第4話「初めての依頼」
───異世界に来たことがある。
そう言った途端、未来が固まった。
「えっと、異世界に来たことがあるってどういうこと?私たちとは別の世界から来たってこと?」
「だとしたら拠点で行方不明事件の話はもっと食い違いとかあると思うよ。僕は以前、こことは違う別の異世界にいたことがあるんだよ。それでしばらくして元の世界に戻ってきたのさ。」
僕の話を聞いた未来は信じられないといった表情をしていた。
無理もない。こんな馬鹿みたいな話を信じる人はよほどの馬鹿くらいだろう。
未来は落ち着くために一度深呼吸をして、僕の方に目線を向ける。
「えっと、翼の話が本当だとして、どうやって元の世界に戻ってきたの?そもそもそれっていつの話?」
「十年前だね。どうやって戻ってきたかって言われても、気づいたらゲートがあって、それをくぐったら戻ってこれたけど…」
あのとき、その世界にいたたった一人の少女が死に、それと同時にゲートが現れた。
あの娘が死んだことが関係しているのか、別の何かが原因なのかはわからない。
すると未来が腕を組んで考え込んでいると、やがて両腕を垂れ下げてこんな提案してきた。
「ここにいつ魔獣が来るかわからないし、詳しい話は翔さんのところで話そう?」
確かにこんなところで話していたら、また魔獣に襲われる可能性がある。
未来の提案に賛成した僕は、二人で拠点に向けて歩を進めた。
拠点に戻ってきた僕たちは、早速翔さんの寝泊まりしているテントに向かう。
その途中で、大柄の男三人と一人の青いショートヘアーの女の子が人目のつかないところに移動するのを見かけた。
この拠点は、役割を持って助け合っているということだが、あの男たち表情を見るからに、そんな好意的な印象は受けなかった。
そもそも、何らかの取り引きだとしても影でこそこそとやる理由は、この世界にはないだろう。
……何かあるな。
僕が何かを考えていることに気づいた未来が、どうしたのかと尋ねてきた。
「ちょっとごめん。すぐに戻るから、先に翔さんのところに行ってて。」
そう言って僕はこの場を後にし、さっきの人たちを追いかける。
さっきの四人組を追ってみると、何かを話していた。
「……ですか?…………けて……で…か…」
「……よ……んよう…ねえ……」
耳を傾けてみるが、距離が離れているうえに声が小さくてよく聞こえない。
何とかして声を聞き取れないかと考えていると、突然女の子が、着ていた上着を脱ぎ始めた。
男たちは驚く様子もなく、スケベ面でそれを眺めていた。
──何となくわかった。
女の子は、あの男たちに何らかの弱味を握られ、それで抗えずにいるのだろう。
女の子は服に手をかけるが、肩を震わせたまま固まってしまった。
そんな女の子の様子を見た一人の男が、声を荒げて何か言っている。
よく聞き取れないが、あの女の子の怖がり方を見るに、早く脱げだの何だの言われたのだろう。
何はともあれ、こんな状況を見てしまったからには、見て見ぬふりは出来ないな。
僕は男たちの前に姿を現す。
僕に気づいた右側の男が尋ねてきた。
「ああん、なんだテメエ。ここはガキの来るところじゃねえ。さっさと帰りな。」
手をこちらに出し、シッシッと手を振る男。
すると真ん中の男が、
「それともおめえもこいつのストリップショーを見に来たのか?だが残念だったな。こいつは今、俺たちが貸しきってるんでな。それに、ガキにはまだはええ。十年後にでも出直してきな。」
そんなことを言い、ゲラゲラと薄汚い笑い声を上げる。
「その子を解放しろ。さもなくば、全員ここで叩き斬る…!」
僕の言葉を聞いた男たちは、顔を見合わせた後に、全員で再び薄汚い笑い声を上げたかと思えば、突然睨み付けてきた。
「ガキがなめた口きいてんじゃねえぞ…俺たちに逆らおうってんなら、こっちにだって考えがあるぜ…」
男たちはそう言うと、腰に下げていた刀を抜いて、こちらに向けて構える。
…やっぱり引いてはくれないか。
僕は背中の剣を抜き、構える。
すると、真ん中の男が二人の男に命令しだした。
「テメエら、ガキ相手だからって容赦すんな!大人の怖さを思い知らせてやんぞ!」
オオッ!と声をあげる男たちは、僕に斬りかかってきた。
僕は最初に斬りかかってきた男の一振りをかわし、そのまま懐に潜り込んで腹に肘打ちをくらわせ、その場にうつむいた状態で倒れる。
次に斬りかかってきた男は、やみくもに刀を振るってきて簡単にかわせる攻撃しかしてこない。
僕は剣を振るい、男の刀を弾き飛ばすと、それはカランと音をたてて落ちた。
刀を手放して無防備になった男に回し蹴りをお見舞いすると、そのままうつ伏せの状態で倒れる。
「さてと、後はあんた一人だけど…どうする?」
先ほどまでの威勢のいい態度は欠片も見られず、最後に残った男は足が震えて動けなくなっていた。
すると、男はこちらを睨み付け、
「きょ、今日のところは見逃してやる…感謝しやがれ!」
などとわけのわからない捨て台詞を吐いて、一人で逃げていった。
僕は女の子に手を差し伸べて、大丈夫かと尋ねる。
すると女の子は僕の差し伸べた手を、
──勢いよくはたかれた。
きょとんとしている僕に、女の子は泣きながら怒鳴り付ける。
「どうして…どうしてあんな余計なことをしたんですか!あなたが来なければ、お兄ちゃんを助けられたのに…」
「お兄ちゃん?」
「そうですよ。お兄ちゃんは今、拠点の外に出たっきり帰ってこないんです…だから、お兄ちゃんを一緒に探してくれる人を探してたのに…」
「それでさっきの人たちに、お兄さんを探す代わりってことであんなことしてたの?」
女の子は顔を赤くしながら、
「だって、私には依頼を出すための対価を持ってないんです…それで色んな人たちに断られて…さっきの人たちは、最後の希望だったのに…」
女の子は、どうしてくれるんだと訴えるかのようにこちらを睨み付けてくる。
…この子はそんなことをして、お兄さんが喜ぶと本気で思っているんだろうか。
いや、この子はきっと、後先考えずに突っ走るタイプだ。
放っておくと、またさっきの男たちのような無理難題な要求をされて、お兄ちゃんのために、て言って要求を受け入れるに決まっている。
だったら……
「だったら僕が一緒に行くよ。それでいいでしょ?」
女の子はえっ?と言って意外そうな顔をする。
「だから僕がその依頼を受けるって言ったんだよ。取り引きの邪魔しちゃったみたいだし、そのお詫びってことで。」
「ほ、本当にいいんですか?私、報酬とか、なにも用意出来ませんよ?」
女の子の表情は、不安の中に少しばかりの希望が浮かんでいた。
「お詫びなんだから報酬なんていらないよ。それより、出発はいつにする?僕はいつでも出られるけど。」
「今!今すぐ行きましょう!」
女の子は僕の問いに即答し、拠点の門まで走っていく。
すると、女の子は突然立ち止まり、こちらを向く。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私は秋です。よろしくお願いします。」
「僕は翼。よろしく、秋。」
自己紹介を済ませた僕たちは、改めて拠点の門に向かう。
……何か忘れている気がしたが、今は後回しにすることにした。