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錬金術師の花嫁  作者: KUMA
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11話【帝国の機械工学】

翌日、アルムは再びタルコスの町で本を探すことにした。昨晩はあの後4冊目の本を読んだが、結局目新しい情報は得られなかった。一応まだ本は残っているが、それはオニークスに帰った後でも読むことはできる。わざわざ港町まで遠出してきたのだから、できればもっと有用な情報が欲しい。そう思ったアルムはもう一度町を隅々まで見て回ることにした。


徹夜してしまったので若干眠いが、昨日はここに来るまで半日馬車の中で熟睡していたため、体力的にはそこまで辛くはない。あくびをしながら大通りを歩いていると、十字路に人だかりができているのが見えた。


「ん?なんか騒がしいな。」


近寄ってみると、どうやら道の真ん中に大きな機械が鎮座し、その周りに人が集まっているようだった。車輪の付いた機械は一見すると馬車のようにも見えるが、手綱を引くための御者台も無ければ馬もいない。おそらくは、機械工学の発達したムート帝国製のものだろう。


アルムは近くの漁師らしき男に状況を尋ねた。


「なあ、何かあったのか?」


アルムの問いかけに、漁師の男は大きな機械のすぐ側にいる男性を指差しながら答える。


「あの男が動く機械に乗って道を横断していたんだが、どうやら機械が潮風にやられて壊れてしまったみたいなんだ。」


それを聞いてアルムは納得した。機械工学は専門ではないが、機械のような鉄製の道具は海水や潮風にさらされると錆びてしまうというのはよく知っていた。


原因は海水に含まれる塩化ナトリウム、つまり食塩だ。正確に言えば、塩化ナトリウムの塩化物イオンが水と共に鉄の表面に付着することで、鉄がボロボロになってしまうのだ。


この手の問題であればむしろ錬金術師の専門分野だ。困っている人間を見捨てるのも後味が悪いので、助けてやることにした。


「ちょいと、ゴメンよ。」


周りで見ている人をかき分け前に出たアルムは、機械の側にいる男性に近寄って声をかける。


「おっさん、鉄がダメになってるのか?」


男性はアルムの声に気付き、振り返る。男性は白衣のような作業着のような服を着ており、年齢は35歳前後といったところだろうか。アルムの質問に対し、苦笑いしながら答える。


「あぁ、そうなんだよ。直したいがあいにく今は道具が無くてね。迷惑になるから早めにどけたいんだが…」


「鉄を元通りにすればいいんだろ?なら任せろ、俺は錬金術師だ。」


「本当か?それは助かる、こっちに来てくれ。」


そう言って男性はアルムがいた方からは見えなかった大きな機械の裏側へと案内する。裏側では誰かが機械の蓋を開け、中を見ているようだった。


「ベガ、どうだ?」


「歯車が2つほど駄目になっているようですが、それ以外は今のところ大丈夫そうです、御主人様。」


アルムはベガと呼ばれた人物の方を見る。が、その人物を見た途端にアルムは驚き、思わず目を見張ってしまった。


「人形が…動いてる?」


唖然とした。喋り方こそ人間らしさが感じられたものの、外見は無機質でどこからどう見ても人形としか思えなかった。しかもその人形らしき人物は自在に手を動かし、あまつさえ会話までしている。最初は録音したものかと思ったが、先程のやり取りを思い出すとどう考えても会話が成立していた。


アルムは呆然としていたが、その隣で急かすように男性が言う。


「少年、助けてもらっている立場でこんなことを言うのも何だが、できれば早く作業に取りかかってもらえないだろうか?」


「あ、あぁ…すぐに始めるよ。」


気になるところではあるが、まずは問題解決が先だ。機械へ近付き中を見ると、その中に明らかに変色してしまっているとわかる歯車があり、少し欠けている部分もある。


「この鉄の歯車を元に戻せばいいんだな。」


直すべき場所がわかったアルムはアルケミーグローブを起動し、手早く術式を書き込む。


「塩素を取り除いて…イオン化した部分の電子を…」


術式を書き終えると、色の変わってしまっている歯車に手を触れる。歯車は瞬く間に元の色を取り戻し、錆びも綺麗になる。


「歯車は直ったぞ、これでどうだ?」


「本当か?よし、試してみよう。」


男性は機械の横に付いている扉を開けると、上半身を突っ込んで何やら作業を始めた。少し待っていると、機械が大きな音を立て振動し始めた。


「素晴らしい、動いたぞ少年!」


喜ぶ男性の声に、周りで見ていた人々は思わず拍手する。男性は機械の扉を閉めると、改めてアルムに礼を言う。


「いや、助かったよ少年!何と礼を言ったらよいか…」


「あくまで応急処置だ。歯車自体もそんなに寿命は長くなさそうだから、後でもう一回確認した方がいいぞ。」


「ご忠告、感謝する。」


男性とアルムのやり取りを見て問題が解決したのがわかったのか、それまで野次馬のように事の成り行きを見ていた周囲の人々も散り散りになり始めた。




アルムは先程自分が直した機械を観察するように見ながら男性に言う。


「それにしても大きな機械だな。」


それに対し、男性は身振りを交えながら説明した。


「これは“車”という機械だ。まぁ簡単に説明すると馬の代わりに別の動力を用いて動く馬車といったところか。」


「へぇ、車。」


少し適当な返事をする。興味がないわけではなかったが、アルムにはそれよりももっと気になることがあった。


「コレは、人形…だよな?」


男性にベガと呼ばれていた人形を指差しながらおそるおそる尋ねる。どう見ても人形なのだが、もしかしたら魔法由来のものかもしれない。少なくとも明らかに人間ではない無機質なそれが、アルムはずっと気になっていたのだ。


「おや少年、キミは『機械人形ドール』を見るのは初めてか?」


「ドール?」


初めて聞いた言葉だった。もっともアルムはムート帝国に行ったことは一度もない上に、オニークスはムート帝国との国境からはかなり離れているため帝国からの行商人や旅人に会う機会など全くと言っていいほど無い。


アルムの質問に対し、男性が答える。


機械人形ドールとは魂を宿し、意思を持った機械仕掛けの人形のことだ。」


「機械に魂を宿すことが可能なのか!?」


その事実にアルムは驚きを隠せなかった。それについて聞かれた男性は少し困ったような表情を浮かべる。


「そうだなあ、機械人形ドールの仕組みを話すと長くなってしまうんだが…」


そこまで言いかけて、男性はふと思い出したように笑顔で右手を差し出してきた。


「そういえば自己紹介がまだだったな。私の名はオーヴィル。ムート帝国で機械工学技師をしている。」


「錬金術師のアルムだ。」


差し出された手を握り返す。握手を済ませると、男性…オーヴィルの方からある提案を持ちかけてきた。


「ここで立ち話をするのも何だ。この車を置くために私が借りている倉庫まで一緒に来ないか?少しばかり謝礼も出せるぞ。」


それはアルムにとって嬉しい誘いであった。願ってもないチャンスにアルムは即答する。


「謝礼は別にいらないけど、それより機械人形ドールの話をもっと聞かせて欲しい。」


言葉の通り謝礼はどうでもいいのだが、魂を宿す人形である機械人形ドールに関する話は是非とも聞いてみたかった。もしかしたらその仕組みや成り立ちが、ホムンクルス…ひいては死者の蘇生に役立つかもしれないと考えたのである。


「ほう、どうやら君も根っからの学者肌のようだな。」


分野は違えどやはり同じ科学に精通する者であるためか、オーヴィルは機械工学に興味を持ってもらえたことが嬉しいようだった。


「それじゃあ決まりだな。後ろの席が空いている、乗りたまえ。」


そう言って車のドアを開ける。アルムが中に入るのを確認すると、オーヴィルは車の前部分の左側に、ベガは右側に乗り込んだ。どうやらオーヴィルの座っている席にこの車を動かす装置が付いているようだ。


「それじゃあ出発するとしようか。」


オーヴィルがそう言って足下で何か操作すると、車はゆっくりと動き出した。

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