2.出迎え
ホフマン首長国に到着した船を迎えたのは、ルトヘルだった。
船を降り立った調査団の一団が一列に並び、ルトヘルを前に一斉に脚を揃え胸に拳を当てる姿勢を取った。臨時ではあるが、現在駐ホフマン首長国大使に任ぜられているルトヘルはズワルトゥ王国軍の階級に限らず文官である宰相の一つ下の位と同等の地位と見なされる。
その列に一人だけモタモタと一拍遅れた騎士の礼を取る小柄な人物がいた。当然直ぐにルトヘルの目に留まる。
「……リ、リーフェ?!」
衝撃に目を見開くルトヘルに、リーフェは如何にもバツが悪そうに照れたような微笑みを返した。隣に控えていたニークが一歩踏み出て、ルトヘルに顔を寄せて呟く。調査団のメンバーには周知の事実だが、港の其処此処を歩くホフマンの民にあえて大きな事で宣伝する事でも無い。
「リーフェが調査団に随行する事をご存知無かったのですか?デーレン少尉は『クヴァイ大佐に報告済み』だとおっしゃっていたのですが」
ズワルトゥ王国出国時には少佐であったルトヘルだが、今回臨時の駐留大使を務めるにあたり二階級特進で大佐となっている。
「クラースの奴……!全く一言もそんな事は書き送って来ていない。しかもリーフェ……ああ、君の髪が……」
動揺して思わずリーフェの前に進み出、ルトヘルは短く切り揃えられた髪の切り口に手を伸ばそうとした。するとニークが牽制するように、すっと前に出る。
「大佐、その件については後ほど。先ず指示をお願いします」
「―――っ、そうだな」
ニークの言葉にルトヘルはハッと自分を取り戻した。直ぐに威厳を取り戻し、手配済みの馬車へ荷物を積み込むように指示を行うと手際良く人員の配置を決め、御者と調査団の者に指示を与えた。調査団員の馬車に乗り込もうとしたリーフェを制止し、自らが乗る馬車へと誘導する。ニークも勿論護衛として同乗した。
かくして一行は、ルトヘルが滞在しているホフマン首長国が提供した迎賓施設へと移動する事となったのだ。
馬車の中で並んで座るリーフェとニークに向かい合い、ルトヘルは疲れたように首を振った。
「調査団に随行する者がいるとは聞いていたが―――まさか君だとは。クラースは一体何を考えているんだ?!まさか王弟の婚約者を派遣するなどと……」
いつも冷静なルトヘルが見せる常にない動揺に、ニークとリーフェは顔を見合わせた。
「まあ、確かに俺も反対しましたし、リーフェが髪を切ってしまった事に驚かれる気持ちは分かりますが」
「この後の巫女姫への謁見は―――当然回避するのでしょうね?」
ルトヘルはニークの言葉には反応せず、リーフェを真剣な面持ちで見据え言った。動揺したため自分と彼女の現在の立場を忘れ親しい口調で話していた事に気付き、適切な口調を心掛ける。リーフェはそのような些末な事を全く気に掛ける様子も無く首をコテン、と傾けてその小さな顎に人差し指を顎に当て不思議そうに返答した。
「いえ、できれば同席させていただきたいのですが」
リーフェとしては出来る限り自分の目で確かめ、余すところなくアルフォンスの情報を集めたいと考えていた。
「……お勧めできません。調査団の団長のみが顔合わせする方向で進めた方が良いと思います」
「何故ですか?」
「―――」
真っすぐに正面から向けられる緑色の瞳に晒され、ルトヘルは言葉に詰まり視線を逸らした。
「それは―――必要があると思えないからです。第一、ホフマン首長国側に王弟の婚約者が訪問すると事前に伝えておりませんから、こちらで根回しも何も行っていない。アルフォンス様自体が現在本国で療養中と公言している状態なのに、その傍を離れて単身乗り込んで来る婚約者など何と説明すれば良いのですか?」
「今回私は、アルフォンス様の婚約者として訪問したのではありません。あくまでズワルトゥ王国王立学院から派遣され、マコチュヴィカ学院長代理としてホフマン王国辺境の薬草採取を目的として調査団に随行しただけです。それに農地経営の分野で復興支援案に協力する事も出来ると思います、随行は不自然では無いでしょう?」
「ならば尚更、宰相や巫女姫との謁見まで行う必要は無いでしょう。事務方や現場と直接遣り取りを行えば良いのではありませんか」
ルトヘルは狷介に眉を顰め、重い声で続けた。
「しかし……リーフェが現地に赴くと言うのも……。慣れない辺境に踏み込まれる事には賛成できません。直ぐに帰国される事をお勧めします。それが叶わないなら、首長国の復興支援に助言を行う専門家として都に留まられる方が宜しいかと思います」
二人の遣り取りを黙って聞いていたニークは、頑ななルトヘルの態度に違和感を覚えた。率直にして実直、清廉潔白が取柄の―――『蒼の騎士』ルトヘル=デ=クヴァイらしからぬ態度に思える。そう、何か奥歯に物が挟まったような物言いだと感じたのだ。




