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ずっとこのままで  作者: キョウ
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 逃げられた。


 今度は姫乃が俺を避けだした。

 一昨日は大学を休んだらしく、昨日は最低限の講義には出て、俺と鉢合わさないように素早く帰ったらしい。


 まあ、迫ったら確実に逃げるとは思っていたけど、実際にやられると堪える。

 自分でやったことのしっぺ返しと分かっていても堪える。

 もう俺は彼女のそばでないと生きていけなくなってるのに。

 今だってそう、息苦しくて死にそう。


「上村くーん!ねね、今日はこのあと予定はないんでしょ?おいしいイタリアンの店を知ってるから一緒に行かない?」

 講義が終わるやいなや、同じクラスの派手めな女子が隣にべったりと張り付き、粘り気すら感じる言い方で話しかけてきた。

 こちらはまだ教科書やノートすらしまっていないというのに、腕に手を絡ませてくる。

 声をかけてきたのとは別の女子数名も周りに集まってきて、ウザイことこの上ない。

「今日は、いつも一緒の子といないじゃない?どうしたのかなって心配してたの」

「あ、でも、たまには別々になりたいよねぇ。そこんとこをやっと彼女もわかってくれたのかしら?」

「でも、何で今まで髪伸ばしてたの?今の方がずっと似合うし、カッコいいよ!」


 彼女達の化粧や香水の香りも辟易するが、今まで見向きもしなかったくせに見目が変わっただけで俺に媚びてくるその図太い無神経さに胃がムカムカする。

 姫乃を侮辱するような発言までして、俺の神経を逆撫でていることにまるで気づいてもいない。

 甲高い声をシャットアウトして無言で立ち去ろうとした、その時


「かーみーむーらー?ちょっといいかしらあ?」

「橘さん」

 腕を腰にあて、小柄で細身の体つきで目一杯威嚇して女子達の目線を跳ね返し、橘江奈が現れた。

 普段は姫乃がいるときくらいしか喋ったことがない彼女だが、この時ばかりは渡りに船と彼女の後に付いていき、難を逃れた。女子達の鋭い目線が彼女にグサグサ突き刺さってるのは申し訳ない気がしたが。


「頑張れって言ったよねぇ?どうなってるの?」

 いつものベンチに俺だけ座り、橘さんは仁王立ちで前に立っている。

 姫乃に気を使い、隣に座らない彼女の気づかいに好感が持てる。さっきの女子達とは大違いだ。

「ひめから何か聞いた?」

「聞いてたら上村に聞かないわよ。でも、しばらく雲隠れするからってメールは来たわ。あと、上村の動向を探れって」

 同じ学科の彼女に頼むのは確かに正解。

 でも意味はないかなー。

「これからひめんち行くから」

「!、彼女、実家よね?」

「うん、おばさんに、今から行くってメールした」

「うああ~、さすが幼なじみ。家族も掌握済み~!」

 感心したような呆れたような顔をして嘆く彼女に、改めて真摯な目で見られた。

「なに?」

「あのさあ、ひめに聞いたことあるんだけど、付き合ってないんだって?」

「ああ、そーゆー話?」

「私は高校の3年間しか見てないけど、ひめと同じクラスはもとより、違うクラスでも、隙あらばずーっと一緒にいて、更に聞いたら幼稚園からそうだって言うじゃない?もはやアンタの執念すら感じるんだけど、それで付き合ってないってどういうこと?」

 確かに、改めて言われるとそら恐ろしいくらいの粘着に聞こえる。

「俺の執念ね…」

 苦笑して答えると、彼女は少し違和感を感じたのか目を細めた。

「…もしかして、ひめの方なの?」

 今まで、姫乃の友人、くらいにしか思ってなかった彼女の鋭さにちょっと感心した。

「半分正解」

 ベンチから立ちあがりながら言うと、彼女は心配げな顔でまだ自分の疑問をぶつけようとしてくる。それを遮るように聞いた。

「橘さんはひめのこと好き?」

「えっ?そ、そりゃ友人だもん。心配するくらいは好きよ」

 照れはあるようだが、真っ直ぐ伝えてくれた。

「でも、私、感じるの。ひめからは一線引かれてるって。あの子、アンタ以外には一歩引いてる。なんで?上村なら知ってるんでしょう?」

 怖れも誤魔化しもなく真っ直ぐ聞いてくる彼女からは、本気でひめを心配する誠実さが見えた。だからこそ、軽々しく言えない。

「ひめが、()()()()()()()()()()好き?」

「え?」

 一瞬、固まった彼女をすり抜け、歩き出す。

「上村!」

 追いかけては来なかったので、片手を上げて返事の代わりにして駅に向かう。うん。彼女は見込みがありそうだ。


 夕暮れの中、駅まで続く商店街を早足で抜ける。

 本当は、遠回りになるけどもっと人通りのない道を行きたいとこだが仕方ない。

 チラチラと向けられる視線を無視する。

 おばさんからの返信には家にいる、とあったけど一刻も早く姫乃に会いたかった。

 橘さんの言った言葉を思い返して、ふと苦笑する。

 執念。

 まさに言い得ている。

 もう、囚われてどうしようもないのだ。

 多分、姫乃もそう。なのに彼女はあがく。俺はとうに溺れることを選んだというのに。どうやったらこちらに落ちてくるのだろう。

 二人で落ちていくあの時のように、至福と恍惚の絶頂を思い出すと自然と口許が緩む。

 この感情が歪んでいることは自覚しているつもりだが。

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