7.モテ期?
序章『三つの縁談』の時点に到達しました。
誕生祝賀会が終わって、数日後。
執務室に呼びだされたリーフェをソファに座らせて、ハルムは切り出した。
「お前に縁談の申込みがあった。三件届いている」
「え?……冗談ですよね」
「クラース=ファン=デーレン大尉、ルトヘル=デ=クヴァイ少佐、ニーク=カルス少尉の三人だ……どの男にする?」
ハルムは眉も上げず、結論だけを問いかけた。
「えーと、待ってください。私が選ぶのですか?……というか、何かの間違いではありませんか?」
常に冷静な妹が狼狽える様を見て、リュークが噴き出した。
「なんで、ルトヘルとクラース?……それに、ニークまで」
リーフェも、信じられない気持ちの割合が多くて、おかしくも無いのに、口が笑った。
「……『ドッキリ』ですよね……?……何か負債を抱えていて、持参金が必要になったとか……?……それとも、実は男色家で、仮面夫婦希望とか……?」
「そのような事実は無い」
ハルムは冷静に返答した。
リュークはニヤリと嗤って、妹の肩を叩いた。
「……『モテ期』?」
茶化す声に、リーフェは苦い顔で兄を仰ぎ見る。
「翌月の終わりまでに、どこに嫁ぎたいか決めなさい」
元よりリーフェは、ハルムの簡潔な指示に対して否やを言うつもりは無い。
つもりは無いのだが―――
「……こういうの、どういう基準で、決めたら良いのですか?」
結婚前まで浮名を流していた兄に珍しく心細げな様子でリーフェは縋ってみた。
しかし返って来た答えを聞いてリーフェの瞳は失望に染まった。
「アミダくじはどう?」
綺麗な金髪を書き上げニコリと笑う兄。
やっぱり自分で真剣に考えよう。リーフェは溜息を吐いてこう決心したのであった。
** ** **
結婚はいつかしなければならないのだろう―――とリーフェは理解していたし、父に良い人を探してもらうことになるのだろうと、なんとなく想像していた。
今まで、破格に自由にさせて貰ったのだ。
『婚姻』は―――いわば侯爵家令嬢としての仕事の一つだと思っている。領地を統べるアールデルス侯爵家を守り、ひいては王国を滞り無く存続させるために必要な貴族の責務だと……承知しているつもりだ。あまり気乗りはしないが。
それにリーフェは厳格な父を信用していた。侯爵家の不利益にならないよう考慮するのは第一だろうが、不本意に不幸な境遇にリーフェを追いやる事は無いだろうと信じていたし、事情が許す限りの範囲で出来得る限り最善の相手を選択してくれる筈だろうとも思っていた。だから全面的にハルムの指示に従うつもりだった。
実際ハルムは、リュークが義姉ロッテを娶る事を承知している。彼女は兄の幼馴染だったが……一般的に侯爵家嫡男と婚姻を結べる身分では無かった。
しかしハルムが認めたこの婚姻は、一言で言うと『結果オーライ』だった。彼女を手に入れてからのリュークは人が変わったように放蕩生活から足を荒い、仕事に邁進するようになったのだから。それとも、それもハルムの計算の内だったのだろうか……?
今の状況は、リーフェの想定外だ。
選択の余地があるとまでは―――想像していなかったので、中々に戸惑いは消えてくれない。
求婚者が三人。
自分が選ぶ側。
しかも、三人とも知り合い。
というより友人や同い年の兄妹といった比較的近しい間柄。
(知らない相手だったら、現実感無く受け入れる事が出来るのに)
と、リーフェは溜息を吐いた。
実際、何故?という戸惑いの方が大きいし、異性と意識せずに付き合っていた相手と結婚するなど、気恥ずかしさが半端ないのだ。
しかし、あと一月の内にその中から一人を選べ、とハルムは言う……
つい先日顔を合わせた夜会の事を思い出す。
ニークもルトヘルもクラースも、いつも通りだった。
アルフォンスに振り回された後、ぐったりしてしまったリーフェに一応……と言う形で三人ともダンスに誘いはしてくれたが、それほど熱心に食い下がったりはしなかった。エスコート役のニークは義務として傍に居てくれたが、ルトヘルもクラースもその後沢山の貴族令嬢に囲まれ群れの中心へ押し流されるように去って行った。
そしてアルフォンスとのダンスにあぶれたご令嬢や、元々二人目当てで参加した女性達の相手を次から次へとこなし、華やかに優雅に夜会を盛り上げていた。
何度か休憩と称して、リーフェが腰掛ける椅子の近くに来ては二人は世間話や冗談を披露してくれたが―――今回の縁談の話は、ちっとも話題に上がらなかったのだ。
という事は……そもそも当人達の希望では無い可能性もある。当主が勝手に本人の同意を取らずにこちらに申し込んだのでは?
流石にもう伝わっているかもしれないが―――
(これって、私が選んだ相手は逃げられないってことよね?)
では、先ずやるべき事は相手の意志の確認かもしれない。
ニークは別として、ルトヘルもクラースもあれだけ女性に人気があるのだ。きっと本命の恋人の一人や二人―――いや、本命以外にも三人や四人―――好きあった女性がいるに違いない。家格が合わなくて正妻になれないのなら未だしも、身分の釣り合う相手と付き合っているなら。もし知らずにそちらと添い遂げる道を潰してしまったら申し訳なさすぎる……と、リーフェは蒼ざめた。
「よし」
取りあえず、相手に会って話を聞こう!
リーフェはそう決意したのだった。