2 (挿絵有)
ふり返ると彼はいた。
瞳が隠れてしまうくらい長かった黒髪をバッサリ切って、ハッキリ見える目線と合う。襟足もスッキリ、今まで見たこともなかった筋ばった白い首筋をあらわに、見覚えのある二重の瞳でふわりと笑いながら、白樺の木の間に立っていた。
よくよく見ると、服装も今までと違う。
いつもヨレヨレのTシャツにサイズオーバーなチノパン、デッキシューズにダッサイ斜めがけの帆布カバン、という格好だったのが、仕立ての良さげなカーデにTシャツを合わせ、同じチノパンでもサイズが合ってるスッキリしたラインのズボンの裾を短くまくり、きれい目なローファーを履いている。
猫背はピンと伸び、素の華やかさを隠そうともせずゆるやかにまとって、どこからどう見ても品のいい長身のイケメンがそこにいた。
「なんで?」
開口一番、私の口から出た言葉はこれ。
なんで昨日から避けられてたの?
なんで突然イメチェンしたの?
なんで連絡くれなかったの?
なんで…
そこまで考えて、恭太を責め立てるようなこの感情をぶつけるのが彼女みたいで恥ずかしくなった。
「ひーちゃん、昨日からゴメンね。ひーちゃんを驚かしてやろうと思って、わざと連絡取らなかったんだ。」
ゆっくり近づいてきて隣に座って、優雅に足を組んだ彼が私の顔を覗きこみながら言った。
ち、近い。ものすごい整った顔が目の前。知ってたけど、知ってたけど直接浴びると危ないくらいなオーラに圧倒されて思わず仰け反る。
会わなかった時間は1日なのに、ものすごい久しぶりに会ったような気がして心臓がうるさい。何を言えばいいのか考えて黙って凝視してると、
「で、どう?」
言いながら恭太はおどけたように両手を広げて自分をさらして見せた。
もちろん、今までだって恭太は格好いいと思ってた。
だけどそれをモロ全面に打ち出すとここまでの威力なのかと圧倒されてる…というのが正直なとこだけど、これを素直に伝えていいものか…
「うわっ、誰このイケメン!」
私が感想を言うより先に江奈の率直すぎる声がした。いつの間にかベンチの横に立っていた。
「江奈!」
「ひながまた上村を待ってるかと思って来てみたんだけど…おじゃまだっ……」
と言いながら私達を交互に見て、ふと止まる。
「ん?んん?あれ?もももも…もしかして…上村…?」
結構失礼な態度を取ってる江奈に対して、恭太は気にした様子もなく
「さすが橘さん。伊達に高校3年間同じクラスだったわけじゃないね。今朝から会う知り合いに全く気付かれなくて、今までの俺って何だったのか考えて始めたとこだったよ」
と自虐的に呟いた。
「うわ~、上村ってイケメンだったのね!すごい、見応えあるイケメン!っていうか、なんでイメチェン?とうとう防御から攻撃に転じたの?」
何そのたとえ。私がポカンとしてると、珍しく恭太が他の人に向かってクスリと笑った。
「橘さん、意外と」
「そう?伊達に高校3年間君達を見てたわけじゃないわよ」
ニヤリと切り返す江奈の頬はちょっと赤くなってる気がする。
「まあ、会えたならいいや。邪魔者は消えますー。じゃあ、頑張ってね~」
と、片手をヒラヒラさせながら江奈は去って行った。最後の一言が恭太に向けられていたことに「?」と思ったけど?
改めて二人になって、恭太はガッツリ目線を合わせてきた。あ、コレ、逃げられないやつだ。
「…。さっきから喋ってくれないけど…怒ってる?」
恭太がよくやる質問時に首を軽く傾ける仕草も、今の格好でやられると破壊力がすごい。顔に血液が上がってくるような感覚を必死で抑える。
「怒ってはいない」
必死で赤面しそうになるのを抑えるあまり、声音がぶっきらぼうになって、怒ってるみたいになった。
「でも、び、びっくりはした」
とりあえず、素直に言ってみる。
すると、恭太はそれまでのちょっと心配そうな顔を緩ませて、ふわあっと花が開くように華やかに微笑んだ。
なにこのだだ漏れな甘やかさと色気。
瞳が見えるようになっただけでこんなにも表情がわかるようになったのか、それとも何か吹っ切れたような恭太が今までより感情表現豊かになったのか、よくわからないけどさっきから今まであまり見られなかった顔を見せる恭太に落ち着かない。
「ひーちゃん、こないだ薬学の先輩に告白されたでしょう?」
「へ?」
突然の話題転換で何のことかと思った。
「う、うん。された。お断りしたけど…。」
確かに、先週ここで恭太を待ってる間に、知らない先輩から突然告白された。
「桃井さん、ちょっといいかな?」
そう言って見知らぬ男の人がベンチに座ってきた。短髪でメガネ、恭太よりは低めの背だけどがっちりした体つきで体育会系に見えたその人は同じ薬学3年の畑中さんという人だった。
「あ、あの!よくここに座ってるのを見て気になってたんだ。もし良かったら俺と付き合ってくれないかな?」
真っ赤になって一気に喋り切った後、ものすごい固まってたのはいい人そうだな、と感じたけどさすがに初対面なので、やんわりお断りした。
「でも、メアドとケー番交換したでしょ」
「うっ、した…」
どうして恭太がそれを知ってるのか、疑問がわいたけど怖くて聞けない。
私だって教えるつもりはなかったのだが、いい人そう、と思ってた畑中さんは意外と押しが強くて、教えざるを得ない状況だったのだか、今の恭太にこれを言っても通じなさそう…
「消して」
さっきまでのやわらかな笑顔から一転、ものすごい怒りの目つきでこっちを見てる。怒り顔さえ綺麗。でも、背後からドス黒いオーラが滲み出してきてて怖い。
「あ、消さなくていい」
「え?」
「着信拒否にして」
ひい!消すよりヒドイ仕打ち!
「わ、わかったよ…」
圧に押されて頷いた。カバンからスマホを出して操作する。ポチポチやってると隣から、ハッキリと宣言するように恭太が言い切った。
「あのさ、攻めるから覚悟して?」
?と思って横を見ると、恭太が艶然と頬笑んでいる。
見とれる…。
艶やかに頬笑むそれだけで、こんなに惹き付けられる。
けど、ダメ。
これに囚われてはダメ。
頭の中で自ら警報を鳴らす。
じゃないと本能のまま彼の密に吸い寄せられる。
私にはその資格がないのに。