その19「アルバイト」
◇妹、学校から帰宅する
妹「ただいまー」
兄「おう、おかえり」
妹「あれ? 兄さん、カバンなんて持ってどうしたの」
兄「ああ、ちょっと今から出かけてくるよ」
妹「ふーん、幼馴染さんのところかな?」
兄「バイトだよ、バイト」
妹「え、今日はバイトの日じゃないでしょ?」
兄「いやさ、また新しいバイトを増やしたんだ」
妹「そうなんだ…」
兄「ああ、でもひと月くらいの短期バイトだから」
妹「何のバイトなの?」
兄「うーん、なんかよく分からない物を運んだり、つくるのを手伝ったりするみたい」
妹「……それ大丈夫なの?」
兄「ああ、バイト先の店主は昔お世話になった人だから大丈夫さ」
妹「すっごく心配なんだけど…」
妹「なにか怪しげなことを頼まれたら断ってすぐに帰ってくるんだよ」
妹「ヤバそうだったらまず警察か私の携帯電話に連絡すること、いい?」
兄「そ、そんなに心配しなくてもいいからっ」
妹「いや、やっぱり不安だから私もついて行く。学校の荷物置いてくるからちょっと待ってて」
兄「中学生の妹に送り迎えしてもらうなんて恥ずかしすぎるって……」
兄「このままだとバイト遅刻しそうだし、俺もう行くからな」
妹「あ、ちょっと兄さん!」
兄「あ、そうだ、夕飯もう作っといたから! 帰るの遅くなるから先に食べちゃっていいぞー!」
妹「まったくもう!」
妹「……あ、でもそっか、今日ってたしか」
妹「……うん、兄さんがバイトってことは夜まで一人……今日はむしろ都合が良いかも!」
◇兄、バイト先にて
兄「はぁ…、やっと着いた……」
?「バイト初日から遅刻とは大した根性だね」
兄「すみません、ここ来るの久しぶりだから迷っちゃって…」
?「まぁ初回ってことで、今日だけは大目に見てあげよう」
兄「え、いいんですか! 一時間も遅れちゃったのに」
?「その代わり、一時間長く働いてもらうからね」
兄「あ、はい…」
兄「……それにしても先輩、本当に自分の店を開くなんてさすがですね!」
兄先輩「ふふ、この店、私達の隠れ家だった納屋を改築したものなのよ」
兄「うそぉ!?」
兄先輩「どう? 立派になったでしょ?」
兄「は、はい! なんというか、原型が無いっていうか、いろいろ拡張されて何が何だかで…とにかく禍々しいっていうか…とにかくスゴイです!」
兄先輩「うん、うん! 我ながら完璧な仕事をしてしまったと思うわ! ふふふ…」
兄先輩「―――ついに我が魔城は現世に顕現した。さあ今こそ闇に囚われし現世に黎明を告げるとしよう!
この地より我らが聖戦は幕を開ける!」
兄先輩「ってことで、じゃあさっそく働いてもらおうかな」
兄 (先輩、相変わらずだな…)
兄「あの、俺は何をしたらいいんでしょうか。先輩のメールを見ても仕事内容がいまいち理解できなかったんですけど」
兄先輩「ああ、そうなの? じゃあまずは店の中で話そっか」
◇兄の先輩の店にて
兄先輩「―――さて、では契約者よ」
兄「あ、懐かしいですね、その呼び方」
兄先輩「うん、そうだけどちょっとまだ遮らないで」
兄「はい」
兄先輩「―――さて、では契約者よ。永き戦いの末、我らの魂は再びここに相見えた。未だ互いに運命の鎖に引きずられるままではあるが、一先はこの喜びに浸るとしよう」
兄先輩「―――ふぅ」
兄 (……?)
兄先輩「と、ところでさ、君と私は七年ぶりに再会したわけだけど」
兄「ああそっか、先輩が中学を卒業して以来ですもんね」
兄先輩「うん、それでさ、何か言うことはないのかな…?」
兄「え? えーと…」
兄先輩「ほら、中学生の頃に話していたでしょ?」
兄「……あ」
兄「先輩の胸、ずいぶん成長しましたね! 今日一番の衝撃でしたよ―――」
―六年前―
兄先輩「おい、眷属よ。我が盟友から言伝だ」
兄「ほう…、主の友から私に?」
兄先輩「うむ、『部活が終わったら残っていてほしい。話したいことがある』とのことだ」
兄「部活の後、夕暮れの教室で二人きりだって…? そうか…こういうのは古文書で何度か読んだことがある…」
兄「つまりこれは、古来より伝わる習わし、特殊第一契約式“告白”なのでは…!?」
兄先輩「な、何を言ってんだ貴様! 私の眷属でありながら! この身の程知らずがっ!」
兄「いやー…、あの人ってかなりの美人さんですよね…。さらに胸も部活の中じゃ一番大きそうだし…やばいな」
兄先輩「まぁたしかにあの子の胸は一番大き……っく、このスケベ!」
兄「や、やめてください、冗談ですって!」
兄先輩「まったく! 私だってあと数年もすればあれくらいの大きさに―――」
兄「―――ってことがありましたよね。まさか本当に」
兄先輩「たしかに言ったかもしれないけど! そんなことじゃなくて、もっと大事なことを話していたでしょうが!」
兄「え?」
兄先輩「……もういい」
兄「あ、いや、今思い出しますから! もうちょっと待っててください」
兄先輩「……」
兄先輩「いや、もう気にしないでいい、無駄に時間を使ってしまって悪かったね。この時間分もバイト代は払うから安心して」
兄先輩「じゃあバイトの話に戻そうか。今から仕事の説明をするね」
兄 (先輩のテンションが急降下している…。)
兄先輩「私の店では主に魔装や魔導具を販売している。君にはその生成の手伝いと配達をしてもらいたいの」
兄「魔装と魔導具、ですか」
兄先輩「まあ近いものに例えるなら仮装衣装とその小道具だね」
兄「なるほど、すごくわかりやすいです。でも、こんな田舎でコスプレ衣装なんて売れるんですか」
兄先輩「ああ、けっこう売れるよ。そろそろハロウィンの季節だしね。今日も5セットほど売れた」
兄「へぇ、スゴイじゃないですか」
兄先輩「うん。それに、今後も季節にあった衣装を用意するつもりだ。ハロウィンの次はサンタ服だな」
兄「そういえばこの辺りにそういう服を売ってる店ってありませんもんね」
兄先輩「あと、今後はメイド服やナース服、チャイナ服なども仕立てる予定だね」
兄「需要はあるかも…」
兄「てか全部手作りなんですね」
兄先輩「まぁ私、裁縫得意だし、なんでも作れちゃうし!」
兄「全然知らなかったです。先輩にも得意なことってあったんですね」
兄先輩「馬鹿の口を縫うのも得意だよ」
兄「むぐ…」
兄先輩「まぁそういうことだから、あなたには小道具作りの方を手伝ってもらうね」
兄「はい、わかりました!」
兄先輩「じゃあさっそく―――っと、忘れてた! 先に配達の仕事をしてもらうんだった」
兄「あ、はい。でもあんまり自信ないな、ここに来たときみたいに迷子にならないといいけど……」
兄先輩「大丈夫、大丈夫。配達先は君も知っているところだから」
◇妹、自宅にて
妹「注文してから一週間。予定では今日届くはず…」
ピンポーン
妹「き、来たっ」
妹「はーい、今出まーす!」
ガチャ
妹「……」
兄「魔導具・魔装専門店『ナイトメア』の配達員です。お荷物の配達に参りました」
妹「……」
兄「どうぞ、『魔女っ娘☆変身セット』です」
妹「……」
兄「……」
妹「……」
妹「あ、これ私の兄が頼んだ物ですね、兄さんったらこっそりこんなの買って~」
兄「……」
妹「はは…は…」
兄「妹よ……」
妹「私だって…、私だって……、一度くらい魔女っ娘になってみたかったのーーーっ!!」