12話【機械人形(ドール)】
車に乗ってから10分程すると、海沿いにあるレンガ造りの倉庫に到着した。車を降りたアルムに対し、オーヴィルが尋ねる。
「初めての車の乗り心地はどうだったかな?」
にこやかに聞いてきたが、馬車と比べて揺れが激しく正直言って乗り心地が良いとは言えなかった。それでもこういう時は普通、お世辞を言うかそうでなくとも気を使って遠回しな感想を述べるのものだ。
だが残念な事に社交性の欠けているアルムは率直な感想を遠慮なくブチ撒ける。
「ケツの下がガタガタいって落ち着かない。俺は横になって寝れる馬車の方がいいな。」
側から見れば失礼極まりない感想だが、それを聞いたオーヴィルは大笑いした。
「素直な意見、感謝するよ。今後の改善点として参考にさせてもらおう。」
倉庫を見渡すと、今乗っていたものの他に2台の車があった。しかもそのうちの1つには大砲のような武器まで取り付けられており、気になったのでアルムは尋ねてみた。
「あれは戦闘用の車なのか?」
「試作品だがね。もっとも、現段階では移動しながら大砲の照準を合わせるのが難しくて実践に投入できるようになるのは当分先だろうな。」
オーヴィルが何やら作業をしながら答える。どうやら彼は今、先程乗ってきた車の内部に油をさしているようだ。手早く作業を済ませると、アルムを奥へと案内する。
「こちらに私が寝泊まりしている空間がある。案内しよう。」
そう言って奥の扉へと向かう。その後ろをいつの間にか車から降りていたベガが随伴していたので、アルムもそれについて行った。
倉庫の奥には2つの部屋があった。1つは数多くの大きな機械や設計図、工具が置かれているいかにも研究室や作業室といった部屋だった。こちらは素通りし、もう1つ奥の部屋へと案内される。
もう1つの部屋にはあちこちに本や書類が積み上げられていたが、テーブルやソファー、ベッドなども置かれており最低限の生活感は残されている。
オーヴィルとアルムが向かい合ってソファーに座ると、どこからかベガが紅茶の入ったカップを2つ持ってきた。
「紅茶をお持ち致しました、御主人様。」
「ありがとう、ベガ。ここはもういいから研究室で自己メンテナンスをしておきなさい。」
「かしこまりました。」
ベガは頭を下げると、静かに部屋を出ていった。それを見送ったオーヴィルはテーブルに置かれた紅茶のカップを手に取りながら口を開く。
「お洒落さの欠片もない所ですまないね。」
「いや、俺はこういう研究者らしい場所の方が落ち着く。」
いかにもお世辞らしいセリフだったが、アルムにとっては本心そのものだった。自分も普段から実験器具や薬品、本に囲まれた空間で生活しているため、こういったいかにも研究者じみた部屋にはかえって親近感がわいた。
「なるほど、キミも似たような生活をしているということか。」
オーヴィルは納得したような返事を返すと、紅茶の入ったカップを口に運ぶ。このまま談笑するのも悪くはないが、時間も限られているのでアルムはすぐさま話を切り出した。
「それでオーヴィルさん、早速だけど機械人形について色々教えて欲しいんだ。」
「勿論構わないよ、何から聞きたい?」
純粋な興味から言えば聞きたいことは山程あるが、今一番聞きたいのは機械に魂を宿す方法だ。
「本当に機械に魂を宿しているのか?」
「その通りだ。先程も話したように、機械人形とは機械仕掛けの人形に魂を宿した存在だ。」
オーヴィルはさも当然だと言わんばかりに答えるが、アルムの頭には大きな疑問点があった。
「だけど、そもそも魂なんて科学的には未だに説明できない部分だらけだ。それを科学の力で宿すなんてとてもじゃないけど無理な筈だろ。」
アルムが真剣な表情で話す内容を、オーヴィルは全てを悟っているかのような笑みを浮かべながら黙って聞いている。
「ということは、帝国には相当な腕の魔法使いがいるんじゃないのか?」
アルムの質問に対し、予想通りといった様子でオーヴィルは否定する。
「残念ながら、ハズレだ。機械人形の製造には魔法使いは一切関わってはいないし、魔法も使っていないよ。」
魔法は使っていない。その言葉を聞いたアルムは驚愕した。
「ちょっと待ってくれ、魔法も使わずに魂を人形に宿す方法があるっていうのか!?」
思わず大声を出してしまった。あまりの剣幕にオーヴィルは少し驚いたが、それをなだめるような口調で説明を始める。
「アルム君、魔法というのはそもそも自然界に存在する現象を自在に操る術だというのは知っているね?」
アルムは黙って頷いた。それを見たオーヴィルは話を続ける。
「ならば、同じように自然界に存在する莫大なエネルギーか、それに近いものを使えば魔法と同じ効果が得られるとは思わないか?」
「近いもの?」
「なに、簡単なことだよ。例えば野外で肉を焼く時、魔法使いなら自分の力で火を点けることができる。ところが魔法が得意ではない一般人はどうすればいい?」
突然質問を投げかけられるが、冷静に考えれば難しい問題ではない。アルムはすぐさま答えを用意する。
「焚き木を用意して、マッチで火を点ける…とか?」
「その通りだ。勿論手間や火加減など細かな差はあるだろうが、どちらも最終的には“肉が焼ける”という結果に辿り着く。」
「まぁ理屈はわかるけど。」
アルムがそう答えるとそれまで笑顔で話をしていたオーヴィルは急に真剣な表情になり、説明を続ける。
「さて、ここからが本題だ。先程の火の話と同じように、私は機械人形を製作する研究の中で魔法の代わりに何か別のエネルギーを代用することはできないかと模索していた。」
説明に熱が入り、次第に身振りを交えるようになる。
「そして数年に渡る研究の結果、私は膨大な電力量を持つ高圧電流を用いるという方法を発見し、それによって初めて機械人形を製造することに成功したのだ!」
よほど誇らしいのだろうか、声まで大きくなった。聞いていたアルムは、納得したかのように顎に手を当てる。
「なるほど、高圧電流か…。」
「具体的な電圧の条件など詳しいことに関しては、ここに機械人形の開発についての論文があるから持っていきなさい。暇な時にでも読むといい。」
そう言ってオーヴィルはテーブルの脇に置かれていた少し古そうな紙束をアルムに差し出す。大変ありがたいのは確かだが、思いもよらないプレゼントにアルムは戸惑った。
「いいのか?そんな凄いもの貰って。」
「何、構わんよ。以前出した論文を大量に刷った時の余りだ。」
「以前出した…?」
アルムは言葉の意味が気になり、受け取った論文の1枚目に目を通す。そこに書かれていた驚くべき内容を、思わず声に出して読んでしまった。
「機械人形の開発…発案者及び最高責任者、オーヴィル・アークライト…!?」
そこにはオーヴィルのものらしきフルネームと、正にその人物が機械人形の第一人者であるかのような内容が書かれていたのだ。思わずアルムは率直な質問をオーヴィルにぶつける。
「オーヴィルさん、まさか機械人形の技術そのものを生み出したのは、あんたなのか!?」
「その通りだ。」
驚くアルムに対し、オーヴィルはニカッと笑いながら答えた。どうやら偶然にも自分が助けた人物は、とんでもない人間だったのかとアルムは今更ながら思った。
その後もアルムは2時間ほどオーヴィルの話を聞き続けた。昨晩徹夜したのがウソであるかのようにアルムの頭は冴えわたり、集中力を発揮していた。
一通り話し終えると、時計見ながらオーヴィルが残念そうに言う。
「さて、私から話せる内容はこれぐらいかな。機械人形に関しての情報の中には帝国でも機密扱いとなっているものもあるのでね。申し訳ないがこればっかりは話すことができないのだよ。」
オーヴィルは申し訳なさそうな表情だが、アルムは首を横に振りながら礼を言う。
「充分だよ、オーヴィルさん。凄い勉強になった。」
「例には及ばない。若者に知識を与えるのは先人の役割だからな。」
そう返したオーヴィルはソファーから立ち上がる。
「それでは私の特別講義はこれでお開きとしようか。」
「本当に宿まで送っていかなくても大丈夫かい?」
「宿まではそんなに遠くないから。」
車で送ろうかというオーヴィルの申し出を、アルムは丁重に断る。本音としては、あの揺れる車にもう乗りたくないというのもあるが。
「それじゃあ、またな。キミとはいつかまた何処かで会うことになるだろう。」
「どうしてだ?」
突然そんな事を言われたので、アルムは理由を尋ねた。
「あくまでも私の勘だがね。アルム君、キミはいずれ大物になる。」
「俺が?」
アルムは正直なところ馬鹿馬鹿しいと思ったが、オーヴィルの顔は真剣だ。
「分野は違えど同じ科学者同士、いつか大舞台で再び会うことになると私は思っているよ。」
全く実感がわかなかったが、オーヴィルの真剣な表情に圧倒されたアルムはただ黙って頷いた。それを見たオーヴィルは笑いながら別れの挨拶を告げる。
「では、いずれまた会おう。」
そう言い残し、オーヴィルは倉庫の奥へと消えていった。
倉庫を出たアルムが空を見上げると、晴れていた筈の空はこの数時間でいつの間にか厚い雲に覆われており、今にも一雨きそうな状態だ。
時刻は午後の5時を過ぎており、今日はもう本を探すのは無理そうであったが、それ以上に大きな収穫があったアルムはもう充分に満足していた。
「さて、方法については大分まとまってきたが、問題は高圧電流だな。オニークスにはそんな大きな電気を作れる場所も設備もないし…」
と、1人考え込んでいたアルムの頭上に一粒の水滴が落ちてきた。やがて水滴は数を増し、周囲の地面を濡らしていく。
「雨か。」
ずぶ濡れになる前に早く宿に戻ろう思い、アルムは走り出そうとする。だがその直前、ふと何かに気付いたかのように口元に微かな笑みを浮かべる。
「あるじゃねえか、高圧電流。」
徐々に雨足の強くなる空と、真っ黒な雨雲を見上げながらアルムは呟いた。