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2.従兄のニーク

アルフォンスの誕生祝の招待状は、リーフェに直接手渡された。


「私、農園の世話がありまして……」

「代わりの者を使わせるよ。出席して」

「アレフ様は主役ですよね?だから、どうせ顔を合わせる時間はほとんど無いと思いますよ?なので私は遠慮……」

「リーフェは俺の誕生日、お祝いしてくれないの?」


アルフォンスはリーフェの反論を遮るように泣き言を言った。

彼の灰色の瞳に懇願されるように見据えられると、どうしても彼女が抗えなくなってしまうと言う事を、彼はよく知っていた。


「……」

「リーフェのドレス姿、初めてだ。楽しみだなー」


不服を籠めた視線でアルフォンスを見上げるリーフェに、アルフォンスはキラキラと輝くような満面の笑みを向けた。







** ** **







「大変、お似合いです」

「ありがとう、マリケ、カチヤ」


腕によりを掛け挑んだ侍女のマーサとカチヤの顔には、良い仕事をやり切った、という満足感が浮かんでいた。

リーフェの生涯二度目の夜会に向けて、侯爵家の侍女として本来するべき仕事を与えられた侍女達が余りに幸福そうで、リーフェは申し訳ない気持ちになった。

勤労貴族令嬢であるリーフェは、仕事の大変さもその代わり得られる遣り甲斐も、十分に理解している。彼女達の生き生きとした表情を見て、侍女の一番の楽しみをお預け状態にしていたのだと、遅ればせながらやっと気が付いたのだった。


「自分じゃないみたいに綺麗になったわ。良い仕事をしてくれて、有難う」

「いいえ、リーフェ様の魅力を正しく表現する手伝いをしただけです」

「次回のイメージも湧いてきました。次もお手伝いさせて下さい!」


若いカチヤは、目をキラキラさせて興奮気味に言った。彼女はお針子の経験があってデザインに造詣が深いのだ。

長い付き合いのマリケはお洒落にのめり込めないリーフェの性格をよく知っていたが、同意するようにシッカリと頷いた。やはり自分の仕える主を飾りたてる事は、侍女としての腕が鳴る誇らしい仕事の一つだと改めて実感したのだ。


「はい。では機会があったら、またお願いしますね」


リーフェはこんな機会は今後滅多に無いだろうな……と内心思ったが、二人の嬉しそうな様子に、敢えて否定の言葉を発する事は避けた。




確かに二人は『良い仕事』をした。


少女のようなリーフェの透明感を上手く惹きだしたナチュラルな化粧は、実は夜会の終わりまで崩れないよう、しっかりと下地を施されたものだ。栗色の髪は複雑に編み込まれ、白いリングベルのような小さな『小白草』の花を散らして、可愛らしく纏められている。美しい鎖骨を強調する上品なカッティングが秀逸な萌黄色のドレスは、透ける生地を何枚も重ねたもので、髪にあしらった小白草の花をモチーフとした飾りが絶妙に配置されている。侍女達の計算がピタリと嵌り、まるで『小白草』の妖精が出現したように、彼女を清楚に演出していた。


朴念仁のリーフェにも、『着飾る楽しみ』は理解できる。


ちょっと変装をしているようで、これはこれで楽しい。少々苦しいのも我慢できるほど、嬉しい気持ちになってしまうくらいだ。

それに綺麗な衣装には職人の心意気を感じるし、美しい布には努力して製品を仕上げた人たちの魂を感じ、敬意すら抱いてしまう。


(この布の産地はどこかしら……)


と、気になって仕方が無いが、時間が無いので、問合せは後にしようと思った。


「お迎えにいらっしゃいました」


侍従が扉をノックし迎えの来訪を告げたので、リーフェは少し気を引き締めてからエントランスに向かった。


エントランスには、姿勢の良い肢体にかっちりと夜会服を身に付けた従兄が待っていた。赤茶色の髪の男性は壁に掛かった肖像画を見ていたため、こちらに背を向けていた。


「ニーク」


声を掛けると彼はくるりと振り向いた。その動作には微塵も無駄な動きは無い。彼の家、カルス子爵家は代々武術の指南を行っており、この家に生を受けたものは幼い頃より鍛錬を重ねなければならない。特に彼は武術オタクとリーフェが評するほど傾倒しており、軍に仕官して少尉となった今では平均的な体格ながらも、彼と互角に戦える者はほとんどいないと言われる程の実力を発揮していた。昔からピョンピョン飛び跳ねる身軽な従兄に、体力の無い彼女はよく振り回されたものだ。代わりに意趣返しとして会得した、従兄に対する辛辣な物言いが、彼女にすっかり定着してしまった。

早世した母の代わりとばかりに伯母はリーフェの面倒をよく見てくれた。二人セットで扱われる事が多く、一時期二人は互いを離れて暮らす本当の兄妹だと勘違いしていた時期もあった。それくらい、リーフェとニークは近しい存在だったのだ。


赤茶色の短髪をきちんと撫で付けた紳士は、見慣れた粗野な印象の従兄とは別人のように見えた。


「驚いた。よく、似合ってる……君、本当にリーフェ?」


ニークも目を丸くしている。そのチョコレート色の瞳には、素直な賛辞が浮かんでいた。大袈裟に褒められて、リーフェは頬を染めた。


「お手をどうぞ」


優雅なエスコートを受けて、馬車へといざなわれた。

リーフェはほわほわと落ち着かない気持ちで、座席に置いてあったクッションを引き寄せ、抱き込んだ。


「私こそ驚いたわ。ニークって、エスコート慣れしているのね」


一緒に庭を駆けまわった同い年の従兄は、すっかり世慣れた遊び人になってしまったのかしら、とリーフェは何となく距離を取った。

ふっと、昏く微笑んでニークは投げ遣りに答える。


「うちの婚活中の女軍曹達に、散々扱き使われているからな。……エスコートする俺に落ち度があると、お姉さま方の市場価値が下がるんだってさ」


ほんと、こえ―よ。


吐き出すように呟くニークは、リーフェの知っている従兄の顔に戻っていた。思わず、彼女は感嘆の声を上げた。


「市場価値……!なるほどそう言う視点は新しいわね」

「そこ、感心するところじゃないから」


呆れたように、ニークはリーフェを見て、ぷいっと窓に視線を移した。


父である現宰相アールデルス侯爵が仕事で遅れるため、リーフェのエスコートは従兄のニークに託された。ほぼ夜会経験の無いリーフェはホっと胸を撫で下ろした。幼い頃から練習相手だったニークがダンスの相手であれば、なんとか踊れる。リーフェは持久力には自信があるのだが、リズム感や反射神経といった方面の能力に全く自信が無かった。それに気安い相手と一緒に居られれば慣れない場でもなんとか切り抜けられるだろう。


外をぼんやり見ていた、ニークが「あ」と思い出したように、こちらを見た。


「俺も感心した事、一個あった」

「何?」


リーフェが尋ねると、ニークはニコリと爽やかに笑って言った。


「意外と胸でけーな。見直したぞ、リーフェ」


次の瞬間ニークの顔面に、リーフェが投げつけたクッションが直撃した。



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