第7話「異世界に残された記憶」
「……さ…ばさ…ん…」
何だろう。誰かの声が聞こえる。
何だか、聞き覚えのあるような…
「つば…さん……翼さん!」
意識が戻っていくにつれて、声の主が僕を呼んでいることに気づいた。
僕は少しずつ目を開いていき、ぼやけた視界は少しずつハッキリしてきた。
ハッキリした視界が捉えたのは、崩れた顔で泣きながらボクを呼び掛ける秋の姿だった。
辺りを軽く見渡すと、秋の膝元にあるフラッシュのヘクセストーンの光で照らされた岩がちらほら転がっており、上を見上げても空が見えず地面の天井が見えるだけだった。
「翼さん!目が覚めたんですね!よかった…本当によかった!」
そう言って、秋は僕に抱きついてきた。
「あ、秋?いきなり抱きつかれると、その…恥ずかしい…かな…」
僕の言葉を聞いて、秋も今更恥ずかしくなったのか、顔を赤くして素早く僕から距離をとる。
「あ、あの…すみません…いきなり抱きついちゃって…翼さんが起きたのが嬉しくて、つい…」
「いや、大丈夫だよ。その…気にしてないから。」
僕は目をそらしながら答えた。
するとなぜか秋は少しがっかりしたように肩を落とし、顔を下に向けながら何かぶつぶつ言い出した。
「そういえば、ここはどこ?どこかの洞窟みたいだけど。」
僕の質問に、秋は顔を上げ、今の状況を説明してくれる。
「いえ。扉を通った後に光で周りが見えなくなって、気づいたらここにいたので、どこの洞窟かはわからないです…それにしても、突然翼さんが倒れるんですから、ビックリしましたよ。」
あれ、僕が倒れた?
「ちょっと待って、秋も光に包まれたときに、アンジュの声を聞いたんじゃ…」
「アンジュ?いえ、誰の声も聞こえませんでしたけど。」
ということは、アンジュは僕にだけあの話をしたということか。
でも何でアンジュは僕にだけ話したのだろうか。
最後にアンジュが僕に伝えた言葉。
あの言葉の真意はわからなかったが、世界規模のことなら少しでも多くの人間に協力を仰いだ方がいいはずだ。
それをせずに僕だけに協力を仰いだ意味は一体…
「あのー翼さん、どうしたんですか?難しい顔して。」
「えっ、いや、何でもないよ。」
秋の声を聞いて、自分の世界から戻ってきた僕は、とりあえず二人で周辺を調べることを提案し、秋もこれを承諾してくれた。
二十分ほど進んだ先に、短い緑色の髪をした女の人が弓を持って立っているのが見えた。
「翼さん、人がいます。もしかしたら、ここがどこか知ってるかも…」
「そうだね。話しかけてみようか。」
僕たちは、女の人に駆け寄り声をかける。
「あの、すみません。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど。」
しかし女の人は、秋の話に何の反応も示さない。
「き、聞こえてないのかな…すみません!ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど!」
秋が聞き直すが、やはり反応がない。
僕は先ほど、アンジュが言っていた記憶の扉について思い出す。
確か記憶の扉は、この世界の記憶が眠られた扉だって言ってたよな。
もしかしたらと思い、僕は女の人の肩に手を置こうとする。
すると僕の手は肩を通り抜け、女の人の体に埋まった。
なるほど、やっぱりそういうことか。
「えっ、えっ?ちょっと待って…今何が起きてるの?翼さんの手が、この人の体に埋まって…えっ?」
一人状況が飲み込めていない秋は、僕を大きく見開いた目で見てくる。
「アンジュは、さっきの扉のことを記憶の扉って言ってた。そしてその扉には、この世界の記憶が残されてるって。」
「そういえばさっき声を聞いたって言ってましたね。この世界の記憶ってことは、ここは過去の世界ってことですか?」
「詳しいことは聞けなかったけど、そういうことだと思う。そして、僕がこの女の人に触れないのと、秋の声に反応しないことを考えると、多分僕たちは、過去には干渉出来ないんだと思う。」
説明してて思ったけど、過去の世界ってもう訳がわからないな。
いや、初めて異世界なんてところに来た時点で、もう訳わかんなかったけど…
「じゃあ私たちどうやって戻るんですか!他の人に頼れないなんて、どうすれば…」
「とにかく、ここが過去の世界だってことはわかったんだ。だったら、この世界について色々わかるかもしれない。それに、秋のお兄さんがここにいる可能性もあるしね。」
「そ、そうですね。でも、この世界のことを知るって言っても、どうやって…」
そうこう話してるうちに、洞窟の奥から足音が聞こえてきた。
「おう、そろそろ交代の時間だぜ。」
そこに現れたのは、青い髪を腰まで伸ばした青年だった。
「あら、もうそんな時間?」
どうやら会話はちゃんと聞こえるようだ。
僕は二人の会話に聞き耳をたてる。
「それにしても、これで七回目なんだよな、今回の戦いは。」
「そうね。それにしても今回は、いつもより早かったわね。」
「本当にな。たく、何で俺たちがあいつらの尻拭いみたいなことしなきゃなんねえんだよ。」
戦い?尻拭い?何のことを言ってるんだろう。
「まあ文句言わないの。それが私たちの役割なんだし。」
「そりゃあわかってるけどよ…」
「じゃあ見張り頼んだからね。」
女の人はそう言って、洞窟の奥に進む。
「秋、あの人を追うよ。」
僕はそれだけ言うと、すぐさま女の人を追いかける。
「ちょっと待ってくださいよ、翼さん!」
女の人の後をつけて十分程たち、拠点らしき場所にたどり着いた。
「あら、戻ったのね、ガブリエル。」
「ええ。私が見てる間は、特に異常はなかった。」
ガブリエルと呼ばれた、僕たちが今まで後をつけていた女の人は、見張っていたときの状況を簡単に報告した。
「なるほどね。でも、やっぱり障気を何とかしないと、どうしようもないわね。」
「無理よ。障気をどうにかするなんて。発生頻度を押さえることは出来ても、溢れさせないようにするなんて絶対に無理。」
秋は彼女らの会話で疑問に思ったことを僕に聞いてきた。
「あの、翼さん。この二人、もしかしたら障気の発生源を知ってるみたいですね。」
「そうだね…」
障気を溢れさせない方法か…
それができれば、苦労はしないよね、やっぱり…
そんなことを考えていると、どこからか大声が聞こえてきた。
「あああーーーーー!」
声のした方を見てみると、そこには赤い髪がいろんな方向にピョンっと跳ねた、赤い瞳をした、パッと見僕の同い年くらいの男がいた。
気づくと、秋が口元に両手を当てて、 肩を小刻みに震わせていた。
そんな秋が、あの男を見て放った一言は…
「……お兄ちゃん…」