第8話「ドラゴン」
「秋!お前、どうしてここに…外は危険だから出るなって言っただろ!」
秋がお兄ちゃんと呼んだ男は、秋の方へ駆け寄った。
「だ、だってお兄ちゃんの帰りが遅いから、私、心配で…」
「うっ…それは、すまなかった…」
妹に心配かけたことで、申し訳なさそうに頭を下げる秋のお兄さん。
「だが、あの危険な道を一人でどうやって…ん、お前は?」
ここでようやく僕の存在に気づき、秋のお兄さんは僕に視線を向ける。
「僕は翼。あなたを一緒に探してほしいって秋に頼まれたんだ。」
「そうか。俺は春樹だ。ところで翼。一つ聞きたいことがあるのだが…」
春樹は真剣な顔で尋ねてきた。
おそらく重大なことなのだろう。
「お前、俺の妹に手を出してないだろうな。」
「…………は?」
「は?じゃねえよ!俺の妹に手を出したのか聞いてるんだ!」
真剣な顔で何を言い出すかと思えば…
「手なんか出してないよ。夜中だって魔獣が襲ってきてそれどころじゃなかったし。」
「魔獣に襲われた!?秋は大丈夫だったのか?怪我はしてないか?」
「大丈夫だよ!翼さんが守ってくれたし…お兄ちゃん心配しすぎだよ!」
これがシスコンというやつなのか。初めて見た。
「そういえば春樹。この世界について何かわかったことってある?」
「いや、さっぱりだ。ここの連中は触ることも話すことも出来ないし、情報の集めようがねえよ。あいつらの会話も訳のわかんねえことばかりだし。」
この様子だと、春樹もアンジュの声を聞いてないみたいだ。
アンジュの目的は気になるが、今はこの状況を何とかしよう。
「どんな会話をしてたかは覚えてる?」
「んー…なんだか障気を消すとか天界がどうとか…」
「天界って確か翼さんが何か話してましたよね。」
天界という単語に秋が反応する。
さらにその言葉を聞いた春樹が食いついてきた。
「お前、天界ってのが何なのか知ってるのか!?」
「まあ、多少は…」
「本当か!?言え、天界ってのは何なんだ!」
春樹が天界について異様に興味を示し、僕との距離を一気に詰めてくる。
「ちょっと待ってよお兄ちゃん!今はそんなことしてる場合じゃないよ。早くここから脱出しないと。」
暴走気味の兄を止めに入る秋。
春樹も妹に止められて頭を冷やしたようで、僕との距離を開いていく。
「すまない…取り乱した…」
「いいよ、気にしてないし。天界については拠点に戻ったら話すよ。」
「ああ、よろしく頼む。」
僕たちが話している間に見張りを交代したらしく、先ほどの青年とガブリエルが二人きりで休憩していた。
「ねえミカエル、この戦いに終わりってあるのかしら?」
ミカエルと呼ばれた青年が、ガブリエルの方を向く。
「急にどうしたんだよ?終わるに決まってんだろ。今までだって無事に戦いを終わらせてきただろ。」
「違う、そうじゃないの…今まで溜まってきた障気を私たちが消す。でもいくら消してもまた新しい障気が溜まっていって、また私たちが消す。この悪循環を絶ち切ることができるのかなって…」
「……ゼウス様はそれを信じてる。そのために戦ってる。俺たちはそんなゼウス様についていく。それだけだ。」
「……あなた自身はどうなの?」
ガブリエルの言葉の真意に気づいた様子のミカエルは、少し間を開けてこう答えた。
「俺は出来ると信じてる。諦めなければ、必ず…」
「そう…そうよね。諦めたらそこでおしまいだもんね。」
ガブリエルは頬をパンパンッと叩き、気を引き締める。
「よし!明日の作戦を成功させるためにも、ここはしっかり死守しないとね!」
ガブリエルはミカエルの言葉を聞いて元気を取り戻し、決意を新たにしたようだ。
「うーん。今の会話でわかったことは、天界の一番偉い人はゼウスってことくらいですかね?」
「そうだな。この世界のことも詳しく聞けなかったし、帰る方法もさっぱりのままだ。」
成果があまりよくなかったことで、肩を落とす兄妹。
「まあまだ肩を落とすのは早いと思うよ?ひょんなことから脱出のヒントが出てきたりするんだから。だから…」
頑張ろうよと言う前に、地面が激しく揺れた。
「キャッ!」
「何だこれ!?地震か?」
突然の出来事で動揺を隠せない僕たちを他所に、ガブリエルとミカエルはここまで来た道を戻っていった。
「ああ!二人が行っちゃいます!」
「二人を追おう!」
僕たちは急いで二人の後を追った。
そしてその間に、あちこちからミシミシという嫌な音が聞こえてくる。
「なんだか今にも崩れそうだな…二人とも急いで!」
「お前に言われなくてもわかってるよ!」
「あっ!二人ともあれ見て!」
秋が指差した方を見ると、先ほど見張りを交代した女の人が待っていた。
「ラ、ラファエル!?何でこんなところで突っ立ってるんだ!ここは危ないって言うのに!」
「危ないからあなたたちが来るのを待ってたんじゃない!ほら、早く行くわよ!」
そう言ってラファエルと呼ばれた女の人が走りだし、他のみんなも後に続いた。
その瞬間、洞窟が崩れ始めた。
「うわっ!危ねえ…おいみんな、早く逃げるぞ!」
「う、うん!」
崩れてきたことによって、僕たちはより早く走り出す。
「それにしてもこの揺れは何なんだ?こんなでかい揺れは、ただの地震ってわけじゃ無さそうだが…」
「そんなことは後で考えなさいよミカエル!早くしないとみんなおだぶつよ!」
ミカエルがラファエルに叱られながら、出口に向かって走り続けるみんな。
すると奥から、光が見えてきた。
「見えた!出口だ!」
「二人とも!二人とも!ラストスパートだ!」
「「ええっ!」」
ガブリエルたち三人が洞窟を出た瞬間、入り口が閉じるように崩れ出す。
「ああ!入り口が!」
「まだだ…まだ間に合う!」
僕たちは滑り込んでギリギリ洞窟を脱出することが出来た。
「はあ、はあ…ま、間に合った…」
「そ、そうだな…」
何とか脱出に成功し、精神的に疲れたのか、兄妹二人でその場に尻餅をつく。
さすがに僕も内心ヒヤヒヤしていた。
ちょっと深呼吸して落ち着こうとし、顔を上げると…
「あ、あれは…」
僕の反応に気づいたのか二人も顔を上げる。
そこにいたのは…
「なに…あれ…」
遠くの山の上を羽ばたく巨体な生物がいた。
赤い肉体や遠目からでもわかるほど鋭い爪と牙を持ち、見る者を圧倒させる存在…
……ドラゴンが─────