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13.依頼



ニークは今度は食って掛かる事は無かったが、彼が収まらない想いを何とか抑え込んでいると言う事は、ウートウシュを睨む視線で読み取れた。リーフェはニークとチラリと視線を合わせてから再び尋ねた。


「『依頼』とは何なのですか?それと引き換えに取っている『質』とは?彼にとって大事な品……王家に伝わる宝飾品か何かをアルフォンス様から奪い、貴女方は隠してしまわれたと言う事ですか?」

「……アルフォンス様にご依頼したのは、さるお方の説得です」

「説得?その『お方』とは?」


訝し気に聞き返すリーフェに対して、胸に手を当ててすっと立ち上がったウートウシュは黒髪をサラリと靡かせて頷いた。


「先の巫女姫であらせられるアダ様を、神殿に連れ戻していただくようお願い申し上げました」

「さきの……」

「先代の巫女姫は行方知れずの筈では?お前達の宰相がそう言っていたぞ」


晩餐での宰相のシーアンの台詞を思い出しながら、ニークは尋ねた。リーフェも覚えている。確かシーアンは、アダとは全く連絡が取れず更にその出身地の村人も全て消え去ってしまったのだと言っていた筈だ。


「おっしゃる通りです。アダ様は村人と共に、その身をお隠しになりました」

「ではアルフォンス様だけに判る印のような物が、そのアダ様か村人にあるのだとでもおっしゃるのですか?それともアルフォンス様がその―――アダ様と村人を見つける事が出来る特別な能力を持っているとでも?」

「いえ、そう言う事ではありません。逆です、アダ様にアルフォンス様を見つけていただくのです。その為に―――アルフォンス様を雪山で崖から突き落とさせていただきました」


「はあ?!」


ニークは今度こそ黙ってられなくなってしまい―――大きな声を上げた。するとウートウシュは人差し指を薄い桃色の唇に押し当てて、美しくけぶる眉を寄せた。


「結界を張ってはいますが、一応お静かに。監視の者に聞こえてはコトですから」

「は……結界?」


初耳の単語に、ニークは思わず問い返した。


「神殿側では無い者が見張っていると言ったでしょう?私の力で部屋の中を覗けないように結界を張りつつ、お二人が熟睡されている疑似イメージを外に控えている神殿の者が監視をしている能力者に見せているのです。多少なら問題ありませんが、流石に現実の耳の方に大きな物音が聞こえてしまえばイメージのすり替えにも気付かれてしまいます」

「監視……それはつまり『宰相』の……?」

「そう、シーアンの子飼いの能力者です。神殿に接収されていない者なので力は微弱ですが無防備な他国の者を見張る分には十分だと考えているのでしょう」


神殿側以外の監視者とは、宰相の手の者だった。先ほどは思わせ振りに匂わすだけだったのに随分素直に明かすものだとニークは目を瞠った。


「……幾つかお話をさせていただき、あなた方には正直にお伝えした方が話が早いとお見受けしました」

「……!」


また心を読まれたのかと、ニークは不快気に眉をしかめた。するとウートウシュは首を振って微笑んだ。


「……読むまでもありませんよ。カルス少尉、貴方は護衛としては少々無防備ではありませんか?リーフェ様に比べ、表情も心情も少し分かり易過ぎます。―――ルトヘル様とは違った意味で読み易い」


それは一体どういう意味で?と、気になったが。今はそう言う場合ではないと思いニークは口を噤んだ。確かに少し気を緩め過ぎている―――アルフォンスが生きていると聞いて肩の力が抜けた所為か、若しくはウートウシュに、少なくともリーフェを傷つける意志が無く、尊重する気配が感じられた所為かもしれない。


「あの、アルフォンス様を『雪山で突き落とした』とは……?そんな事をしてアルフォンス様が無事だと、何故言い切れるのですか」

「印を付けておりますので」


黒い瞳にジッと見据えられ、思わずリーフェは額に手をやった。


「巫女姫様の加護……」

「そうです、アルフォンス様にも同じ物を」

「……」


そんな場合では無いと言うのに、リーフェの胸は少しチリリと痛んだ。美しい真っ黒な瞳は吸い込まれそうに大きい。ウートウシュの黒髪もリーフェの波打った茶色いフワフワした髪と違い、絹糸のように滑らかでサラリと真っすぐに肩に落ちていた。

あの時まで弟とも息子とも思っていたのに……強引に引き寄せられ口付けられた記憶が、リーフェの芯に小さな火を灯してしまったのだ。リーフェは見知らぬ感情の疼きを感じ、居心地悪く身じろぎした。


すると「おや?」と眉を上げたウートウシュが面白そうに笑った。


感情の発露を感じ取ったようだ。リーフェは恥ずかしくなってしまい、少し背の高い彼女をキッと見上げて緩んだ心の紐を縛り直した。


「フフッ……ご心配なさらないで下さい」


そしてスッとリーフェの前に一歩進み出ると、ニークが抗議の声を発する前にウートウシュはキュッとリーフェを抱き竦めた。


「リーフェ!」

「え……」


ウートウシュはリーフェの手を取り、自分の胸に押し付けていた。


「ない……」

「はい。ご心配なさらなくとも、私は同性に興味はございません」

「おい、離れろ……っ」


ニークが手を掛ける前に、ウートウシュはスラリと身を引くと同時に躱した。それから目を細めてニークに笑いかけた。


「貴方ほどではありませんが、体術に覚えもあります。精神感応の力と合わせれば、貴方の動きを読んで躱す程度の抵抗なら……私には容易い事です」

「それでは、神力だけでニークをどうにか出来る、と言っていた訳では無いのですね?」


リーフェは最初にニークが首に短刀を突き付けた時の、ウートウシュの台詞を思い出していた。


「そう言う事です。流石にこれほどの手練れを抑える神力は、私は持ち合わせておりません。合わせ技で何とか対応できますが……まあ、正直最初は多少ハッタリも交えて応対させていただいたと言う訳です」

「男……何で女装なんか……」


ニークは女とばかり思っていたウートウシュが、男だったのだと言う事実をまだ受け入れられずにいた。見た目は申し分ない、完璧に美しい少女なのだ。間違えないと言う方がおかしいだろう!と、内心憎々し気に呟いた。

すると如何にも無邪気な様子でウートウシュは首をかしげて見せた。サラリと黒髪が揺れる様が、ますます彼女……では無く『彼』の美しさを引き立たせる。




「私、一度でも自分を『女』だと申しましたでしょうか?」

「……」

「いえ、そうですね。……あなたはおっしゃりませんでした。完全にこちらの勘違いです」




押し黙るニークの代わりにリーフェが答えた。そうして茫然と自分の右手を見下ろす。リーフェもすっかり彼を『彼女』だと誤解していたのだ。


しかし意地が悪い、とも思った。


リーフェはともかくニークがウートウシュを女性だと勘違いしている事は『彼』にはお見通しだっただろうに、と。ニークも苦々しい表情を隠しきれない。きっと同じ事を考えているに違いない、と思った。神力が無くとも、従兄の気持ちが手に取るように分かる瞬間がある……と、その時リーフェは思ったのだった。



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