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今ならわかる。あれが常軌を逸していることだったと。
でも、今の私でも同じようなことをしそう。それが怖い。
怖い、と思えるようになっただけマシなのか、大人になったのか、臆病になったのか…。
*****
幼いながらも、一目見た時から、恭太にひかれた。
どこが好き、とか理屈はなく、ただただその存在に強烈に引き寄せられたのだ。
そんな存在は多分、私だけでなく恭太に会った人は多かれ少なかれ彼にひかれてきたと思うけど、私が違ったのは恭太も私に好意を抱いてくれたこと。
小さい頃は子猫の兄妹のように、二人でくっついて遊んでいればそれだけで満たされていた。
それが段々と崩れていったのは、小学生になり恭太の容姿にますます磨きがかかって、周りがほっとかなくなってきた頃。
本人には自覚がなかったみたいだけど、その頃の恭太は美少年と呼ぶに相応しく、整った輪郭にすっと通った鼻筋、睫毛がビッシリ生えた明るめの茶色の大きな瞳はちょっと外国の血が混ざってるかのようで、幼さの残る中に見え隠れする大人になりかけていく危うさを含み、見るものを無自覚に引きずり込む魅力があった。
ダメ。それは私の。
自己中心的なワガママだと、まだその時はハッキリとわかってなかった。
でも、この気持ちを恭太に押し付けたら、嫌われる、とは思ってた。
だから、ずっと黙ってた。我慢してた。
恭太がずっと私のそばにいて
「ひーちゃん、かわいい」
と言ってくれれば、他の人がどうしようがどうでも良かった。はずだった。
どうでもいい、と思ってたつもりだったけど、見えないように蓋をしてた気持ちは、私も知らないうちに濃度を増して溜まってゆき、醜く歪んでいった。決壊が近いことも気付かずに。
*****
ベッドの上から伸びた手が腰をつかみ、軽々と持ち上げられて、そのままベッドに座ってる恭太の膝の上に横抱きに座らされた。
なっ、なにこれ。すごい恥ずかしい。
頬に手がかかり彼の方に向かされ、目線を合わせられる。だからこれ、逃げられないやつだってば。
1度見てしまったら、艶やかに笑うその顔から目が離せない。
「俺と会うの、嫌?」
同じ質問をもう一度された。しかもわざと変えた声色は、さっきのさりげなさを装ったサラリとしたものではなく、艶めいた低音で、耳元でなくても腰にゾワリと来た。
目線を合わせたまま、嘘がつけない。小心者の自分が情けなくなる。
しかも、そんな私を恭太は熔けそうな目で見てくる。こ、これは解ってる。しかも面白がってる!
「もう、いいじゃん。俺がいいって言ってるんだから、こっちに落ちてきな」
言いながら抱きしめてくる。
「やめて……私は…ダメなんだから…」
それを押し返しながら、か細い声で言っても説得力ない。
素の恭太に戻った今、またあの時のように周りが恭太をほっとかないだろう。
「恭太の…そばにいるのが怖い」
一瞬、恭太の体がびくりと揺れた。
「怖い?また、あの時のような目に会うのが?」
違う。あの時のようになることが、じゃなくて、あの時の自分になるのが…
「ひめのー!恭太のせいで大学休んでるんだって!?」
突然バタン!と開かれたドアから勢いよく長い髪をなびかせて入ってきたのは
「綾乃お姉ちゃん!」
「あやのさん…。」
「………………」
ドアノブに手をかけたまま、片足を部屋に入れて固まるお姉ちゃん。そしてベッドの上で抱き合って座ってる私達…。
「きょ~う~た~あ~!!」
一番先に我を取り戻したのは綾乃お姉ちゃんだった。