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18.蛮族討伐



山奥に住むと言う蛮族は神出鬼没でゲリラ戦を得意とすると言う。辺境の村を襲い金品や食料を奪った後その村に火を放ち、混乱の最中に姿を消す。


「我々は蛮族が使用する抜け穴を探していたのです。地下に巧妙に掘られた坑道が山の中に網目の様に張り巡らされていて入口は人目には分かり難くなっています」

「……なるほど」


広げた地図の上には、坑道の入口と蛮族の潜んでいる隠れ谷の位置が示されている。答えないアルフォンスの代わりにルトヘルが返事をする。するとインリーは恐縮した様子で言い訳がましく続けた。


「こちらの不手際で足止めとなってしまい、申し訳ございません。アルフォンス様には遥々お越しいただいた上……」

「……こちらはあくまで『援軍』と言う立場なのでお気になさらず。ホフマンの指示に従うのが当たり前です。そう恐縮なさる必要はありません。―――で、こちらはこの隠れ谷を急襲すると言う事になるのですか」


それまでむしろ冷徹な視線を投げ掛けて沈黙を守っていたアルフォンスがニコリと相好を崩したので、インリーはホッとした様子で後を続けた。アルフォンスが頷きながらインリーからの要請に耳を傾けている間、ルトヘルは観察するような視線をインリーとその部下に向けていた。







ホフマンの要請は突き止めた隠れ谷の蛮族の捕縛だった。あちこちの辺境で村を襲っていると言う族を事前に捉えると言うものだ。アルフォンス達は入手した情報を元に作戦を立て蛮族の隠れ谷を奇襲し、捕縛する事に成功した。

隠れ谷に陣を作っていた蛮族はホフマンの民と明らかに異なる人種で、浅黒い肌で額と鼻ががっしりと突きでていて、庇の様になった眉の下の目はギョロリと大きく顔半分はボサボサとした長い髭で覆われていた。言葉は全く通じない。イエンイエとは全く文法も発音も異なる言葉でオーケを始め多少言語に心得のある者達にも蛮族の言葉を理解できる者はいなかった。


捕虜として確保した男ばかりの蛮族達は、弓矢や刃物などの武器類を奪われ縄で括られたままインリー達が差し向けた護送馬車に引き渡す事になった。

入念に立てた計画が功を奏し、負傷者は出たものの死者を出す事無く蛮族の捕縛は成功した。直後に次の隠れ谷の情報が舞い込み、結局アルフォンス等遠征軍は大小三つの蛮族のアジトを抑え未然に族の襲撃を防ぐ事になった。




三つ目の小さな隠れ谷を抑えホフマン軍に捕虜を引き渡し、その馬車を見送った時にアルフォンスの目の前に白い埃のような物が舞い落ちた。


反射的にフッと手を出すとふわりとそれは彼の手をけて舞い落ちて行く。


「どうしました?」


隣に立ち同じ方向を見ていたルトヘルがそれに気付き声を掛けた。


「いや、何か白いものが……」


と呟き空を見上げると、同じような白い埃がふわふわと幾つも舞い落ちて来る。


「アルフォンス様、『ユキ』を目にするのは初めてでいらっしゃいますか?」

「『ユキ』?」


後ろに立っていたオーケが一歩踏み出て来て、掌を上に向けてふわふわと舞い落ちて来るその埃を受け止めた。


「雨が凍るとこのように、柔らかい粒になって降り積もるのです。ホフマンでは冬の龍が冷たい息を吐くと、雨がこのような結晶となると言われています」

「冬……ユキか」


いつの間にか吐いた息が体から離れた処で白い靄となるほど寒くなっていた。書物では知っていたが、寒くなると降って来るユキと言うものを見るのは、アルフォンスもルトヘルも初めてだった。


「掴もうとせず、落ちて来るのを待つのです」


アルフォンスはオーケに倣い掌を上に向けて、ユキが落ちて来るのを待った。するとふわりと一粒、掌に落ちて来る。すると瞬時にそれは消えてしまう。


「消えた」

「ええ、氷と同じですから。すぐ溶けます」

「……」


口を閉ざして何かを考え込むアルフォンスに、ルトヘルは声を掛けた。


「アルフォンス様、辺境の討伐はこれで最後になるとインリーから知らせが来ています。駐留を解いて街に戻るようにと。―――おそらくユキが積もる前にウンチュウを発つ事が出来るでしょう」

「……」

「このままここに居ては冷えます。ひとまず中に入りましょう」

「―――ルトヘル」


アルフォンスは掌を見つめたまま再び口を開いた。


「馬車を追ってくれ。捕虜達が何処へ運ばれるのかを確かめたい」

「……収容所と、インリーには聞いていますが」


慎重にルトヘルは声を潜めて呟いた。アルフォンスは顔を上げて、ルトヘルをヒタ、と見つめた。


「ああ、そうだろう。……それを確かめたいんだ。もう俺達の任務は終わるのだろう?帰りがけその収容所を一目見るくらいの余裕はあるだろう」



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