15話【忠告】
「えーっと、噴水広場を出て少し行ったところにある赤い屋根の建物だから…」
ある程度の用事を済ませたミラは最後に錬金術師の所へ向かっていた。右手には先程女将が描いてくれた地図、左手には食べかけのパイを持っている。
「それにしてもこのパイ、カスタードが凄く濃厚ね。しかもそれでいてしつこくなくバニラビーンズの香りがよく引き立ってるわ。帰りにもう1個買っていこっと。」
微妙な食レポを1人でしながら、女将に教えてもらった錬金術の工房を探す。そうしているうちに、お目当ての赤い屋根の建物が見えた。
建物の看板には『クライヴ&アルムの錬金工房』と書かれている。どうやらここで間違いなさそうだ。だが、屋根の上には奇妙な長い棒状のものがそびえ立っている。
「何かしら、アレ?」
疑問に思ったが、特別気にするほどのことでもないのでミラはそのまま工房の前まで歩み寄り、扉をノックする。
しかし、中から返事は無かった。とはいえ扉の前の看板は【OPEN】になっているので、やっているのはまず間違いないだろう。扉の取っ手に手をかけると、鍵はかかっておらずすんなりと開いた。中に入ったミラは、大きな声を出して人を呼ぶ。
「すみませーん!誰かいませんかー!?」
するとその声に反応したかのよあに2階から物音がした。階段を降りるかのようなその音は段々と近くなり、止んだかと思うと今度は工房の奥から声が聞こえた。
「はいはい、今行きますよっと。」
奥から現れたのは金髪の男性…この工房の今の主人であり、錬金術師のアルムだ。身長は少し伸びたが、2年経っても服装も相変わらずいつもと同じ黒いローブのままである。もっとも、初めて会うミラにとっては知る由もないが。
「待たせて悪かったな、お客さん。少し取り込んでたもんでね。」
「あなたが店主かしら?」
「あぁ、そうだ。」
返事をしたアルムは机の上に置かれていたメモ用紙とペンを手に取ると、客であるミラに尋ねる。
「それで、ご用件は?」
「探してるものがあるんだけど。」
「へぇ、何?」
「月光花の香油と毒芹の粉末なんだけど、ある?」
ミラは希望の品を述べるが、注文を聞いたアルムは怪訝そうな顔をする。
「…一応言っとくけど、それ呪術とかに使うヤツだぞ?」
ミラの注文した品、特に毒芹は呪術などに使われるものであり、一般人からはまずそんな注文が来ることはありえない。そういった理由もありアルムは確認したのだが、ミラは聞かれるのを予測していたかのように答える。
「あたしはネクロマンサーよ。」
「ネクロマンサー…ならいいが。」
ネクロマンサー、という単語を聞いて一瞬だけアルムは顔つきが変わったが、すぐにまた元に戻る。幸い、気付かれはしなかったようであるが。
「うーん、どっちも切らしてんな…まぁ材料は揃ってるから作れるぞ。」
しかし今度はそれを聞いたミラの方が怪訝そうな顔をした。何しろその2つはアトランドの王都にいる錬金術師に注文しても3日はかかる代物なのだ。出発は明後日の朝の予定だったので、そこまで待つことはできない。
「今から作るのなら間に合わないわね。あたし明後日の朝には出発するつもりだし。」
しかし、ミラの言葉に反してアルムからは意外な言葉が返ってくる。
「いや、そんなに時間かからねえって。明日の昼には出来るかな。」
「明日の昼ですって!?」
ミラは思わず大声を出した。もっとも、彼女にとっては当然である。王都でも3日はかかる作業をこの男は1日で終わらせると言ってきたのだ。
「不服か?何なら出来た後に宿まで届けてやるよ。宿泊先は『白の子羊亭』だろ?」
アルムはさも当然といった様子で淡々と話すが、ミラは疑わしげな目で見ている。
「本当にできるんでしょうね?」
「嘘は言わねえよ。ただし代金は先払いで頼むぜ。」
「いいわ、いくら?」
諦めたかのようにミラは財布を取り出す。まぁ女将も優秀だと言っていたし、本人もさも当たり前のように言っているので嘘ではないのだろう。
「その2つなら…500ゴルトでいいや。」
「500ゴルトですって!?」
ミラは先程よりも大きな声をあげた。一応相手は客だが、流石にアルムもイラついたようで少し早口になった。
「悪いがぼったくってるつもりはねえぞ。これでも旅人や行商人からは良心的な価格だってしょっちゅう言われるからな。」
「良心的にも程があるでしょ!王都だと2000ゴルトはするわよ⁉︎」
「そうなのか?別にいいけどよ。ホラ、500ゴルト。」
「…わかったわよ、はい。」
ミラは財布から硬貨を取り出し、差し出された店主の手のひらの上に置く。店主は受け取るや否やポケットにしまい、ミラに向かって言った。
「じゃあ約束通り明日の昼に宿まで持っていくからな。もう宿に戻ってもらっても問題ないぞ。」
そう言いながら近くの棚の引き出しから乾燥した紫色の花弁を数枚取り出し、液体の入ったビーカーの中に入れてバーナーの火にかけた。おそらく先程注文した月光花だろう。
ミラも宿に戻ろうかと思ったが、女将に言われた夕食の時間まではまだ時間がある上に、王都では3日かかる作業を1日で済ませるという言葉が気になって仕方がなかった。
「ねえ、少し作業を見ていてもいい?」
「構わないが、別に面白くはねえと思うぞ。」
答えながら今度は机の上に置かれた小瓶を手に取り、赤い液体の入ったフラスコに中身を数滴垂らして振り混ぜる。かと思えば今度は別のビーカーに水を注ぎ、中に白い粉末状の薬品を入れ始めた。
錬金術に関しては素人であるミラの目から見ても、先程の自分の注文以外にも別の作業を複数同時にこなしているのがわかった。どうやらこの錬金術師が優秀だというのは本当のようだ。
黙って作業を見つめていると、今度はアルムの方が口を開く。
「そういやお客さん、さっきネクロマンサーだって言ってたよな。1つ聞いてもいいか?」
「何かしら。」
今のアルムがネクロマンサーに聞きたいこと。無論、それは死霊術に関することだ。
「死霊術で死者の魂を呼び出す時、その人物の遺体を使うと成功率が上がるって本当なのか?」
すました顔で聞いたが、内心アルムは期待と不安で一杯だった。もし2年前にタルコスで買った死霊術の本に書いてあった事がデタラメだったとしたら、また別の方法を探さなければならないかもしれないからだ。
しかしどうやらあの本に書いてあったことは正しかったようだとすぐにわかった。質問を聞いた瞬間にミラの顔つきが変わり、険しい表情になる。
「…どうして知ってるの?」
「昔読んだ本にそんなことが書いてあった。」
「そう、魔法協会の情報規制もアテにならないわね。」
言葉は穏やかだが、ミラはひどく憤慨しているようだった。口ぶりからするとどうやらあの本に書かれていた内容はアトランドにおいては機密事項らしい。そんな情報が世に出回るということは、アトランドの情報規制にも穴があるということなのだろう。
「それで?それを聞いてどうするつもりなの?」
「単純な興味だよ。」
アルムはベタな答えで適当にはぐらかしたが、ミラからは思いもよらない言葉が発せられる。
「あなた、死者を蘇らせようと思ってるんじゃない?」
ミラの一言に、作業をしていたアルムの手が止まる。だがミラは更に彼の核心をつくような言葉を続けた。
「やめておきなさい、死んだ人間は決して蘇らないわ。」
ミラはアルムの真意にある程度気付いていた。しかも宿屋の女将からこの錬金術師が師匠、恋人と死別したという話を聞いていたので、もしかしたらこの男が何らかの形で死者を蘇らせる、つまり禁術を行おうとしていると思ったのだ。
「あなたがもう一度会いたいと思っているのが師匠なのか恋人なのかは知らないけど、死者を蘇らせようなんて夢を見るのはやめておくのね。」
「…誰から聞いた?」
「宿屋の女将さん。」
それを聞いたアルムは呆れたような表情になった。
「メリアスおばさんか、相変わらずあの人はお喋りだな。」
アルムは手に持っていた試験管とピンセットを一旦机の上に置くと、改めてミラの方を向いて質問を投げかける。
「それなら、おたくらネクロマンサーがやってることはどうなんだ?」
やっていること、というのはおそらく死者の魂を呼び出すことだろう。だがこの質問に対してのミラの…いや、ネクロマンサーとしての答えは既に決まっていた。
「あたしたちネクロマンサーにできるのは、死者の魂を“呼び出す”ことだけよ。どんなに高名な魔法使いでも、その人物が“死者である”という事実は変えることができないの。」
最後に一呼吸おき、念を押す。
「だから、死者は決して蘇ることはないの。」
「そういうもんか。」
その言葉を最後に、アルムは黙ってしまう。代わりに再び手を動かし始め、作業を再開した。ミラの方も一応釘は刺したので、これ以上言及するつもりはなかった。
それからしばらくの間、ミラは無言のままアルムの作業を見ていた。最初に言われたように特別面白いというわけでもなかったが、それでも普段自分が使っている死霊術の道具がこうやって作られているのかという勉強にはなった。
1時間程作業を見学して、いい頃合いだと思いミラは宿に戻ることにした。
「そろそろ宿の夕食の時間だわ。今日はこれでおいとまするわね。」
「わかった。注文の品は約束通り明日の昼に宿に届けておく。」
それを聞いたミラは立ち上がり、入口の扉に手をかけた。だが扉を開けて工房を出る直前、ミラは最後にに言い放つ。
「もう一度だけ忠告しておくわ、死者は決して蘇る事はない。」
そう言って扉を閉めた。アルムはその後姿が見えなくなると、1人になった工房の中で作業を続けながら呟く。
「今更引き下がることなんて、できねえんだよ。」
宿への帰り道、大通りを歩いていたミラはある重大な事に気付いた。
「あ…クリームパイの店もう閉まってる。」