いただきます
・カニバリズム表現があります。
・おかしい人の視点です。
「君だって本当は灯が好きだから殺した。憎んでなんかいなかった。
だから眼球も脳みそも心臓も全部全部全部全部全部食べれたんだろ?まぁ半分は俺が食べたんだけど。
誰にも知られずに殺せば、行方不明になった灯は五年十年二十年と時が経って皆忘れてしまうからね。
殺した本人は食べちゃったわけでずっと一緒でいるから忘れるなんてことはない。四六時中一緒にいる物を忘れたりなんてしないだろ?
そういう意味では忘れないようにするために殺したのかもね。
ん?違うな。忘れたくないから食べれたのかなぁ。なかなか忘れられないものだよ人殺しも人食いも。
だって普通はそんなことしないし。そんなことする人は一種の異常者。そんな願望を持つ俺も異常者だと思う。
こんなこと考えといて普通だと言うほど世間知らずじゃないし、これが普通だったら世界は相当イかれてる。今の人口問題も食糧難もとっくに解決してるよ。…ところで君は俺にだけ喋らせるつもりなの?さっきから何も言ってこない。喋るのも億劫かな。食べ過ぎで。」
特に何も言わない。こっちがずっと喋っている一方的な言葉は君に届いているのかな。
「君は、灯を食べちゃったね。」
微かに反応があった。小さな声で肯定する声が。
「俺だって灯が好きだったんだよ?本当に、食べちゃいたいくらいに。」
「……ぁ…ぅ…」
また、小さな声が聞こえた。
「ほら、俺たち友達じゃない。灯と俺と君で3人、近所でも有名な仲良しでさ。今だってそう思ってるけど君は違うの?どんな友達よりも最優先するべき友達だと思ってたんだよ。君も灯もね。
なんでって、約束じゃないか。ずっと3人で友達だって。それに君と灯は俺にとって最愛の2人だ。それ以上望むのは贅沢ってものじゃないかな?例え愛情の大きさに差があったって。俺は2人を愛しているよ。」
これだけは変わらない。不変だ。
灯が好きだ。気だてがよくて器用な灯が好き。
遊慈が好きだ。優しくて誰にでも平等な遊慈が好き。
「遊慈?」
「辛い…から…死のう…と…した。」
今度はさっきとは比べ物にならない位はっきりした、でもまだ弱弱しい声が聞こえた。
「片思いは…もう…辛い…から…独りで…死ぬのは…嫌…だから…二人を道連れに…しようと…した…。道連れにしよう…として…最初に殺した…のが…灯だった…それだけ。別に…獅良…からでも…良かったん…だ…。灯…ごめん。」
あぁ、なんとなく想像通りだった。
寂しがり屋の遊慈は、独りでいるのが怖かったんだ。だから殺しちゃったんだ。
けど、遊慈は優しいから、殺してしまった灯に対してすまなさそうにする。
全部、想像だったんだけど、本当にそうだったんだ。
俺はちゃんと、遊慈のこと、解ってたんだ。解ってないなんてこと、ない。
「俺と灯は親友だから?」
首だけ動かして肯定した遊慈を、俺はそっと抱きしめてみた。
冷たくて、気持ちいい。
「俺は道連れにされてもよかったよ。」
「バイ…なんだな。」
「こんなのを恋愛感情というのなら、すべての恋する乙女に謝らなきゃね。」
恋愛にするにはあまりに不純過ぎる思いだ。
でも、愛情よりは純粋な想い。
さっきよりも鮮明に聞こえてきた遊慈の声を聞きながら、俺はもう一度彼に尋ねた。
「話をうんと前に戻すけど、小食の遊慈が灯を半分も食べれたのは、死んでも灯を忘れたくなかったから?」
「…そうなのかも。」
忘れられるのは怖い、だけど、死んで忘れるのも怖い。
俺が思うに、遊慈は三人の中で一番憶病なんだ。
俺は遊慈が死んだって忘れたりしなかったと思うし、俺が死んだって二人を忘れたりしない。きっと灯もそう思ってくれるだろう。今となっては、ありえない話だけど。
「遊慈。そんな怖がらなくて、良かったんだよ?」
「でも俺、怖く、て。」
「うん。不安だったんだね。でも、もう大丈夫だろ?」
『うん』と返事をする遊慈。その声ははっきりと聞こえてきている。いつもどおりの音量で。
「御馳走様。さて、後片付けしないと。」
後ろの扉からがたがたと騒々しい音が近づいてくる。
人の家に無断で入るなんて、本当に、どうかしてるよあいつら。
「遊慈っ!笹お…か…。」
「富田君!見つかった!?」
「高田っ見るなっ!!」
「え…?…ひっ!い…いやぁあぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁあぁぁぁぁああぁっ!!!!!!!」
あぁ、五月蝿い女だなぁ。人様の食卓見てそんな甲高い悲鳴を上げるなんて。近所に迷惑だろ?五月蝿い上に馬鹿だなんて、救えないね。それで灯の友達だなんて、灯には合わないよ。灯にはもっと物静かで賢い女の子が良いに決まってる。だから、高田由香は嫌いなんだ。灯に釣り合わないくせに当然のように灯の親友なんて位置に居るなんて。おこがましいにも程がある。
富田…なんだっけ。そうそう、富田香月だっけ。こいつも嫌い。人畜無害そうな面の裏で遊慈を騙そうとする。可哀想に、遊慈はこんな男に騙されたのか惚れてしまって、『彼女持ちだっていうのにどうしたらいいんだろう』と相談に来たんだ。
その彼女が、灯だった。こいつは遊慈だけじゃなく灯も騙していたんだ。もしかしたら、高田より嫌いかもしれない。
どちらにせよ、遊慈よりもまずそうだなぁ…。
「笹岡…おまえ…遊慈を食ったのか?」
「だから?」
「っ…!狂ってる…っ!!」
「狂ってる、だってさ、遊慈。遊慈の好きな人にとって好きな人を食べることは狂ってることなんだって。」
「そう、なんだ。」
「俺としては、灯と付き合ってなお且つ遊慈にも色目使ったこいつの方が頭おかしいと思うんだけど。」
「色目…?てかお前誰と話してるんだよ!?遊慈は、お前が食ったんだぞ!!?」
そう。俺は遊慈を食べた。だから、もう俺にしか聞こえない。
灯と遊慈の声は俺にしかわからない。
「これは遊慈の望みだ。叶わない恋から逃げたくて、でも一人じゃ逃げられないから俺と灯に一緒に逃げてもらいたかった。なら、俺が灯を食べた遊慈を食べれば万事解決だろ?これで三人離れることなく、遊慈は辛い思いをせず、灯はお前に騙されず、俺はずっと二人といれて、一石二鳥ならぬ一石三鳥だ。」
「遊慈の望みだ?ふざけんじゃねぇっ!お前、遊慈がなんて言ってたか知ってるか?“獅良が怖い”って言ってたんだぞ!?何時もの、昔の獅良は何の躊躇いもなく人を食ったりするイカれた奴じゃなかったって!お前おかしいよ…!何の躊躇いもなく幼馴染を食うなんて…どうかしてる…っ!!」
「君たちって本当に馬鹿。好きだから、何の躊躇いもなく食べれるんだよ?ねぇ、遊慈。」
「そうだね。」
「…っ…くそっ!」
「さて、二人とも、邪魔だから帰ってくれないかな?それとも、後片付け手伝ってくれるの?」
「い、やぁ…灯…一之瀬君…っ!」
座りこまれても、邪魔なんだけど。
いっそこいつも殺しちゃおうか。灯のお気に入りだし、一緒にしちゃおうか。
「ねぇ、灯。どうする?」
「これ以上食べたら、お腹壊すわよ?」
「それも、そうだね。」
あんな女、食べてくれって言われたってこっちから願い下げだ。
それに、流石の俺も、遊慈の分で腹いっぱいだし。
でも、遊慈で満たされてることは、すごく幸せ。
「…わかった。帰るよ。でも、最後に一つ聞いていいか?」
「どうぞ?」
「お前、もしかして遊慈のこと好きだったんじゃないか?だから、幸せなんだろ?」
「…あ。」
そう言われて、すんなりと納得してしまった。
確かに、灯よりも遊慈の方が美味しかったし、遊慈を食べた時の幸せは、灯を食べた時には感じなかった。
つまり、俺が富田を嫌っているのは、遊慈を夢中にさせていたから。
遊慈を、独り占めしていたから。
「そっか、そうだね。気がついたよ。有り難う富田。だから俺、富田が嫌いなんだ。」
「そりゃどうも。」
「お前とはもう二度と会わない。遊慈には勿論、灯にも会わせてやらない。お前には二人ともやらない。」
「そうかよ。」
「…質問はこれだけ?じゃあ帰って。」
「そうする。高田、立てるか?」
「灯…一之瀬君…灯…灯…灯…!!」
虚ろな目をした高田を、富田はおぶって帰って行った。
さて、これからどうしよう?
END