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9.遭遇



「―――フェ」

「……ん……」

「リーフェ、起きてください」


強制的に眠りから引き起こされ、リーフェは重い頭に手を伸ばす。それからシパシパする瞼を擦り体を起こした。暗闇に目を凝らすと、目の前に人型のシルエットがぼんやりと浮かぶ。


「……ニーク?」

「……」


クスリと笑う気配がして、リーフェはそれがニークでは無いのだと理解した。


「……誰?」


薄暗がりに目を凝らすと、徐々に目が慣れて来てその人型の表情が浮かび上がって来た。昏いと思っていた空間は、木製の扉の隙間から入る星灯りで僅かに照らされているようだった。


「え……貴女……」


目の前にいたのは―――巫女姫の謁見室で顔を合わせた、巫女姫の侍女だった。

呆気に取られるリーフェに向かって、黒髪の侍女は薄暗闇の中で微笑みを浮かべたようだった。




「リーフェ様、お久しゅうございます」

「貴女は―――」




そう言えば侍女の名前を知らないままだった事にリーフェは気が付いた。心得たように薄暗がりの中で頷く侍女が呟いた。


「ウートウシュです」


寝室に突如現れた不審者であると言うのに、気後れを全く感じさせない。これには変わり者と揶揄されるマイペース過ぎるリーフェも不審気に眉を潜めた。


「どうやって……どうしてこちらに?」


戸締りと鳴子の仕掛けをすり抜けて来た方法については、おそらくホフマン側の用意した宿舎である時点で抜け道があるのだと分かった。今更それを確認しても仕方がないとリーフェは直ぐに思考を転じた。

『何故夜、人目を忍んで現れたのか』と言う理由の確認を優先する方が、賢明だと判断したのだ。


「流石……落ち着いてらっしゃいますね。先ずは最初の質問にお答えしましょう。私はシーアンの用意した宿舎のどちらに貴女がいらっしゃるのか、貴女に付けた印を辿って把握しました」

「印?」


あ、とリーフェは声を上げて、自らの額に触れた。クスクス笑いで応じられて、それが正解なのだと把握する。


「そう、あの時印を付けさせていただきました。約束を守って頂いて何よりです。シーアンに知られたら何等かの手段で、印を消されたかもしれません」

「ではあれは『加護』では無くて追跡用の『印』だったのですね」

「『印』であり『加護』でもあります。何か良くない事が起こればある程度把握できるので、お守りする事も可能です―――貴女に何かあったら、黙っていない者がおりますゆえ」

「『黙っていない者』……?」


リーフェが呑気に首を傾げた時、キラリと光る物が侍女の首に差し出された。


「ニーク……!」


侍女の背後に音も無く立ち、刃物を突き付けているのはニークだった。


「リーフェ、離れろ」


低い声でリーフェに指示をするニークは、道場で摸擬戦を行う時と同じような鋭い表情をしていた。いや、それ以上に激しい殺気を放っている。


「ほら、ここにも……」


しかしそんな鬼気迫る状況だと言うのに、黒髪の侍女は泰然としてむしろ微笑みを含んだ声で面白そうにそう、呟いたのだった。



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