その11「DVD」
◇兄妹、玄関にて
兄「忘れ物はないか?」
妹「うん、大丈夫」
兄「そうか、じゃあ楽しんでこいよ」
妹「もちろん。久しぶりのプールだもん!」
兄「いいなー、俺も行きたいくらいだよ」
妹「兄さんも来る?」
兄「ふふ、止めとくよ。ついて行ったらお前の友達も困るだろ」
妹「うーん、そうかもね」
兄「さぁ行った行った。待たせたら悪いぞ」
妹「うん! じゃあ行ってくるね」
兄「ああ。……あー、それと」
妹「え?」
兄「帰るのは何時くらいになりそう?」
◇兄、自室にて
兄 (今日は妹が友達とプールへ遊びに行く日。そして、妹はついさっき出かけた)
兄 (つまり、妹が帰宅するまでこの家にいるのは俺一人ということになる)
兄 (これはめったにない機会だ)
兄 (よって……できる)
兄 (俺は今、できる)
兄「妹が帰ってくるまで、俺はなんだってできるんだ!」
◇兄、家を飛び出す
兄 (財布よし、会員証よし、身分証よし)
兄 (ビデオショップまでの最短経路もすでに下見済み)
兄 (目当てのDVDのタイトルも完全に覚えている)
兄 (うん、完璧だ。一週間前からしっかりと準備しておいた甲斐があった)
兄 (まずはビデオショップに到着後、目当てのDVDをレンタルし、すぐに帰宅。ここまででおよそ40分)
兄 (DVDを堪能する時間は妹の帰宅時間から逆算して3時間……、いや、もしものことを考えて2時間としよう)
兄 (さすがにレンタルしたまま部屋に残すのは危険すぎるからな)
兄 (すぐにレンタルショップに返却しに行こう。大丈夫、俺ならできるさ)
◇兄、ビデオショップにたどり着く
兄 (隣町まで来たんだ。さすがに知り合いに出くわすなんてことはないだろう)
店員「らっしゃーせー」
兄 (さて、ここからが最も注意が必要となる。最短でお目当てを見つけ出し、レジまで人目を避けてたどり着くんだ)
妹「兄さん?」
兄「―――え?」
妹「兄さん、なんでこんなところにいるの?」
兄「そ、それはこっちのセリフ……プールはどうしたんですかっ?」
妹「ああ、プールは休みだったの。先に調べておけばよかったよー」(なんで敬語?)
妹友「ねー」
兄 (俺は一週間も前から準備してたっていうのに~!)
妹「だからDVDでも借りて家で観ようかって話になったんだけど」
兄「そ、そうか……」
妹「それよりも、兄さんはなんでこんなところにいるの?」
兄「お、俺も暇だから、DVDでも観ようかなって、はは」
妹「レンタルショップなら近所にあるじゃん。なんでわざわざ隣町のビデオショップに?」
兄「……」
妹「兄さん?」
兄「……妹よ、兄ちゃんもな。一人のちっぽけな男なんだ。わかってくれ」
妹「どういうこと?」
妹友「……!」
兄「うう……、うわーーん!」
妹「に、兄さん?!…………泣きながら走って出て行っちゃった」
妹友「そっとしておいてあげた方がいい」
妹「そう‥…?」
妹友「あの人は今日、また一歩成長したんだと思う」
妹「な、何言っているの?」
◇夕方、妹、兄の部屋へやって来る
妹「兄さん、入るよ」
兄「……」
妹「もう、布団にくるまってないで出てきてよ」
兄「……」
妹「ごめんね」
兄「……」
妹「私、気づいてあげられなかった。兄さん本当は寂しかったんだよね」
兄「……?」
妹「二人暮らしだもんね。私が出て行っちゃったら家に一人だもん、寂しいよ」
兄「……!」
妹「だから、こっそり私たちを追いかけて隣町まで着いてきちゃったんだよね」
兄「……い、うや」
妹「兄さん、一緒にレンタルショップに行こうよ。今夜は二人でDVDを観よう」
兄「う、うう」
妹「兄さん」
兄「ご、ごめーーーん!!!」
妹「に、兄さん!?」
兄「おれがぜんぶわるかった! ごめんよーーー!」
妹「ちょっと、いきなり抱きついてっ!」
兄「お前みたいな良い妹がいながら、おれは、おれは」
妹「まったくもう」
兄「エッチなDVDを、借りようとしていたなんて‥…!」
妹「……は?」
兄「なんて最低な男なんだ、妹が外出している時を見計らって!」
妹「……」
兄「でも、お前のおかげで目が覚めたよ。やっぱりこんなこと、ダメだよな、うん」
妹「……」
兄「ありがとう、じゃあ一緒にDVD借りに行こうか!」
妹「……兄さん」
兄「ん?」
妹「抱きつくのやめてもらっていいですか」
兄「け、敬語っ?!」