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25.ホフマン首長国


ズワルトゥ王国の国王が即位するたび守られる、成文化されていない『慣習』というものがある。

その内の一つが正妃を国内から迎え、側妃を同盟国から娶るというものだった。そして例えばその代の国王がカルステンから側妃を娶った後、次の代はホフマンから側妃を娶ると言うように―――選ばれる同盟国は持ち回りとなっていた。人数は決まっていないが大抵一代に一人で、多い時でも同時期に二人の側妃が居たと言う記録が残っているだけである。各国全てから側妃を娶ると言う案が出された事もあるようだが、後宮の争いがそのまま各国の争いに直結する懸念を避ける意見が大半を占め、そう言った事態は避けられているらしい。


しかし前国王は、その最低限の義務さえ果たさなかった。

王妃を愛する余りその慣習を破り、終生側妃を娶る事無くまた……彼女が息絶えたその後の後添いとしても他国の姫を受け入れる事もしなかったのだ。


島国であるズワルトゥ国では、人の死を『海に召され、海に還る』と表現する。

王妃が絶命し海に召された後も、前王は悲しみのあまり後添えの妃を新たに迎える事が出来なかった。そして病にやつれ王位をフェリクスに譲り離宮で二年ほど過ごした後、そのまま同じ海へと彼女を追って還ってしまった。

口さがない貴族連中の間で、前王と王妃が短命だったのは慣習を破った為だと揶揄する不届き者がいる、との噂を掴んだ。

無論フェリクスはそのような軽率な流言を放って置かなかったし、迷信めいた批難も一笑に付して蹴散らした。


―――そうできたのは、それなりの根拠があったからだ。


重鎮達が慣習の根拠としているものに『王室日誌』がある。これは創立から王室の成り立ちを記しているズワルトゥ国の歴史書の一つだ。この日誌は王国が続く限り追補され続けている。同盟国より側妃を娶っていない国王の記録はおおやけにされている『王室日誌』には確かに存在し無い。しかしいつからこの記録を行うようになったのか、果たしていにしえの記録が真実なのかという観点から検証されて無かった事もまた事実だった。

フェリクスは即位にあたり、様々な王室の慣習や(まつりごと)の検証を行った。そうして、無駄な経費を削減する改革に着手したのだ。

その作業の中で側妃を娶る慣習についても勿論調べた。『王室日誌』やその他の歴史書の記載内容の検証を学院に依頼したところ、実際側室を取らなかった長命の王が数人ズワルトゥ王国に存在した事実が判明した。単なる過誤か若しくは意図しての事なのか今となっては判断できないが、日誌の編纂にあたり記載が間違っている箇所があったのだ。

その答えはマコヴィチュカが持っていた。彼が若い頃補佐していた王がまさにそうだった。彼は側室を持たなかったが、長い期間国をよく治めたという。


表立って公式文書である日誌の間違いを広める訳には行かないが、早世した両親に何かの咎があるような根拠のない戯言は信じるに値しない物だという確証を得て、フェリクスは安堵した。


しかし国内では王が一笑に伏して終了できる問題も、こと外交に関わるとなるとそうは行かない。同盟国の一つ、ホフマン首長国から『そろそろ我が国からも側妃を娶って欲しい』という打診があったのだ。

フェリクスの正妃はファン=デーレン家の次女で、彼にとっては従妹にあたる。幼馴染の彼らは仲が良かったが、二人の婚姻は恋愛結婚というよりはどちらかというとやはり政略結婚の色合が強かった。若くして即位したフェリクスには強い後ろ立てが必要だった。政治的に盤石であるファン=デーレン家から正妃を娶る他、選択肢は無かったのだ。そしてその事情は、国内外で周知の事実だ。


ただそうは言っても、彼は情を交わした妻であり可愛い従妹でもある正妃を、辛い境遇にできれば追いやりたく無かった。結婚してまだ二年弱、世間でいえば十分新婚と言える時期だ。しかも正妃にはまだ懐妊の兆しが無い。

側妃をホフマンから迎えて、万が一側妃が先に男児を懐妊してしまったら、王宮のバランスが乱れるのが目に見えている。正妃自身も、苦しむだろう。


そんな状況で大陸がホフマンに対する侵攻準備に入ったとの情報を得たのだ。側妃の提案をのらりくらりと躱しているという間の悪い時に、ホフマンから援軍を要請されたフェリクスは、出来る限り彼の国に同盟国としての誠意を示さねばならない。

国王が自国を放って他国へ援軍を率いる訳にはいかないが、名代として王弟を旗印にするという誠意を見せる事は、ホフマンの心情を考えるとかなり効果的な一手となる。それは側妃問題に明確な回答を与えていないが、ズワルトゥはホフマンを決して軽んじている訳では無い、というメッセージになるからだ。


そしてフェリクスの心からはまだ、アルフォンスが子供っぽい独占欲でリーフェとの婚姻を望んでいるのではないか……という疑いが消えていなかった。


アルフォンスの本気は理解した。しかし外見も思考も一見大人のように見えても、実のところ彼はまだ成人前の十四歳の少年なのだ。思春期の執着心を自分で恋情と混同している可能性がある。最初のルトヘルの縁談を跳ね除ける我儘を言った子供と、今の彼は果たして何処が違うのだろうか?その自問に、兄である彼は明確な答えを出せずにいる。


この遠征という試練を潜り抜けて王族の義務を果たした後であれば、彼を大人として遇し彼の発言を尊重しても良いだろう。フェリクスはそう、考えたのだ。

アルフォンスはリーフェと一月以上離れた事が無い。アルフォンス本人も長い時間距離を置いて冷静になれば、彼の中にある感情が単なる家族愛に似たモノか一人の女性に対する男性が抱く想いなのか、改めて判断できるようになるだろう。そうすれば、彼が自らの想いの変化に気付く可能性もある。そのために書類上の婚約について、公表する事は避けたのだ。


アルフォンスの為でもあるし、リーフェの為でもある。

婚約の解消は書類一枚、破るだけで済む。お互い別の正しい相手を見つける可能性は未だ捨てなくて良い筈だ。

またシェーラー王子を黙らせるのに王弟との婚約証明書という切り札(カード)は、かなり有効だ。何より根拠として非常に判りやすいし、同盟国の王弟の婚約者に横恋慕するという様な不名誉な行動をシェーラー王子が選択するとは思えない。また王子にとって不名誉な事実として、それを流布される心配も無いだろう。この場合もある程度秘密裡に問題を収束させることが出来る筈だ。

まあ万が一公になったとしても、次に打つ手に変わりはないのだが。フェリクスには粛々と事を進める指示を出す以外の選択肢は無い。


援軍の指揮を国王の名代として見事遂行し同盟国を救った暁には、フェリクスは二人の婚約を広く公布するとアルフォンスに約束した。どちらにせよ二年後の彼の成人を待たなければ結婚できないのだから、彼に異論を唱えられる筈も無かった。


何しろ既に結婚相手として決まりつつあった、将来有望な年齢的にも申し分ない三人の男をアルフォンスの一存で跳ね除けたのだから、それくらいの譲歩は些末な事だろう。


そして公では無くとも王弟の婚約者となったリーフェには、万が一に備えて特別な警護が必要となった。フェリクスは、宰相であり彼女の父でもあるアールデルス侯爵と協議した結果、護衛には彼女と兄弟のように育ち、秘密を共有できる最高の騎士を任ずる事を決定した。彼にとっては傷口に塩を塗り込むようなものかもしれないが、致し方ない。


もしホフマン首長国から帰ったアルフォンスが、今彼を捕らえている依存と盲信から目を覚まし婚約解消に頷いたとしたら、ニークにも挽回の余地がある。

フェリクスの側妃候補とされているホフマンの巫女姫は現在十七歳、大変美しく聡明な姫だと言われている。今回遠征でアルフォンスが顔を合わせる事もあるだろう―――上手く行けば国を救った王弟と救われた巫女姫の婚姻と言う形で、今回の窮地を収める事も出来るかもしれない―――。


幾つも分岐する未来を頭の中で組み立てながら、フェリクスは思考の海に沈んだ。弟を不幸にしたい訳では無い、望むものがあるなら与えてやりたいと思ってはいるが―――フェリクスの掌には沢山の命と運命に繋がる糸が握られており、誰もが完全に納得する未来は有り得ないのだ。未来さきをある程度予測して、後は命運に身を任せるしかない。







思考の海から浮かび上がったフェリクスは、各方面と協議を終えた後執務室にて、直接ニークに王命を伝えた。

彼は動揺した様子も無く拳を胸にあてて拝命していた。頭を下げたニークの前で、国王はアールデルス侯爵と苦笑を交わしてから、付け加えた。


「無事、事が終わった暁には、特進に加えて、褒美を与えよう」

「有り難き幸せに存じます」


(じゃあ、リーフェを褒美に下さい)


とニークは心の中で訴えたが、口には出さなかった。



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