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16.辺境にて

時間が戻り、アルフォンス側のお話になります。



アルフォンス率いるズワルトゥ遠征軍が蛮族の討伐を依頼されたのは、辺境のウンチュウと呼ばれる地域だった。ウンチュウの知事はアルフォンスを大層歓迎してくれ、そんな場合ではないと固辞する彼等を説得し連日宴席を設けるのであった。


この地域の慣習に乗っ取り、床の上に敷いた熱い敷物の上に座りグルリと輪になって座る。中央のスペースに綺麗どころが膳を捧げ持って現れ、客人の前に配膳し酒を注いで回る。ホフマン式の、ボタンの無い布を幾重か重ねた衣服を体の前で合わせ、広い帯を腰に巻き長く裾を引いている。ヒラヒラとたなびく色鮮やかな裾を眺めながらボーっと魅入られたように動かない者も其処此処に見られた。


笑顔で卒なく知事の相手をこなしていたアルフォンスは、その知事が席を立った隙に隣に座るルトヘルにその笑顔を崩さぬまま、低い声で呟いた。


「危機感も何もあったもんじゃ無いな。俺達が遥々海を渡って来たのは、ホフマンの権力者と懇親会を行う為だったのか?」

「……」

「直ぐにでも現場に向かいたいのに、移動も含めると首都を出てもう一月になる。悠長にも程があるぞ」

「あちらの考えもございますから……先ずは指示に従うのが賢明でしょう」


実はルトヘルもおかしいとは思っている。知事から『中央の指示待ちです』と言われて足止めを食っているのだ。その前にも同じような事があった。首都でも宰相からもてなしを受け、思った以上に出立が遅れたのだ。

実戦となればこちらも無傷と言う訳には行かないから、勿論何も無ければ無いで―――その方が良いに違いない。元々ホフマン首長国の要請に応じて援軍に来たのだ。ズワルトゥに積極的に事に当たりたいと言う理由は無いに等しい。しかし、悠長過ぎる。


天災による災害現場や、戦局の移り変わりの激しい戦場ならそう言う事もあるだろう。あまりに現場の状態が酷く後手後手に回ってしまい、情報を処理しきれず届いた支援の手を上手く捌ききれず滞留させてしまう事なら、よくある事だ。呼ばれたは良いが何日も放置される事も、トップに全体を広く見て指示を出す技量が無く本部自体が混乱していればあり得る話だとは思う。


しかし実際に侵攻を受けているのは辺境の領地ばかりと聞いており、首都が混乱する要素は無い。平和ボケしている首都が上手く手駒を回せていない―――と言う可能性は無きにしもあらず、と言う所だが……そんな状況でズワルトゥの援軍を招く、と言うのは内情の混乱を暴露するようなものだ。穏やかそうな容貌のホフマン首長国の宰相は、それほど暗愚には見えなかったのだが……とルトヘルは首都で幾つか宰相のシーアンと交わした会話を思い出していた。


だからアルフォンスの苛立ちもよく理解できる。


ルトヘルもお目付け役としての立場が無ければ強引に情報を引き出して、現場へ向かう事を真っ先に提案していたのだが―――今回は手柄を上げる事より年若い王弟を護る事を第一としている為、どうにも慎重になってしまう。


「出来るだけ早くケリを着けたい」


アルフォンスが早く帰りたがっている気持ちを十二分に理解できるルトヘルの心情は複雑だった。彼にはリーフェを横から搔っ攫われたも同然だったが……元々アルフォンスが彼女に執着しているのもルトヘルは承知していた。しかし実のところ、実際アルフォンスの我儘がまかり通るとは思っていなかったのだ。


ずっとリーフェを密かに望んでいたルトヘルだが、女性経験もそれなりにあるし侯爵家の嫡男として違う令嬢を娶らなければならない事態も想定はしていた。ただ叶うのであれば、学院時代からずっと慕わしく思っているリーフェを手に入れる為に出来る限り足掻いてみたいと思っていたのだ。一度跳ねのけられた縁談をもう一度持ち掛けた時―――宰相であるアールデルス侯爵の感触は悪く無かった。ただ『リーフェに侯爵夫人が務まるとは思えないが』と心配気に漏らしていたが、それについては自分がいくらでもフォローできると思ったからこその求婚だった。


本心ではアルフォンスに諦めて貰いたいと、ルトヘルは思っている。だからこそ軍に士官した彼を色々な遊びに連れて行ったのだ。その当時彼は全くの子供だったが、リーフェに対してみせる執着には……何か子供の無邪気な思慕を超えたものを感じていた。できれば年相応の相手に目を向けて貰いたいと言う下心が、ルトヘルにはあった。


それは現時点でも同じだ。


アルフォンスが、ホフマンの若い女性に心を移せば都合が良いと思っている。そうすれば、姉のような女性に対する刷り込みのような思慕が、一時の気の迷いだと気付くかもしれない。若しくはその浮気な気持ちを知ったリーフェが愛想を尽かせばよいと思っている。王族の命令を断る事は通常なら不可能だが、リーフェに心酔しているアルフォンスは彼女の真剣な願い事を受け入れるだろうとも、ルトヘルは想像していた。


しかしなかなかアルフォンスは頑固で、彼のリーフェへの執着心は衰えを見せない。


だから彼の心情は……複雑なのだ。


ルトヘルはアルフォンスの才能に惚れ込んでいる。『王宮の太陽』と評される所以、人を惹き付けずにはいられない魅力的な人柄も、仕えるべき王族としてこの上ない才能だと思っている。軍に士官したての頃、王族であるにも関わらず先輩であるルトヘルに素直に従う様子を示してくれた所も―――実は可愛く思えて仕方が無い。

相手がリーフェでなければ、年の差があろうが身分差が多少あろうが想い人との仲を応援してやりたいと思うぐらいには、ルトヘルはアルフォンスを大切に思っているのだ。


だからアルフォンスの気持ちが他のご令嬢に移るのが、ルトヘルにとっては一番望ましい流れなのではあるが。ここに来てなかなかそれが難しい事なのだと、思い知らされている。


「よし、明日知事に進言しよう。もう酒も踊りもコリゴリだ、なあルトヘル」


給仕が一通り落ち着いた後、中央に薄い衣を纏った踊り子達が舞うのを楽し気に見ている振りをしながら、アルフォンスが低い声で言った。ルトヘルも一際美しい中央の踊り子が自分に送る流し目に応えるように微笑みを浮かべて、踊りに見入っている風を装いつつ他には漏れない声で返答した。


「……現状維持もアリかと思いますが」

「真面目なお前とも思えない発言だな」

「机上の事務仕事なら、真面目にやりさえすれば確実に成果は出ます。が、こと現場や実戦となると、真面目な事が良い結果に繋がるとは言いかねますからね」

「ふむ……」


利発な少年だ、とルトヘルは思う。

臣下の言葉に感じるべき意味が入っていれば、必ず耳を傾ける。その上で自分で判断しようと試みるのは、舐められるのを恐れがちな若い権力者には難しい事だ。


ルトヘルは邪な考えを振り払うように頭を振り、クスリと笑って口添えをした。


「先ずは進捗状況を確認しては?『中央の指示待ち』一辺倒なら、こちらから直接首都に提案し指示を仰ぐと言う選択肢も取る必要があるでしょう。独自に情報収集するにしても相手の手の内を知ってからでも遅くは無い。―――どちらにせよ、今ズワルトゥの国土は平穏なのだから焦る必要はありますまい」


チクリと小さな皮肉を忍ばせた事に、アルフォンスも気付いたようだ。そう、これはズワルトゥの問題では無く、ホフマンの問題なのだ。身を入れ過ぎては馬鹿を見る可能性もある。大事なのは、優先すべきは―――本国と本国にいる国民の安堵なのだから。『援軍』と言う線引きからわざわざ焦れて踏み出す必要は無い、との助言を込めたのだ。


コクリと神妙に頷いたアルフォンスは、しかし次の瞬間ニコリと微笑んだ。その艶やかな微笑みを目にした踊り子や給仕の女性達が頬を染める。アルフォンスは踊り子から目をそらさずに、面白そうに呟いた。


「―――とは言え、お前の事だ。既に諜報は進めているのだろう?」


ルトヘルはそれには答えずに薄く微笑むに留めた。


「さ、知事が戻られます。酒と踊りにすっかり絆された世間知らずの王弟はそのような鋭い眼光を見せたり致しません、それ(・・)は仕舞ってください。―――相手を下手に警戒させるのは、一番の悪手ですよ」



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