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錬金術師の花嫁  作者: KUMA
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9話【ホムンクルス】

シルヴィアの葬儀から数日が経過した。街はいつもと変わらぬ姿を見せてはいるものの、多くの人々はまだ暗い雰囲気を完全にはぬぐい去れないままであった。


特に僅か1年の間に師匠、恋人を立て続けに亡くしてしまったアルムの事を心配する人々が多く、一部では工房を閉鎖するのではないかという噂まで広まっている始末である。事実、ここ数日アルムが工房を閉めていたのもその噂に拍車をかけていた。




宿の女将であるメリアスも、しばらく工房に篭ったままのアルムのことを心配する日々を過ごしていた。本当は工房まで足を運んで声をかけたいところだが、今のアルムにとってはそれすら逆効果になるのではないかという不安もあり、どうすることもできずにただ待つしかなかった。




だが、その不安は思わぬ形で取り除かれることになる。


「こんちわ、おばさん。突然で悪いけど何か食わしてくんないかな。」


急に宿屋の扉が開き、アルムが入ってきた。驚いた女将は質問には答えずいきなりアルムの肩を掴み、逆に聞き返す。


「アルムちゃん、大丈夫かい!?何日も工房から出てこないから心配したんだよ!」


「ん?ああ悪い悪い、ちょっと調べ物してたら時間忘れちゃってさ。」


女将の心配とは裏腹に、アルムは若干眠たそうなことを除けば割と普通の様子であった。もっとも、女将の勢いに少々困惑した表情ではあったが。


その様子を見て、女将はひとまず安堵する。


「アルムちゃんがいつも通りみたいで本当に良かったよ。何しろシルヴィアお嬢様があんな…」


だが、女将は言いかけて気付いた。今のアルムに対してシルヴィアの名前など出すべきではなかったのに、安心しきって気が緩んだのか思わず口にしてしまった。軽率だったと口を押させる女将に対して、アルムから返ってきた答えは意外なものだった。


「塞ぎ込んでいじけてたら、それこそシルヴィアに何言われるかわかったもんじゃねーからな。」


それを聞いた女将は安心してチカラが抜けたのか、思わず目を閉じて胸をなで下ろす。だが、アルムは少し困ったような表情で言葉を続ける。


「それよかおばさん、腹減ったんだけど…。」


「ああ、そうだったね。サンドイッチでよければすぐ用意できるけど。」


「あ、じゃあそれで頼む。」


言われて女将はすぐ厨房に向かう。アルムはすぐ横のテーブルに座って待つことにした。


宿屋『白い子羊亭』には酒場も設置されており、接客などはバーテンダーの夫が、料理は女将のメリアスが担当している。もっとも酒場の仕事は夜がメインなので、バーテンダーの夫は昼間は山菜採りや猟に出ていることが多い。


数分も経たないうちに女将が厨房から出てきた。手に持った皿にはハムサンドと切ったオレンジが乗せられている。


「ありがとう、おばさん。」


アルムは皿を受け取ると早速食べ始める。先程からずっと思っていたよりも明るい様子だったので、女将は思い切って聞いてみた。


「アルムちゃん、ここ最近ずっと工房閉めてるみたいだけど、閉鎖したりはしないよね?」


「閉鎖?しないけど。」


サンドイッチを食べながら当たり前のように答える。どうやら女将の心配は杞憂なものであったようだ。


「ああでも」


だが、アルムは言葉を続ける。


「明日から2、3日は街を離れるから、あともう数日は閉めたままにするつもりだよ。」


何をしに行くのか、など色々聞きたいことはあるものの、女将にとっては些細なことであった。とにかく心配事は全て解決したので、今はそれだけで十分だ。


最後にオレンジを平らげると、アルムは皿を女将に返す。テーブルの上に代金を置き、帰る用意を始めた。


「来週にはまた再開するつもりだからさ、もし用があったらその時また来てよ。」


女将にそう言い残し、アルムは宿屋を後にした。






アルムがここ数日間にわたって工房を閉めていたのは、師匠の遺した書斎で錬金術に関する本をひたすら読みふけっていたからであった。


今も彼は1冊の本を読んでおり、机の上にも数冊の本が積み上げられている。そしてどの本の背表紙にも『ホムンクルス』という単語が書かれていた。


アルムは本に書かれている内容をひたすら読み上げながら、その都度重要な事を紙にメモしていく。


「フラスコの中に馬糞を入れ…血液を…でもこの方法だと出来るのは小人サイズのホムンクルスなのか…」


ホムンクルスとは、錬金術によって作られた人造人間の事だ。錬金術の中でも極めて難しい技術であるとされており、また錬金術における1つの集大成としても扱われる。


しかしアルム自身、ホムンクルスなどこれまで全くと言っていいほど興味が無かった。


そもそも錬金術師がホムンクルスを製造する目的は大抵、錬金術師としての名声が欲しいか、単に自分の助手として扱う為のホムンクルスが欲しいかである。どちらもアルムにとっては必要のないものであった。


ただ、今は少し事情が違う。どうしてもホムンクルスの製造方法を知る必要ができたからだ。


「ホムンクルスの製造に成功した錬金術師は歴史上に何人もいるみたいだけど、流石に死者の蘇生に応用したっていう例は無いみたいだな。」


アルムはホムンクルスの技術を利用して死者の蘇生ができるのではないかと考えた。目的は勿論、シルヴィアを蘇えらせることに他ならない。


しかしホムンクルスに関するどの本を読んでも、死者の蘇生に関する記述は全くと言っていいほど記載されていない。もっとも、その理由自体は明白であった。


「『禁術』だから当たり前か。」


この世界では主に3つの技術が研究されている。北のムート帝国で発達した機械工学、西のアトランド王国で生活の基礎にもなっている魔法、そしてこのオニークスが属している南のレムリアル共和国で盛んに研究されている錬金術だ。


これら3大国はそれぞれ独自の技術で発展を遂げてきたが、どの国でも昔からあらゆる技術による死者の蘇生は大昔から禁術とされていた。


理由に関しては生命の理を曲げるだの、倫理的に問題があるだの諸説あり曖昧ではあるが、とにかく死者の蘇生は万国共通で重罪とされている。






アルムは数日かけてホムンクルスに関する本を読み解いたが、結局死者の蘇生に関する情報は全くと言っていいほど得られなかった。


とは言っても収穫が無かったというわけではなく、必要としていたホムンクルスの製造方法や特徴に関しては大方知ることができた。製造の方法については錬金術師によって様々だが、どのホムンクルスにも必ず以下のような点が共通しているらしい。



・ホムンクルスの身体構造は人間と全く同じ

・ホムンクルスは生まれながらにして様々な知識を持っている

・ホムンクルスは自分を生み出した人間を主とし、付き従う



ホムンクルスに関する本を一通り読み終えたアルムは、読んでいた本を閉じると机の上に積まれていた数冊の本と一緒に本棚へしまう。


「製造方法自体は大体わかったな。次は…」


そう言って今度は机の上に大きな紙を広げ、一心不乱に何かを書き始めた。


「計算しなきゃならないのは身長、体型、髪の色、瞳の色、血液型…」


黙々とペンを走らせていく。瞬く間に紙の上から下までを何かのリストが埋めた。しかしアルムの手は止まらない。今度は先程書いたばかりのリストの横に記号や数字を書き込んでいく。


「それらを必要な元素の量に当てはめるとすると…こんな感じか。」


ペンを置き、紙に書いた内容を上から確認する。アルムがたった今書き上げたのは、ホムンクルスを生前のシルヴィアと同一にする為に必要な要素だった。


大まかに言ってしまえば、身長や髪の色を生前の彼女と全く同じにするために必要な材料の量など計算だ。


「何年かかるんだ、この計算?」


必要な計算を全て合わせると、ざっくり見積もっただけでもとても数日で出来るような量ではなかった。しかもミリ単位の間違いも許されない計算である。


普通の人間であればこんなとてつもない膨大な量の計算などやる前に諦めてしまうかもしれないが、今のアルムは違った。


「地道にやるしかなさそうだな。」


書き終えたリストを折りたたみ、机の引き出しの中にしまった。しかしその後、これまでテキパキと作業を進めていた筈のアルムの手が急に止まってしまう。


椅子に座ったまま腕を組み、考え込んでしまう。


「ホムンクルスの製造方法は大体わかったけど、これだけじゃダメなんだ。」


別にアルムはホムンクルスが作りたいというわけではない。あくまでも目的は死者を蘇らせることであり、ホムンクルスはその手段に過ぎないのだ。


そして死者の蘇生にはもう1つ重大な要素が欠けていた。だが、生憎そちらは今のアルムにとってはどうすることもできない問題であった。


アルムは立ち上がるともう一度本棚の方へ歩み寄り、1冊の本を手に取って開く。背表紙には『死霊術』と書かれていた。

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