その14「忘れ物」
◇兄妹居間でくつろぎ中、玄関のチャイムが鳴る
兄「はーい、今出まーす」
鍵を外し、扉を開く
幼馴染「やあ、来たよ!」
兄「おお、お前か。今日はどうしたんだ?」
幼馴染「うちのおじいちゃんが桃をたくさん送ってくれたの。だからはいこれ、おすそ分け」
兄「うわ、こんなに貰っていいのか!?」
幼馴染「いいのいいの、まだまだたくさんあるんだから」
兄「悪いな、この前も野菜とかいろいろ貰っちゃったし」
幼馴染「みずくさいこと言わないの。私達の仲でしょ」
兄「そ、そうかな」
幼馴染「そうだよ」
妹「……兄さん」ガシッ
兄「うわっ! ビックリした」
妹「女の声が聞こえてきたから様子を見に来てみれば、またあなたですか」
幼馴染「やあ、妹ちゃん! 元気にしてた?」
妹「私はいつでも元気もりもりです」
幼馴染「良かった! 今日は桃をいっぱい持ってきたから、後でお兄ちゃんと一緒に食べてね。美味しいよー!」
妹「そ、それはどうも、ありがとうございまいす」
兄「ああ、本当にありがとうな。せっかくだし居間でくつろいでいきなよ」
幼馴染「そうしたいけど、これから部活の練習があるの。また今度遊びに来るね」
兄「そっか。じゃあ気をつけてな」
幼馴染「あ、それと、今日はもう一つ用事があってね。お兄ちゃんの忘れ物を届けに来たの」
兄「俺の忘れ物?」
幼馴染「うん。ほらこの前私の家に来たとき置いていったでしょ。このズボン」
兄「!!」 妹「!?」
幼馴染「それじゃあまた今度ねー!」
扉が閉まる
兄「……」
妹「……」
兄「……これは、その」
妹「……兄さん、話をしよ?」
◇兄妹、居間にて
兄「こ、これはだね、いわゆる事故なんだ」
妹「へぇ」
兄「なにか特別やましい事情があってのことではなくてね」
妹「ほぉ」
兄「俺ってけっこう忘れ物とかしちゃうタイプみたいで」
妹「ふぅ~ん」
兄「今回はたまたまそれがズボンだっただけのことで」
妹「それで?」
兄「あの、その、それでと言いますと……?」
妹「『いつ』忘れたの? っていうか『いつ』あの人の家に行っていたの?」
兄「それは……この前のお祭りの日……」
妹「ああ、そうなんだ。友達と行くって言っていたけど、友達ってお隣さんのことだったんだね」
兄「それは、あいつと行くって言ったらお前が怒ると思って……」
妹「うん、たしかにあの人と兄さんがお祭りの日にデートしていたっていうのは……なんというか、かなりムカムカするよ。でもさ、反対はするだろうけど、ちゃんと言って欲しかった」
兄「……ごめん」
妹「……」
兄「……」
妹「……兄さんは、あの人のことが好きってことだよね」
兄「いやいやまさか」
妹「いやだよ」
兄「え」
妹「また私、邪魔者になっちゃう」
兄「邪魔者?」
妹「お父さんが出て行ってお母さんが死んで、お姉ちゃんと二人だけで暮らすようになって」
妹「お姉ちゃんが結婚して家族ができたら、私は邪魔者になっちゃった」
妹「あれからやっと新しい私の居場所ができたのに、兄さんが結婚して家族ができたら、きっとまた私は邪魔者になっちゃうっ!」
兄「ああ、そうか」
妹「そんなのいやだよ……」ぐす
兄「……わかったよ、可愛い妹のためだ。正直になるとしよう」
妹「どういうこと…?」
兄「お前の勘違いだってこと。そして、俺がめちゃくちゃカッコ悪いってこと」
――二日前――
◇お祭りの会場にて
幼馴染「ごめんね、お祭りの屋台手伝ってもらっちゃって」
兄「いいよ、バイト代も貰ったし」
幼馴染「本当は妹ちゃんとお祭り見て回りたかったんじゃない?」
兄「あいつは学校の友達と見て回るって言っていたし、いいんだ」
幼馴染「そっか」
兄「さて、ひと仕事終えたし帰るかな」
幼馴染「……ねぇ、このあと空いてないかな?」
兄「ん? 別に予定はないけど」
幼馴染「じゃあさ、私の家に寄っていかない?」
兄「お前の家に? ……いや、やっぱりダメだ。夕飯作らないといけないんだった」
幼馴染「ちょっとだけでいいから! ね! 今家にすごいものがあるの」
兄「す、すごいものって?」
幼馴染「それは家に来てのお楽しみってことで!」
兄「まぁ……別に隣の家だしな。そんなに遅くならないだろうし、わかった、お邪魔させてもらうよ」
幼馴染「よっし!」
兄「…?」
◇幼馴染の家、居間にて
兄「こ、これは……!」
兄「……なに?」
幼馴染「ふっふっふ、外国にいるおばあちゃんから送られてきた『呪いの像』です!」
兄「なんでそんなものが送られてくるんだ……」
幼馴染「おばあちゃんって珍しいものが大好きで、しょっちゅう私のところに送ってくれるの!」
兄「それにしても呪いって、ヤバいやつなんじゃないのか」
幼馴染「うん、相当ヤバいやつらしいよ」
兄「なっ!?」
幼馴染「この像には言い伝えがあるらしくてね、一度見ただけでは何の効果もないの。でも、この像を二回見てしまったものは……」
兄「見てしまったものは……?」
幼馴染「呪い殺されてしまう」
兄「じょ、冗談だよな、おい」
幼馴染「本当だよ。その証拠に私もさっきから一度もあの像を見てないでしょ?」
兄「ああ、だからずっと後ろを向いていたのか……」
幼馴染「お兄ちゃんってホラー系めちゃくちゃ苦手だったでしょ! だから見せたら面白いかなって思ったの!」
兄「なんてやつだ!」
幼馴染「さぁさぁお兄ちゃん、一度見てしまったね! 気をつけてねー呪い殺されちゃうよー」
兄「な、なあに、冗談に決まっているさ! 呪いなんてどうせフィクションの中だけのものだしっ!」
幼馴染「ふーん、まあ信じないんなら私はそれでもいいけどね」
兄「お、脅かしたって無駄だぞ! 俺だってもう大人だし、そういうのにビビる歳じゃないんだからな!」
幼馴染「なーんだ、つまんないの」
兄「そうだとも! ……と、ごめん、ちょっとトイレを貸してくれないか」
幼馴染「あ、うん。廊下の突き当たりね」
兄「ああ」
…
……
………
ああああああああああああああああああ!!!!!!!
◇兄妹、居間にて
兄「まさかトイレにも呪いの像が置かれているなんて思わなかった……」
妹「つまり、ビビってもらしてズボンを濡らしちゃったと」
兄「……あの時は本当に死ぬかと思って」
妹「濡らしたズボンを洗濯してもらって今日届けてもらったってこと……?」
兄「……はい」
妹「私は泣きたくなってきたよ」
兄「面目ない」
妹「っていうかそれでよくさっき普段通りにお隣さんと話ができたもんだね」
兄「まあ、昔もよくそんなことがあったし」
妹「二十歳の人の発言とは思えないよ……」
兄「まあ、その、なんだ、これが真実だ。疑いは晴れただろ?」
妹「晴れたけど、もうちょっとマシな真実を期待したよ」
兄「この通り、俺は残念な兄だからな。あまり俺を過大評価しないほうが良い」
妹「……そうだね、兄さんには結婚なんてまだまだ先の話みたいだね」
兄「そうだな、だからお前も自分が邪魔者だなんて考えちゃダメだぞ。少なくとも俺はお前を必要としているんだから」
妹「そっか。そうだね、おもらし兄さん」
兄「そ、それだけは勘弁してくれーー!!」