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ずっとこのままで  作者: キョウ
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その日は朝から事のおこりを予言するかのようにどんより雲っていた。


 小学校の校舎は四階建てで、当時五年生だった俺の教室は2階だった。

 たった2クラスしかない学年なのに、なかなか姫乃と同じクラスにならなかったのは、教師達にも俺らの関係が奇妙に映っていたからなのだろう。

 休み時間になると、俺はすぐ姫乃の所に行く。特に何をするでもなく、昨日のテレビのことをしゃべったり、つまらない授業を愚痴ったり、友人なら普通の会話だ。けれど、休み時間のたび、毎日、何年も二人でいたのを心配されてたのかもしれない。

 なまじっか俺の見た目がこうだから、周りから奇異の目で見られた。

 それは大人も子供も同じで、子供はより顕著に態度に出して来る。もちろん矛先は姫乃だ。

 それまでも俺の見えない所で、ちょこちょこといじめられていた姫乃は、それを俺に言わなかった。

 薄々気付いてはいたけど、姫乃が何も言わないのをいいことにそのままにしていた。多分、俺が事を荒立てても、その後もっと姫乃の風当たりが強くなるだろうと分かっていたし。

 だから、数日前から同じクラスの女子数名が不穏な空気でいることに気付いてはいたけど、無視していた。


 二時間めの休み時間、生き物係の俺は姫乃の所に行く前に、教室に付いてる小さなベランダで栽培してる植物に水をあげていた。

 と、上の方から声が聞こえる。

 ベランダは2階ごとに設置されていて、その声は4階のベランダにいる人のものらしかった。

「4階って…、音楽室?」


 何かもめてるような会話が、風に乗って途切れ途切れに聞こえてくる。その中に聞き覚えのある声があった。その声を確かめるべく上を向いたその時、

「きゃあ!」

 短い悲鳴の後、彼女が落ちてきた。


 *****


 姫乃の実家につく頃にはもうすっかり日が落ち、あたりは真っ暗になっていた。

 俺は玄関を通りすぎ、母屋横の庭の、おばさんが丹精込めて作りあげたハーブガーデンを通り抜け、裏口へとまわった。

 勝手口をコンコンと叩くと、開いたドアから白い手だけが、ヒラヒラと招き入れてくれた。

「ごめんねぇ。姫乃がまた迷惑かけて」

 中に入るとなぜか小声でおばさんが話しかけてきた。

 三人も娘がいるとは思えないほど、華奢できれい目なお姉さんのような姫乃のお母さんは、昔から俺に協力的だった。

「恭ちゃんが来ても入れるな、って言われてるんだけど、それじゃ仲直りも出来ないじゃない?チャイム押したら来客ってバレて逃げられるからこっちに周ってもらったのー」

 おばさんは、俺らがちょっとしたケンカをしてこうなってると思ってるらしい。メールの指示通りに来た俺を、何の不審もなく入れてくれた。

「すいません、ちょっとこじらせちゃって」

 こちらも小声で対応する。

 おばさんは2階を指差し、健闘を祈る、とばかりに親指を立てた。

 それを見て、勝手知ったる他人の家よろしく、俺はまっすぐ姫乃の部屋に向かった。


 コンコン。

 さすがに女子の部屋に無断で入るわけにいかないので、控えめにノックした。

 しかし、返事がない。物音もしないので、不在覚悟でそっとドアを開けてみた。

 煌々と電気の付いた部屋で、姫乃は着替えもせずベッドの上で寝ていた。

 小さい頃は勉強机とベッド、姫乃が気に入ってる猫足のチェスト、ぬいぐるみが詰まったバスケットが窓辺にあって、ピンクと白でまとめられたかわいらしい部屋だったのが、今はベージュと白の色合いで、勉強机はなく、猫足チェストはそのままに小さい鏡台に俺が子供の頃あげたぬいぐるみが1つあるくらいのシンプルな部屋になっていた。

 そっと近づきベッドに腰かける。その寝顔を見て、頬にひとすじかかっていた髪をどかしてやる。

 そのまま額の前髪をかきあげた。右の生え際にうっすらと残る俺と同じ傷後を見つけたら、つい顔がにやけてしまう。

 その傷後に唇を寄せる。

「姫乃」

 耳元で名前を呼べば、少し肩をすくめ、身動ぎした。

「ん…」

「ひーちゃん、起きて」

「…ん?きょ…た?」

 寝ぼけてる。かわいい。

 このまま襲ってしまおうか、などと不埒なことを考えてたら、突然姫乃ががばりと起きた。と、その拍子に掛け布団ごとベッドの向こう側に落ちた。

「ひーちゃん!大丈夫?」

 頭から布団にくるまったまま動かない。

「ひめ?」

「……」

 何か布団の中で言ってるけど、くぐもってよく聞こえない。布団ごと引っ張りあげようとしたら、更に丸まった。

 しばし沈黙。

 姫乃が自分で出てくるまで待つことにした。

 鏡台のぬいぐるみを手に取り、しみじみ眺める。それは小学生の低学年くらいの頃に、姫乃の誕生日にあげた黒猫のぬいぐるみ。だいぶくたびれてきてるけど、埃もかぶっておらず、大事にされてるのがわかる。

「他の子はどうしたの?」

「…ボランティアに出した…」

 布団からではない声が後ろから聞こえた。

「なんでこの子だけ?」

「それは…気に入ってるから…」

 言い淀むくらいなら、そこは素直に俺からもらったから、って言えばいいのに。


 後ろを向けば、ベッドの向こう側で座り込んでる姫乃と目が合う。

「俺と会うの嫌?」

 と聞いたら、すぐ傷付いた顔をして泣きそうになるくせに

「も、会わなくて…いい…」

 目線を反らせて、口では絞り出すように反対のことを言う。

 まるわかりなのに。

 姫乃がおかしくなるくらい俺のことを好きなことは。

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