛りしている小さな宿なので、泊まっている客も10人程しかいない。特徴を聞けばすぐにどの客の事なのかわかるだろう。


「どんな客だい?特徴を言ってくれれば大体わかると思うから。」


「えっと派手なイヤリングした髪の長い女で…あとネクロマンサーだって言ってたな。」


それを聞いた女将はすぐに誰のことだかわかったようだ。


「あぁ、その子なら2時間くらい前に出掛けていったよ。後で渡しておいてあげるから置いていきなよ。」


「ありがとう、おばさん。宜しく頼むな。」


そう言ってアルムはローブのポケットから紫色の液体が入った小瓶と何かが入った赤い巾着袋を取り出し、女将に手渡した。瓶には蓋をしてあるがそれでも少しだけ良い香りがしたので、香料か何かであろうことは女将にもわかった。


「それじゃ、これで失礼。」


「あ、そうだアルムちゃん。」


入口のドアを開けようとしたアルムを女将が呼び止めた。


「何?」


「今夜はひどい雷雨になるらしいから、夜は外出しない方がいいよ。」


「うん、知ってる。」


女将は親切心で忠告したつもりだったが、アルムは既にその事を知っていた。しかし、それには大きな理由があった。そんな事を知る由もない女将は安心した様子で彼を見送る。


「それなら大丈夫だね。そのうちまたご飯食べにおいでよ?」


「わかった。ありがとう、おばさん。」


アルムは扉を開け、宿から出た。外に出ると、先程から雲行きの怪しい空を見上げながら、誰にも聞こえないような小さな声で呟く。


「だから、今夜じゃないと駄目なんだ。」






それから数分して、アルムと入れ替わるようにミラが宿屋に戻ってきた。手には真新しい小さな袋が下げられているので、おそらくどこかで買い物でもしていたのだろう。


「ただいま、女将さん。」


「あぁ、ミラちゃん。ついさっきアルムちゃん…錬金術師が来てね、これを渡してくれって。」


たった一晩で客であるミラに対しても、もう“ちゃん”付けになっていた。もっとも、それが女将の人当たりの良さを表しているということであり、ミラ自身もどちらかというと人懐っこいタイプなので気にもとめていないようだが。


女将はアルムから預かった小瓶と巾着袋を差し出す。受け取ったミラは小瓶の中身を眺めた。仕上がりは完璧といっても差し支えなく、王都で3日かけて出来上がってくるものと遜色ない。


「しっかり色が着いている上に、不純物も全然混じって無い…。本当に1日でやった仕事とは思えないわ。」


「だから言ったろ?あの子は“優秀”だってね。」


女将の言葉に納得した様子で小瓶と巾着をしまいながら、ミラは小声で呟く。


「その才能…絶対に間違った方向に使わないでよ。」








夕方になると、新聞にもあった通り雨が降り始めた。雨は次第に強くなり、夜の8時頃にはひどい土砂降りになっていた。


当然こんな状態で外出する人間など普通はいる筈もない。だが、オニークスの中心部から外れた場所にある墓地に1つの人影があった。


「ここだ。」


アルムは雨除けのマントを羽織り、墓地に来ていた。目の前にはかつての恋人、シルヴィアの墓石がある。墓前には花束が添えられていたが、この大雨ですっかり台無しになってしまっている。


「たぶん伯爵か屋敷の人が置いたものだよな。悪いけど、どかせてもらうよ。」


花をどけると、アルムはスコップで一心不乱に地面を掘り始めた。世間的に見れば墓荒らし同然の行為である。こんな所誰かに見られでもしたらそれこそ大騒ぎになるが、今はもう夜、しかもこの大雨なので周囲には人っ子一人いなかった。


掘り続けていると、やがて2年前の葬儀でも目にした棺が現れた。アルムは棺を開けると、中に収まっていたシルヴィアの亡骸を手早く回収する。なるべく荷物は増やしたくないので収められていた他の品には目もくれなかったが、ただ一つある物だけは回収してそのままポケットにしまった。


「戻ってきたらこのネックレス、また付けてくれよな。」






急いで工房に戻ったアルムは、すぐに準備に取り掛かる。1階の作業場は接客スペースも兼ねており人の出入りも多いので、準備している所を誰かに見られる可能性が高い。そう考えたアルムは普段他人を入れることのない2階にて全ての準備を進めてきた。


部屋の中央にはガラスでできた大きなカプセルが設置してあり、その真上には天井まで伸びた太いパイプがある。このパイプは屋根に設置した避雷針と繋がっており、落ちてきた雷を直接エネルギーに変換してカプセルに流し込めるようになっている。全てこの2年間でアルムが用意したものだ。


「必要な素材は…。」


カプセルの中に、水や炭素といった必要な素材を入れていく。勿論これらの素材も2年間計算に計算を重ね、シルヴィアの姿形を再現する為に完璧な量を調整してある。


「最後に…。」


最後に、シルヴィアの亡骸を入れる。勿論そのまま入れると先程の素材と混ざってしまうので、アルケミーグローブに術式を書き込む時にはきちんと分けて考えなければならない。無論、その点に関しても事前に計算済みだ。


「準備はできた、あとは雷を待つだけだな。」


とはいえ、普通の状態で雷が落ちるのを待っていたらそれこそ何時間かかるかわかったものではない。最悪の場合、雷が落ちることのないまま雨が上がってしまう事だって考えられる。その為にアルムは様々な工夫や魔法由来の道具を用いて極限まで雷が落ちやすくなるように避雷針に細工を加えた。


雨はより一層激しくなり、周囲のあちこちで雷が鳴っている。既にグローブに術式も書き込んであるので、雷さえ落ちてくればすぐに始められる。


と、突然天井が光ってバチバチと音を立て始め、大きな雷の音が間近に聞こえた。


「来た!!」


避雷針に雷が落ちたようだ。アルムはすぐさま左手を構え、グローブを使用する。


だが、その反応はこれまで行ってきたどの錬金術の反応よりも大きく、激しいものであった。莫大なエネルギーとエネルギーがぶつかり合い、分厚いガラスでできたカプセルがミシミシと音を立てている。


「うっ、うわぁぁぁ!!」


視界が眩しい光に包まれ、大きな衝撃が身体を襲ったかと思うと、そこでアルムの意識は途切れた。

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