第一章 1 『俺の職業』
――いつから自分は特別な人間だと思っていたんだろう。
勉強に運動に、ゲームでさえ誰にも負けなかった。それが、年が経つにつれて周りに勝てなくなっていく。
日々の努力を怠っていたから? かかわりを持つ人間、比べられる人数の絶対数が増えたから?
理由はどうであれ、いつの間にか「負け犬」が出来上がる。そうしてそんな現実にブチ当たった後は突進し続けるか、もしくは折り合いをつけて生きていくことになる。
でも俺は、逃げ続けてきた。戦うこともせず、これは本当の俺じゃないなんて言い訳しながら。
今もそう、何でこんなことやってんだと思いながら。
……
「あなたは足が速そうで赤髪だから、二つ名は赤い彗星ですね」
「ふむ、悪くない。有難く頂戴しよう」
「はい、つぎのかたー」
かれこれ五時間ほどだろうか。新しい冒険者に二つ名をつける仕事をしている。
この仕事は歩合制だ。一人名付けるごとに五十ダラーの給料がもらえる。一杯のお酒を飲むのに二百ダラーだから、全然稼げない。誰でもできる仕事だから人手不足になったり、賃金が上がったりもしない。代わりの人員なんてそれこそたくさんいるのだ。
思えば、以前からそうだった。剣士や魔術師、果ては鍛冶屋なんてものまで目指してみたが一向に芽が出ない。
自分の変わりはどこにでもいる。そう考えている没個性な自分がたまらなく嫌だった。そしてそれは今でも。
あれこれ考えていると次の冒険者がやってきた。
「おーっと、ここか。あん? にーちゃんが二つ名つけてくれるんか?」
「はい、じゃあ簡単な自己紹介をお願いします」
自己紹介させている間に身なりや行動を観察する。髪は刈上げており、服装には謎のトゲトゲ加工がされている。見た目としては、所謂モヒカン世紀末系だろう。
そして一見粗暴な言葉遣いだが、よくこちらに返事を求める話し方をする。
また、体中には装飾品を数多く纏っており、首元には数珠のようなものが五,六種類は掛けてある。邪魔にならないのだろうか。
「てなもんでよお、俺は有名な冒険者になるわけよ。な?」
「はい、よくわかりました。質問なんですが、お母さまとの仲は良好ですか?」
「ま……か、母さんは、ふつうだ。特になんもねえよ」
――――こいつは間違いなく、隠れマザコンだ。
社会に反抗するような見た目は、構ってほしさから。装飾品の多用は依存心が満たされていないから。寂しがりやな現れである。
そして急に母親の話をされるとは思ってなかったのだろう、返事から普段の呼び方が透けて見える。
「わかりました。あなたの二つ名はM・Fです」
「M・F? なんだそれ」
「マザーフ○ッカーの略」
「……ってめぇ! ふざけてんなよ!」
こんな風に自分の思うとおりに名付けても、喧嘩のもとになったりする。相手が欲しいと思うような二つ名でなくては相手は納得しない。
要するにこの仕事にも折り合いは必要なのだ。それが失敗すると、今みたいに悲惨な目に遭う。
「……っ痛ぇ。ちょっとした冗談だろうに、あそこまで怒るかね」
頭にできた大きなコブを優しくさすりながら、呟く。
なんとか宥めて帰ってもらうことに成功した。最終的に与えた二つ名は『野生の問題児』。それもどうなんだ。
しかし無駄な時間を使ってしまった。明日の生活のためにも、ここからは回転数を上げていくことにした。
「どーもっ、アカネちゃんでーすっ☆」
「君は赤き我儘な」
「………………よろしく」
「君は漆黒の沈黙」
「ちょーっ、二つ名とかマジ受けるんですけど、よろしく的な?」
「偽りの顔」
……
「―――だあああああ!どいつもこいつもとんでもないセンスで疲れるわ!」
二つ名といえば、耳障りのよい厨二病なネーミングセンスが求められやすい。
具体的に言うとカタカナだ。彼らはカタカナを好む。あと語感。韻を踏んでると特に喜ばれる。
大体最後のやつなんて化粧が濃いから偽りの顔だ、それでいいのか本当に。
「じゃああなたのいうセンスとやらを見せてみてよ」
気が付くと目の前に新しい冒険者が来ていたようだ。
前を見るとそこに居たのは紫色のツインテ少女だった。言葉遣いと、釣り気味な目から一見プライドが高そうだが、背丈が小さく顔が丸いため、言ってしまえば生意気なガキである。
「お客さん、ここは冒険者専用だぞ」
「知ってる」
「……冒険者なのか?」
「だからそうだってば!」
そう言いながら胸元のポケットから冒険者認定証を取り出した。認定証には協会の判子に顔写真、そしてプロフィールが載っていた。
左手で認定証をヒラヒラ持ちながら、それ見たことかとドヤ顔を見せる。
「なっ、――Aカップだと!?」
「えっ、うそ!?」
ドヤ顔が一転、目にも止まらぬ俊敏な動きで認定証を確認するツインテール。
「まあ、そんなことまで書いてたら大問題だけどな。あれ? もしかして言い当てちまったか?」
「……」
ワナワナと拳を震えさせている。まずい。
お客さんということを忘れていた。
「じゃ、じゃあアイスブレイクも終わったところで……」
「――アンタなんか、だいっきらい!!」
叫んだことにより、一瞬周りが静まった。その状況に居たたまれなくなったのか、少女は走り去ってしまった。
走り去る瞬間、目元から光が反射した気がした。
「……」
冗談のつもりだったが、傷つけてしまったかもしれない。
頭の後ろをポリポリと掻きながら、視線の先に少女の認定証が落ちてあることに気づく。無視しようかとも思ったが、心がチリチリと痛み集中できなくなったため、事情を説明して仕事は早退することにした。
何があったのと聞きたそうな視線を潜り抜け、勢いで仕事場から出てきたのはいいが、少女がどこに行ったのか皆目見当もつかない。
それもそうだ、さっき知り合って喧嘩したばっかりで名前も知らないんだから。
――名前?
「……あ」
認定証をもう一度確認する。そこには『メア』という名前と住所が記載されていた。
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