1.船出
今話からホフマン首長国編となります。
長らくブックマークを維持していただいた方々、有難うございます。
手探りしながらゆっくり更新になるかもしれませんが、お付き合い願えると嬉しいです。よろしくお願い致します。
潮風がサラリと茶色の髪をなぶる。
甲板に立ち、まだ陸の見えない海の向こうを眺めている小柄な背中に後ろからニークは近づいた。
「……勿体ねえな」
顎の辺りで切りそろえられた髪は、まるで少年か神殿に仕える神官見習いのようだった。ただ華奢な肩のラインと細い首が成人の男性では無い事を示唆するだけだ。ズワルトゥ王国の貴族女性でこのように髪を短く切っている者はいない。後ろから少しクセのあるその髪を一房掬うと、その気配を感じたリーフェは振り向かずに応えた。
「すぐ伸びるわ」
「まさかこのまま修道院に入るつもりじゃないだろうな」
リーフェはフフッと笑った。
「修道院に入るつもりは無いけれど、このまま薬草を探して世界中を旅するのも良いかもね」
「ホフマンに着いたらそのまま大陸まで行く気じゃないだろうな?」
「まさか。彼を探さないと」
「……遺体をか?」
熱が下がり起き上がれる体力が戻ったリーフェは、ホフマン首長国へ向かう事を決意した。単身で乗り込もうとした所をハルムとリュークに阻止される。護衛のニークの目を盗んで抜け出そうと何度も試みる彼女に、調査団に随行する事を提案したのは兄のリュークとクラースだった。マコチュヴィカ学院長とフェリクス国王に根回しを行い、薬草採取の名目で随行するよう進言したのだ。
調査団は表向き、ズワルトゥ王国史編纂の調査と蛮族の侵攻で疲弊したと言われるホフマン首長国の復興支援に向けての事前確認を目的としている事になっている。今回の遠征を行った地域に赴き調査を行い、ホフマン首長国首長と謁見し今後の復興策について話し合うのだと、相手側には通達していた。
しかし実際は、行方不明になったままの王弟の捜索と言う密命も背負っている。後処理の為現地に駐在しているルトヘルに接触し、当時の状況も確認せねばならない。アレフが雪山から滑落した際、一番近くに控えていた筈の彼から直接話を聞き捜索を行う流れが想定されていた。何故かルトヘルは通り一辺倒の手紙を帰還する兵に預けただけで、自身はホフマン王国に残ったのだ。
王弟の捜索、とは言うもののその生死は問われていない。つまり調査団に課せられた任務は、亡骸を確認し遺骨、遺髪などを確保するだけでも構わないのだ。既にそれが主目的で、併せてルトヘルが行っている事後処理を支援せよとの勅命が下っている。
ニークは当然、反対した。
今更遺体探しをしたって何になると言うのだ。変わり者の令嬢ではあるが、十分大事に守られた環境で生きて来たリーフェには酷過ぎる、と。
しかし調査団への随行が決まってから、リーフェはグングン体調を回復させニークに止める機会も与えぬまま、捜索の邪魔になるからと髪まで切ってしまった。もうニークに出来る事は護衛を兼ねて彼女に付き従い、安全に帰国するまで見張る事だけだった。
遺体の確認が終わるまで、若しくは徹底的に捜索を行い彼を発見する事が困難だと判断できるまで―――アレフは離宮で療養中の身である事には変わりは無い。つまり公では無いものの、未だに書類上リーフェは王弟の婚約者であるのだ。
バサリと抱えて来たマントで、冷え切ったリーフェの体を覆う。その動作の流れのまま、ニークは小柄なリーフェをマントの上から抱き込んだ。
「ニーク……」
「風邪ひくぞ。昔から何かに熱中すると自分の事構わなくなるよな、お前。いい加減、その癖直さないと体を壊すぞ」
「―――ごめんなさい」
素直に謝罪の言葉を口にするリーフェは、稀少だ。
ギュッと一度腕に力を込め、それから彼女を解放し肩を叩いた。
「考え事なら、船の中でも出来るだろ。そろそろ……中へ戻ろう」
優しい音質がリーフェの鼓膜を擽った。それからリーフェはやっとニークを振り返り、コクリと頷いたのだった。
感想欄で催促していただいたのですが、再会するまでそれから一月以上経過してしまいまいた。全く面目ございません<(_ _)>
異世界モノは筆がなかなか進まないのですが、お時間ありましたらまたご訪問いただけると嬉しいです。




