13話【行動開始】
港町タルコスからオニークスに戻ってきたアルムは、翌日から工房での仕事を再開した。またそれとは別に、例の実験の為に必要な準備も着々と進めている。
今もアルムは、工房の屋根の上で金槌やスパナを手に黙々と何かを作る為の作業を行っていた。
「何メートルぐらい必要かな…あんまり大きすぎると今度は強度が…」
ブツブツと何かを呟きながら作業をしていると、不意に下から声が聞こえた。
「おーい!アルムー!!」
「あれ、おやっさん。何か用?」
下を見ると、肉屋の主人が手を振っていた。アルムは工具を一旦しまうと、壁に立てかけた梯子をつたって降りる。降りてくるのを待っていた肉屋の主人は、駆け寄って来たアルムに言う。
「ほら、前に包丁の修理と錆取り頼んだろ?もう終わってるかと思って来てみたんだ。」
そう言われてアルムは以前、肉屋の主人から包丁の修理を依頼されていたのを思い出した。本当はもっと前に終わらせる約束であったが包丁の受け渡しの予定日の直前にシルヴィアが亡くなったので、渡すタイミングを逃してしまっていた。
「あぁゴメン、すっかり忘れてた。修理自体はもう終わってるからすぐ持ってくるよ。」
「おう、頼むぜ!」
アルムは依頼されていた包丁を取りに工房の中へと入っていった。本来ならば依頼の延滞など、普通の店であれば完全にクレームものだ。だがその時のアルムの状況を理解していた主人には依頼の催促など言いづらかったのだ。ところがアルムが工房を再開したと聞いて、ようやく立ち直れたのかと安心してやって来た、という訳である。
1分程でアルムは工房の中から戻ってきた。手にはケースにしまわれた包丁を持っている。
「はいコレ。錆び取りと欠けた部分の修理はできたけど、いつも言ってるように研ぐのは専門外だから勘弁してくれよ?」
「おう、ありがとよ!充分な仕上がりじゃねえか。」
ケースを開けて中の包丁を確認しながら言う。用件はこれで終わりなのだが、肉屋の主人は先程から気になっていた事をアルムに質問する。
「ところで、さっき屋根の上に何か作ってたみたいだったが、ありゃあ一体何だ?」
指差した先には、工房の屋根に取り付けられた棒のような装置があった。もっとも、見た限りでは明らかに作業の途中だとわかる箇所があちこちにある。
「あれは避雷針だよ。まぁ簡単に言うと雷を落とすための装置みたいなものかな。」
言葉の通り、つい先程までアルムが屋根の上で取り付け作業をしていたのは避雷針であった。本来であれば山の頂上など高い位置に設置するのが普通だが、生憎とアルムの工房は単なる二階建ての建物だ。その為、これから雷が落ちやすくする工夫などもしていく予定である。
「雷を落とすって…危ねえんじゃねえのか、それ?」
当然、雷を家に落とすと言われれば普通の人間は誰だって危険だと思うだろう。肉屋の主人も例外ではなかった。しかしアルムは自信満々に答える。
「どうしても雷のエネルギーを使った実験がしたいんだ。外には電流が漏れないように作るから大丈夫だよ。」
「まぁ、お前さんが言うならおそらく大丈夫なんだろうけどな。じゃ、また何かあったらよろしく頼むぜ!」
アルムの言葉に安心した主人は、手を振りながら去っていった。それを見届けたアルムは再び梯子を登り、屋根の上で作業を再開する。
ここ数日間の行動の結果、アルムは死者の蘇生を行う為に必要な要素をほぼ見出していた。もちろん、禁術とされている内容がそのまま本に書いてある訳ではない。錬金術、死霊術、果てには機械工学のノウハウまでも取り入れ、自分なりに考えた理論だ。
ただ、理論を考えただけではそれを実行に移すことはできない。その為には用意しなければならない重要なものが2つあった。
1つ目は、ホムンクルスを造るための設備だ。先日オーヴィルに聞いた話から、アルムは強力な高圧電流があればホムンクルスに魂を宿す事が可能だろうと考えた。しかしアルムの工房はおろかオニークス全体を見てもそんな高圧電流を発生させる設備はない。そこでアルムは自然界に存在する高圧電流である雷を利用することを思いつき、その為に避雷針を工房の屋根に設置している最中だった。
また、必要な設備はそれだけではない。人間1人を造るので、当然だが普通の試験管やフラスコに収まるサイズではなく、それ相応に大きな器具が必要となる。そういった設備も普通には手に入らないので、ある程度は自作する必要があるのだ。
そして2つ目は、ホムンクルスを造る為の素材の計算だ。単純にホムンクルスを作るだけであれば人間1人分の材料を用意するだけで構わないのだが、アルムの場合は生前のシルヴィアと全く同じ姿形にしなければならない。その為には体型、髪の色、瞳の色などホムンクルスを作る全ての要素に対して寸分の狂いもない綿密な計算が必要なのだ。
どちらも完成させる為には膨大な時間が必要であり、しかも事情が事情なだけに1人でやらねばならなかった。
「絶対にやり遂げてみせる、どんなに時間がかかろうとも…!」
しかし、今のアルムに迷いはない。たとえ自分の行動が人として間違っていたとしても、ただ1つの目的を見据えて前に進むしかなかった。
その後もアルムは、錬金術の工房を営みながら実験の設備の設置と、ホムンクルスの製造の為の計算を続けた。無論、肉屋の主人と同様に街の人々には“雷のエネルギーを利用した実験”とだけしか伝えていない。いくら死者の蘇生が誰も信用していないようなおとぎ話のレベルの事であるとしても、禁じられている以上は誰にも知られる訳にはいかないからだ。
そしてアルムがそれらの準備を全て終えたのは、シルヴィアがこの世を去ってから実に2年余りが経過した頃であった。