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アイツの構想を正確に把握してるのは、多分世界で私だけだと思う。
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アイツ、上村恭太が姫乃の前に現れたのは二人が幼稚園の時。
私が小学2年、姫乃が年中。
そう8歳ほどの私でも記憶にしっかり残るほど鮮烈な登場だった。
引っ越してきて、初めてうちに遊びに来たとき、あっけにとられた。
ひめと一緒に帰ってきて、玄関で靴を脱いで、ついとあげた顔を見て、その整った子供らしくない品のある眼差しに射ぬかれた。 ちゃんとズボンをはいていたのにしばらく女の子だと思ってた。
その時は「すっごいかわいい子」っていう認識だったけど、今にして思うと別次元の人間のようだったのよね。
そんな子がひめには最初からなつきまくりだった。
姉の私から見ても、当時のひめは特にこれといった特長があるわけでもなく、恭太だけを特別やさしくしてたわけでもなかったのに。
逆に言えば、ひめは誰とでも仲良くなって遊んだりしてて、恭太が機嫌悪くしてるのはよく見たけど。
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「で、なんだって今さら元に戻った?」
久々に家に帰ったら、姫乃と恭太の濡場に遭遇…まあ、濡場ではなかったのだが…して、焦る恭太をひっぺがし、そのまま駅前のファーストフード店に引きずり込んだ。
「あやのさんもたいがいシスコンだよね」
だいぶ落ち着きを取り戻した恭太を改めて見る。今までのステルス恭太を見慣れてたが、元々あの美少年だったのが成長したらここまでイケメンになってたのか、と今までのステルスっぷりに呆れる。
素の恭太は、ファストファッションの白いコットンシャツに裾を短くまくったジーパン、というラフな格好で紙コップのコーヒーを飲んでるだけでも、格好いい。そして周りがうるさい。
「自分でここに連れてきておいてなんだけど、場所変えない?」
「なんで?」
「はー…、自覚ないの?それとも神経図太いだけ?こんなに周りがわさわさしてる中で、落ち着いて話聞けないわよ」
恭太が店内に入ってから、女子高生たちやOL、はてはおば様方の視線がチラチラこちらに刺さって痛い。
なのに恭太は別段気にした風でもなく、サラリと言ってのけた。
「ひーちゃんの目線以外ゴミ」
しんらつー。
周りに聞こえてないようなので、まだ良かったが、こんな態度でひめの周りに接しているのかと思ったら、ひめの気苦労が見えた気がした。
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小学生になるとますます美少年さに磨きがかかり、周囲から浮きまくりだった。
その浮きまくりの美少年がずーっとくっついてはなれないので、ひめは女子達から遠巻きにされてた。
そして事件はおきた。
遠巻き女子達の中でも、特に気の強い女子数人がひめにつっかかってきたのだ。
まあ、ありがち展開よね。
でもありがちでなかったのが、ひめは校舎の4階から落とされたのだ。
そして事件が起こってから私は気づいた。これは恭太の想定の範囲内だったということを。
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「一応、これでも焦ってんの」
ふてくされたように呟いた恭太をまじまじと見る。
「焦る?恭太が焦ることなんて何もなさそうに思うけど?」
周りから見ても姫乃は恭太のことが好きだ。
家族ですら、うちの父ですら分かってるのに、なんでこの子達はシンプルに行かないのだろう?
「今まではさ、周りから俺とセットで見られてたじゃん」
「そうね。あんたが並々ならぬ努力でそう仕向けてたしね」
「大学行ったら、モテるんだよ。姫乃」
めちゃ、嫌そうな顔して言ったな。
「あー、わかるー。すごい美人とかではないけど、一見ぽやんとした普通の子って案外モテるんだよね。しかも姫乃人あたりいいし」
「そう。だから軽いナンパ野郎っていうより、マジな奴が多くて」
「うん?多くて?」
「地味俺が言っても牽制にならなくなってきて、そのたびにいちいち素を出して追い払うのがめんどくさくなってきたのと、」
「あんた、そんなことしてたの?」
呆れつつ突っ込むが、確かに素の恭太に牽制されたら大抵の男は引くかも…。
「地味俺に慣れてすぎた姫乃に、ちょっと…意識してもらいたかったっつーか……」
「ぶっ…!い、意外とかわいいとこあるじゃない!」
それでふてくされた態度だったわけか。とはいえ私は知ってる。この男はこんなかわいらしい一面も持ってるが、本性は真っ黒黒の腹黒王子だということを。
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二人して落ちたのに、あちこち骨折して脳震盪をおこして長く入院したのは恭太の方だった。
打撲や擦り傷はあったものの、姫乃の方がはるかに軽症で、恭太が全身全霊で姫乃を守ったのだということを周りは目の当たりにした。
姫乃はそれを分かってたのか、最初は半狂乱で意識のない恭太から離れようとしなかった。
だんだん落ち着いて、自分も自由に動けるようになってからは時間のある限り恭太のそばにいた。
まだ10歳の子供だけを病室に置いておくわけにもいかず、母と私とで交代で姫乃に付き合った。
恭太が意識を取り戻したのは、丁度私と姫乃が病室にいる時だった。
目を開けて、恭太が最初に見たのは姫乃。同じ病室にいた私には目もくれず、まっすぐ姫乃しか見てなかったように思う。
無言で目に涙を貯めた姫乃に、恭太も無言で手を伸ばす。
映画のワンシーンを見てるかのように、二人はゆっくり抱きしめ合った。
その時、私だけが見ていた。
恭太のとけるような微笑みが、どす黒く陰湿な闇をまとった微笑みに変化するのを。
その時に確信した。
恭太は姫乃がこうなることをわかってた。
まさか落ちることまでは想定してなかったと思うけど、全力で守られて惚れないわけない。それまでだって姫乃は恭太に好意を寄せていたのに、更に強烈に磁場を強くするように、姫乃が自分から離れられなくなるように仕向けたのだ。たった10歳だったくせに。
私はこの時初めて人を「怖い」と思った。